最近いじめについて考える機会が多くなりました。
いじめについての考えは人それぞれで賛否両論色々あると思います。
今から書く事はあくまでも私の考えです。
決して必ずしもこの考えが正しいと押しつけるようなものではありません。
私はいじめについてこう思います。
いじめはたしかにしてはいけないことです。
いじめをしてしまえば傷つく人がいます。
「いじめをする人が100%悪い」という考えもあるでしょう。
これは、私が読んでいた本に書かれていた事なのですが
「人はどんな人でも産まれたときから荒ぶってる人はいない。」という言葉がありました。
本当に、そうだと思います。
ニュースに取りあげられるような人でも、いじめをしているひとでも産まれたときから荒ぶってる人なんていないと思います。
ほとんどの人は産まれたとき喜んでくれた人がいて、かわいいと言ってくれた人がいると思います。
では、なぜいじめをしてしまう人がいるのか。
それは、産まれてからいじめをするまでなんらかの経験をしてきたからだと思います。
例えば、親の喧嘩が絶えなかっただとか自分の思うようにうまくことが進まず悩んでいたなどその「いじめをする」という考えに至るまでの色々な理由があると思います。
だからといっていじめをしていい理由にはなりません。
ですが、いじめをしている側の人を怒るだけではなんの解決にもならないと私は思います。
いじめをしている側の人になぜいじめをするという考えになったのか、いじめをして自分はどんな気持ちだったのかを聞くことが大切だと思います。
どんな気持ちだったのかを聞いた場合に「別になんとも思わない」と言う人もいるかもしれません。
そのときは、そういう考えの人もいるのだと受けとめてほしいと思います。
「そうか。そういう考えの人もいるよな。でもいじめられた人は辛いし、苦しいし、悲しい思いをした。これには変わりはないんだ。」というふうに言うことが大切だと思います。
いじめはいじめを通り越して犯罪になることがあります。
「いじめをしている人は悪い。」と言う言葉。
これだけで終わってほしくないです。
いじめをしている人がいなかったらいじめを悪い事だと認識できますか?
いじめをしている人がいなかったらいじめられたら苦しいんだ、辛いんだということがわかりましたか?
いじめをしている人が実際にいるからいじめられる側の気持ちが分かります。
気持ちが分かれば他の人に同じことはしないと思います。
いじめとはいきませんが、私は無視をされたり悪口を言われたりした事がありました。
反対に悪口を言ったこともありました。
悪口を言ったとき私は自分では軽い気持ちでいった言葉が相手には重い言葉になるんだということが分かりました。
無視をされたとき、すごく嫌な気持ちなることを実感しました。
人は実感してみないと分からないことがたくさんあります。
みなさんは転んだり、つねったりすれば痛いというのはわかりますよね?
それは実際にそうなってみてそう思ったからではないでしょうか?
1回も転んだり、つねったことがない人は痛いということがわかりません。
1度も経験しなければ10代、20代、30代になってもその痛みがわかりません。
人の当たり前(普通)と自分の当たり前(普通)は違います。
反対に自分の当たり前(普通)は人の当たり前(普通)とは違います。
色々な物事。いじめもそうです。
自分の基準だけで考えるのではなく色々な人気持ちになって考えること、いじめられてる側の人の気持ちに耳を傾けることはもちろんのこといじめをしている側の人の気持ちに耳を傾けることも大事だと思います。
※最初に書いた通り上記はあくまでも私の考えです。決してこれが正しいと押しつけるものではありません。実際にいじめを受けた方からはこの部分は違うのではと思うところもあるかもしれません。
あらかじめご了承ください。
私は友達がたくさんいる中で、すごく大事な友達が2人います。
一人目は、小学校の頃は同じクラスでしたがあまり話したことがなく中学にあがってからすごく仲良くなって今でもすごく仲がいい友達です。
二人目は、小学校の頃からすごく仲が良くてでも中学にあがってからはあまり話すことがなくなってしまい高校からまた話すようになったりした友達です。
この二人は私にとって大きな存在です。
私は自分の悩みはあっても人には話さずどちらかというと相談にのるほうが多かったのです。
でもこの二人には自分の悩みを言えます。
二人の前では方言がでたりすることもあります(笑)
それぐらい自分の素を見せることができます。
この二人は友達というだけではなく親友です。
友達は多くても親友と呼べる友達は、もしかしたらそんなに多くないのかもしれません。
私は友達を、そしてどんな私でも受け入れてくれる親友を大事にしていきたいと思います。
一人目は、小学校の頃は同じクラスでしたがあまり話したことがなく中学にあがってからすごく仲良くなって今でもすごく仲がいい友達です。
二人目は、小学校の頃からすごく仲が良くてでも中学にあがってからはあまり話すことがなくなってしまい高校からまた話すようになったりした友達です。
この二人は私にとって大きな存在です。
私は自分の悩みはあっても人には話さずどちらかというと相談にのるほうが多かったのです。
でもこの二人には自分の悩みを言えます。
二人の前では方言がでたりすることもあります(笑)
それぐらい自分の素を見せることができます。
この二人は友達というだけではなく親友です。
友達は多くても親友と呼べる友達は、もしかしたらそんなに多くないのかもしれません。
私は友達を、そしてどんな私でも受け入れてくれる親友を大事にしていきたいと思います。
いきなりですが人間は一番めんどくさい生き物です。
なぜだかわかりますか?
人間は考えることができるからです。
人間は物事をするにあたって考えます。
この考えることが、考える基準が人それぞれ違うからめんどくさいのです。
ですが、それを良いようにとらえれば「考えることができる」は「一度立ち止まることができる」ということなのです。
人間以外の動物は一度も立ち止まらずにつっぱしってしまいます。
それと反対に人間は立ち止まることができるのです。
それは、善悪を考えるために立ち止まるのではなく、それは果たして自分に必要なことなのかを考えるためなのです。
私はそう思います。
なぜだかわかりますか?
人間は考えることができるからです。
人間は物事をするにあたって考えます。
この考えることが、考える基準が人それぞれ違うからめんどくさいのです。
ですが、それを良いようにとらえれば「考えることができる」は「一度立ち止まることができる」ということなのです。
人間以外の動物は一度も立ち止まらずにつっぱしってしまいます。
それと反対に人間は立ち止まることができるのです。
それは、善悪を考えるために立ち止まるのではなく、それは果たして自分に必要なことなのかを考えるためなのです。
私はそう思います。