こんにちは![]()
らいむです。
ちょっと間が空いてしまいましたが
前回の続きです。
これまでのお話はこちら↓
娘が小学校に入学したとき、
私もこれからの生活に
胸を膨らませてました。
そんな時、学校からのお便りで
保護者の図書ボランティア募集が
ありました。
図書室での貸し出しのお手伝い、
お昼休みの教室での読み聞かせを
有志のお母さん達でするのです。
迷わず申し込みました。
初めて一人教室に入って
子ども達の前で絵本を読んだ時は
緊張しましたが
体育座りしてじーっと聴いてくれてる
子ども達が可愛くて可愛くて。
帰りに娘の教室をこっそり
覗きにいくのも楽しみでした。
気の合うお母さんたちとの
楽しい時間が部活のようで
子どもを産んでから初めて
「○○ちゃんのママ」じゃない時間を
持てた気がします。
足に関しては
膝の痛みやしびれが悪化して
歩くのも前より大変になってました。
その頃は筋力の衰えだと
思ってたんですよね。
小学校にはエレベータがなくて
階段で4階まで上がるのにも一苦労。
その頃は整形外科に
電気やリハビリで通ってました。
PTA役員も経験して
忙しいけど充実した毎日でした。
当時のPTA会長さんが
お寺の住職の資格を持ってる方で
2人でゆっくり話す機会が
あったときに、
「で、いま悩みはないの?」
と聞かれました。
聴く気満々の表情で 笑
当時娘のことも自分の人間関係も
特に悩みはなかったけど
唯一この足が
リハビリに通ってるのに
どうしてこんなに悪くなるのか
原因がわからない。
それだけが悩みだと
答えた記憶があります。
娘が高学年になった頃は
腰の痛みも出てきて
ペインクリニックで
ブロック注射も打ってもらうように
なってました。
娘が中学校に入学(2010年)
7月、はじめての先生との面談の日
朝から38℃台の高熱を出ました。
風邪かと思ったけれど
解熱剤で下がってもまた上がる。
そのうち足と背中の激痛で
立ち上がるのも大変になりました。
あまりにつらくて夜中は
トイレの前に布団を敷いて寝ました。
40℃まで熱が上がって
震えが止まらなくなり‥‥
実家にSOS
母と姉が来てもらいました。
ついに救急車を呼ぶことに‥‥
私は高熱だったら内科という
発想だったので
内科がある病院を希望したのですが
救急隊員の方が
「この症状をみると
内科と整形外科の両方がある
病院がいいと思う」と
強く言われました。
1時間かけて受け入れ先を
探してくれました![]()
母に同乗してもらい、病院へ。
血液と尿検査をして、
救急の担当医が
「もしかしたら化膿性脊椎炎かも。
即入院です。かなり長い入院に
なると思います」
その時のことで真っ先に思い出すのは....
母が落ちそうになったティッシュ箱を
戻そうとして、先生に「いろんな機械が
あって危ないから!
余計なことをしないでください」と
叱られて、
「ここにいても邪魔そうだから
外で待ってるね」と
診察室から出て行ったこと 笑
母が誰かに子どもみたいに注意されてるの
初めて見たんです。
翌日専門医がもっと詳しく
検査をし、やはり
化膿性脊椎炎だとわかりました。
MRIの検査の画像を見た先生が
「脊髄に腫瘍みたいなものがある。化膿性脊椎炎が治ったら、
専門の病院で診てもらった方がいい」
え‥‥脊髄に腫瘍??
次回に続きます。
長いですね〜
すみません![]()
読んでくださって
ありがとうございます![]()
