今日は好酸球性肺炎の話しではなく、父の話しです。暗い内容になりますのでスルーして頂いて構いません。私の気持ちの整理の為に書きました。

父は82歳、(確か)4年前大腸癌からのストマ、1年半程前に肺に転移、その後7月骨転移。

10月半ば緩和ケア病棟に入院しました。

肺の転移が見つかった際、ストマだけで大変だったのもあり積極的な治療はせず自然に任せる事に決めました。この流れだったのでお迎えが遅からず来る事は理解していました。

7月からの月一受診も付き添いましたし、普段話しをあまりしない父とコミュニケーションがとれた事は良かったと思います。

そんな中後悔している事が2つあります。

1つは亡くなる2日前に一人でお見舞いに行った時、顔を見てあまりの衰弱ぶりに本人の目の前で人生初の号泣をしてしまい困惑させてしまった事。翌日意識がなくなり、私が意識のある最期のタイミングだったのに耐えきれなく3分で病室を出た事。もう話しをできる状態ではなかったけれど、意識はしっかりあり何か伝えようとしていたのに。

もう1つは葬儀に主人や息子達を呼ばなかった事。平日の午前中だったので仕事を休み早朝の新幹線に乗ってまで来てもらわなくてもいいと自分で決めたものの、弔電位打って貰えば良かった、、。従兄弟はご夫婦で遠くから駆けつけてくれたのでより後悔しました。

そんなこんなで、やっぱり肺炎以降、肺や気管支が弱くなったのか葬儀後実家で母や妹と話しをしている時気管支に唾?が入って息ができなくなり死ぬかと思いました、、。今までも食べ物が気管に入る事はありましたが今回はしばらく苦しい思いをしました。その上、夜喉が激痛で一足早く家に帰ってきました。手続きは全部妹に任せて申し訳なかったです。

父は酒グセ悪く入院当日までタバコを吸い趣味は競馬となかなかの昭和親父でした。それでも亡くなる2日前のお見舞いから一週間、涙が出ない日はありませんでした。

ちなみに父は呼吸が低め安定と判断され、通常のお風呂に入れてもらいシャワー後湯船に浸かった時にフーっと息を引き取ったそうです。

最期気持ちよく旅立てたのは良かったと思います。