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いちごのブログ

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「子供は、親を選んで生まれてくる。」
そう物心がついた時から母は私に言っていた。
最初は、その意味が分からなかった。
子供が親を選ぶ事なんてできるのかと思っていた。
しかし、その考えをくつがえす事があった。
おばが小さい頃の私に「どうして、お母さんの所に生まれてきたの?」と聞いたことがあったそうだ。
そして、その頃の私は「そこにお父さんとお母さんがいたからだよ。」と言っていたらしい。
私は全く覚えていないのだが。
だが、これで確信がもてた。
子供は、親を選んで生まれてくるのだろう。
親を選んで生まれてくるわけなのだから、きっと意味があるのだろう。

そう考えると、やはりどんな出来事にも意味があるのだと改めて思う。

自分に子供ができて話せるようになったとき、「どうして、お母さんの所に生まれてきたの?」と聞いてみたいものだ。
これはよくあることなのだが、人はどうしても価値観をおしつけてしまう。
「これは絶対こうなんだ!」「こうでなきゃいけない!」
うん。
言いたいことは、よく分かる。
そういう考えで生きてきたのだから。
「こうでなきゃいけない!」の中身は人それぞれ。
だから、他の人にそれを言っても、必ず皆同じ考えとは限らない。

どの考えが正しくて、どの考えが間違っているということはないのだから、どんな考えでもいいのだろう。

どうしても自分の基準で考えてしまう。
でもそれはあくまで「自分の」基準。

色々な人がいて、色々な考えがあるのだから、「あー、こういう考えの人もいるんだな。」と思うと、面白いなと感じたりするかもしれない。

「色々な人がいるんだな。」「色々な考えがあるんだな。」
こう思うだけで、「考え」の視野が広がるかもしれない。
人は、自分にないものを他人がもっていると羨ましくなる。妬ましくなる。
これは、大きかろうが小さかろうが誰にでもあることだろう。
もちろん私もある。
やはり自分にないものを他人がもっていれば、「なぜ?」と思ってしまう。
だが、逆にいえば他人にはないものが自分にはあるということでもある。
自分にしかないもの…
必ずあるのだろうが、なかなか見つけられない。
「自分には、良いところなんて一つもない。」
こう思っているから、他人が良い存在にしか見えなくて羨んだり、妬ましく思ったりするのだろう。
そう考えると、結局は自分のことしか考えていないということなのかもしれない。
だが、これは自分の人生だ。
他人にどうこう言われようと、自分の人生なのだ。
羨ましくていい。妬んでいい。
自分より良く見えてしまうのだから。
なにもおかしなことではない。

自分のことしか考えない。
その考えもありだろう。

他人のことは、よく分かる。
悪口を言うということは、その人のことをよく観察しているということだ。

例えば、「あいつ、うざいよね。」
この言葉から連想すると、その人はにぎやかな人、どんな場所でもにこやかでいられる人など色々思い浮かべられる。
なかには、その人を観察してでた悪口とは思えないようなものもある。(存在を否定するような言葉)
悪口を言われれば、傷つく。
だが、その傷ついたことも経験となる。
私も、このように思うのには時間がかかった。
その人に興味がなければ、もはやどうでもいいから悪口なんて言わないのだろう。

結局、何が言いたいのかというと、羨ましい。妬ましい。と思うのは、その人に興味があるから、その人のことを認めてしまっているかもしれないということだ。

自分が他人より劣っていると思っている人。

自分は自分。
他人は他人だ。

自分は他人にはなれないし、他人は自分になれない。

他人は他人の人生を歩む。
自分は自分の人生を歩む。

他人になにを言われたっていいじゃないか。
自分の人生なのだから。
他人から言われたその傷つく言葉をきっかけに自分の人生をゆるがすことなどない。

その傷つく言葉は、凶器かもしれない。
しかし、たかが「言葉」だ。
口からでた「文字」にしかすぎない。

「生きている価値があるかないか」なんて誰かが決めることではない。
決める必要などない。

自分の人生が、自分の思いのままになったら楽しいだろう。
他人の目を気にすることなく、堂々と生きられたのたら楽しいだろう。