最初に事件を耳にしたとき 母はまだ まだらボケ だった。
母は農家の生まれ・育ちで次兄(わたしには伯父)のところへ遊びに来て知り合った父へ嫁いだ。祖父(母の実父)はカワイイ末娘は地元の「御味噌汁が(冬場)凍らない距離←隣の家まで○kmだったって」に嫁がせたかったと後で聞いた。でも母は「農家がイヤじゃなかったけど、周りは農家ばかりだった」祖母(同居していた父の母)は「御縁だから」さばけたヒトだった。
一口に農家と言っても色々ある とも母は言っていた。稲作、畑作、酪農、養鶏etc. 冬時期の鳥インフルエンザでの処分のニュースでは
「卵不足で済んでるうちはいいけどね~」
昨年 母は他界したが 今年は予言が的中した。鶏肉すら大高騰している。関連品もしかり。
被害が多発してニュースの特集で取り上げられたのを見て
「牛飼い(酪農家)さんは牛が資産だからね~」
なるほど
「毎日お世話していたら家族ってより我が子みたいなもんじゃない?その我が子がケガをさせられたり、殺されたり、行方不明になっているんだよぉ」
一理ある。科学が発達・発展した現代ではDNAによって個体を判別できることを話すと
「早く捕まればいいのにねぇ。頭がイイ熊だから年とってるよ」
罠さえも避ける賢さと報道だった。捕まえるってか駆除だよねー
「裁判なしで死刑なの?」
…まだらボケですから(;^_^A
「じーちゃん(母の父)から聞いたけど 昔 人喰い熊 が居たんだって。最初は牛とか襲っていたけど だんだん警備が厳重になって、肉の味覚えちゃったのかなぁ、人間を襲って食べたんだって。そのうちに若い女や子供ばかり被害に遭うようになったんだって。」
母はエスカレートして人間に害を及ぼすことも案じていたようだった。
翌年も、そのまた翌年も『OSO18』の特集・猟友会のボランティアさんたちのドキュメンタリーを観た。母の認知状態も悪化していったが覚えていた。嫁ぐまで同居していた従姉妹が言うには 母が幼い頃 家の納屋が熊に荒らされ 飼っていた家畜(山羊だったかな?とのこと)も被害に遭った恐怖から ではないか と。
「どんどん被害が増えていくねぇ」
母の推測では経験豊富な学習能力がある老熊だったので
「これだけハンターさんたちも牛飼いさんたちも頑張っているんだから、忍者(クマ)って言われてても やっつける か 動物の本能で人間にわからないところで老衰で死んでるかじゃない?」
その後 母は脳梗塞におそわれた。コロナ禍で面会もままならず、療養型の病院へ転院しXdayを宣告されて 1日1組2人まで10分間 の面会許可が出た。その頃は何か月も話していないためか上手く声を出すことができなかった。
昨夜のニュースで7月30日に駆除された個体が特定されたと聴き
「かあさん、ハンターさんたちの努力が報われたよ!」
手を合わせた仏壇の母の遺影が安堵したように微笑んで見えた。