こんにちは、michiです。
最近は健康についていろいろ考えさせられてて。
年末年始寝込んだり、人間ドックで引っかかったり。
そして、実は母が手術することになったんです。
緊急のものではなくて、薬を飲み続けるかその手術をして原因を取り除いてしまうかの選択でした。
現実主義で自分しか信じなかったのに神頼みで安心できた話
母は4年前大病を患い、1年ほど入退院を繰り返していました。
今回は久々の入院、さらに手術です。
幸い近くの総合病院でその病気の最先端の治療を受けることができ、その手術も毎日のように行われているみたいで。
いろんなリスクを鑑みて、かかりつけ医も家族も本人も手術をした方が良さそうだねとなりました。
手術の日は病院まで見に行ってやる
〝わかる〟友達とスケジュールを合わせるときに「母の手術があって……」と話していたときのこと。
友達の守護神様が『手術はいつだ?病院までいってやろう』と話されているよと教えてもらいました。
それを聞いてなんとも言えない温かさが胸に広がりました。
手術を受けるのは母だし、私はサポートに徹するだけと自分の不安な気持ちは見ないようにしていたようで。
実は私も不安だったんですよね。
神様がわざわざ手術を見に来てくださる
それがこんなに安心できることだと思いもしなくて。
今までは自分の力で困難を乗り越えてきたと思っていたから。
『神頼み』が正直苦手だった。
そうか、こんなときに神様に頼ったらいいんだなって。
遅まきながら気付きました。
どうか手術が無事成功するよう、お見守りください。
でもまぁ頼れないって損な性格だよな……。
今は頼る訓練をしないといけないんだな………。
私を上手く使ってください
最近ホント、上でいろいろ計画が立てられてるんだなぁって思うことが多くて。
思い立ったら即行動してきた過去の私だったんだけど。
みんなと同じように大きなことをするときは不安も葛藤もあるわけで。
でもいまやりたいなぁって思う大きなことがあって。
一年前の私なら
「上の計画通り動かされてる?従うべき?」
とか思ってたよね。
(私のブログずっと読んでくれてるひとはわかるはず)
今はキチンと私に主体があって、「やりたい大きなこと」に対して
出会う協力者であったり、
最適な時期であったり、
なんとかなるんだろうなぁって信頼?する感じになった。
私の知識や能力がわりとレアで、多方面から必要とされてることも自覚してるから。
神さまに「お役に立てるよう、私をお使いください」と心から願えるようになったよ、最近。
前までは「私を使ってください」って言うの、けっこう抵抗があったんだよね。
主体が移ってしまう気がして。
私は私であること
大事にされていること
使われるとしても私のためにもなること
なんだかいい感じになってきたよね。












