大分久々に書きますね

宮城は日常生活が戻ってきていますよ

宮城…いや,東北…日本!!は本当に強い国だと思います

浜岡原発が問題になっている今…実は私静岡にお引越し致しました(笑)

別に地震を追い掛けてるわけじゃありませんよ?

たまたまです

新しい生活がスタート
不安だらけですがなんとかやってやろうじゃないか
って感じかなあ

成せば成る
成さねば成らぬ何事も

そのとーり

どんな事でもやってみなきゃ分からないんです

自分の可能性を自分で小さくしちゃうのはもったいないものね

自分を一番知ってるのは自分だから最初から諦めがちだけど,自分じゃ分からない自分も絶対みんなもってるから

頑張ろう


さて,昨日の夜はお家に帰りたいと号泣した私がこんな事言っても説得力がないので大人しくご飯作ります…笑
7/28頃から右腹部に痛みあり,再発は間違いないだろう.
早めに治療を受けるようにとの事だが,治療はしないつもり。
皆は反対するだろうけど,私はただ泣いているだけの患者になりたくない。

最後の治療が終わった時,まだ悪い細胞が残っているのは知っていたが調子がいい時は忘れていたかな
でも時々憎ったらしいと思って
"お前になんか負けるか.お前の為に死んでたまるか"って自分の中に言っていた。それがいけなかったのかな.怒らせてしまったのかなって今になって思う
この頃考え方を変えてみた。
ガンだって自分の体の一部なのだから仲良くしよう
うまく共存していこうかなっと.
仕事しながらお腹をさすって声をかけてみた
"お母さん仕事だから,おとなしくしていてね"って
気のせいか体が楽になった気がした
"ありがとう,いい子だったね"と声をかける
気がつくといつも話し掛けてる






こんな風に強い人間に私もいつかなれるのだろうか
"先生.心配して頂いて大変申し訳ないのですが,いろいろ考えてやっぱり治療は受けない事にしました。明日死んでもいい.っていうような毎日を生きたいと思うので…
副作用に苦しんで,毎日暗い顔をして生きるより,今日生き延びたとしても又再発するのを恐れてくよくよしながら生きるより,短くても精一杯頑張ってみます」
必ずそう言おう

これが5年前に亡くなった母の闘病日記の始まりです。

こんな風に母の言葉をblogになんか載せていいものか…正直悩みました

不謹慎かもしれません
意味のない事かもしれません

でもこんな時だから,生きるという事がどんな事か…そしてこの人が確かにここに存在していた事を一人でもいい…知って頂きたかった

多くの人にとっての"無意味"がほんのわずかでもいい,誰かの心に残って頂ければ嬉しいです

私はこの日記にたくさんの力をもらいました

母として,人間として,私はこの人を尊敬しています

そんな母の言葉だから,誰かの"勇気"の役に立つ事ができるのではないかなと…

これは母の生き方
一人の人間の生き方です

これが全てでは決してないです