ご無沙汰しておりました。先週から寝込んでおりましてブログの更新が出来ませんでした・・・

理由は遡ること先週の木曜日のことです。

夕方に一本の電話が入りました。相手はA君(職業元ヤ○ザ)と言ってうつ病で2回目の入院をした精神病院(通称:アニマルランド・・・かなりのヤブ医者です)で知り合った友人で、歳も同いで気の合ういい奴なんですが・・・

その彼から「今から呑みに行かないか?」というお誘いがあり、少し躊躇いながらも京橋に行ったときのことです。

何故躊躇したかと言うと彼と一緒に呑みに行くとかなりの高確率で乱闘事件に巻き込まれ痣だらけで帰宅することがしばしばあったからなんです。とにかくA君は酔うとかなり凶暴でお行儀がよろしくなく、俺も呑みすぎると酒癖が悪くおまけにうつの薬を飲んでいるので、強烈な化学反応が起きて理性が無くなるからなんです。つまり二人だと酔っ払っても止める奴が居ないので、おいたが過ぎ暴走することがよく起こるわけなんです。

ただ今日はそんなことが起こらないように祈りつつ俺は悪酔い防止の為、牛乳もたっぷり飲んで体調を整えて臨んだ訳ですが・・・その日は何故かA君のご機嫌が余りよろしくなく、うんこ座りしてる兄ちゃんに向かって「何メンチきっとんねん・・・」「バキッ」と言いながらいきなりシバイたり、最初からギアが入っており、俺は猛烈に不安を感じておりました。

そういいつつも、一件目の焼肉屋でかなりハイピッチで酒を呑んだこともあり、A君も想像以上に早く出来上がり、俺も酔っ払いかけていたが、本能が危険を察知したのか、「今日はもう帰ろうや・・・」といつもの悪いパターンを回避する行動に出たのだが、A君の「もう一件いこや!」というおかわりの一声に負けて二件目のバーに行くことになったのだ。

そこでは呑み始めた俺たちのペースは下がることなく、どんどんピッチが上がり、呑み始めて3時後には二人ともぐにゃぐにゃのタコ見たいになっていたのだ。

少し気分を入れ替えようと俺は外に出て、花壇に座って一服していると、ぽん引きの二人組みが野良猫にえさをやっている光景が視界に飛び込んできたのだ。環境保全に燃える俺は、ぽん引きに向かって「野良猫にえさをやったらぽんぽん子供作って住民の皆さんが迷惑するやろう・・・このヤロー・・・子供の面倒はちゃんと見たるんか・・・ボケッ・・・」「箕面のサルにでもえさやったら今罰金やど・・・」ぽん引き「うるせい~」と口論をしていると、ぽん引き仲間のチンピラや夜のお仕事の兄ちゃんらがやってきて、あっという間に20人位に囲まれ小競り合いとなった。

但し、俺にはまだ「乱闘はいけない」という理性のかけらが残っておりしばらくは小競り合いしながら暴力は我慢していたのだが、騒ぎを聞きつけたA君が正義の味方?に変身して猛ダッシュで乱入してきた。と思ったらチンピラ3~4人を秒殺してしまったのだ。そうなれば俺も観戦を決め込んでいることも出来ず乱闘に参加して何人かをぶちのめした時に調子に乗って「フライイング・ニールキック」という大技を出してしまい、着地時に腰を強打、不幸にも骨折してしまったのだ。乱闘は警察官の介入により喧嘩両成敗ということで事なきを得たが、腰の痛みを感じるたびに人間性の欠如した自分を自己否定する今日この頃である。

もう酒を呑んでご迷惑はかけません。

                              以上です。      押忍!!!

最初にうつ病になった理由を簡単に述べたが救急車で搬送されて病院でうつ病と診断される前に様々な前兆があったことを思い出してみた。
その一つが当時自分が管理していた部署のあまりにも劣悪な労働環境(休みなしは当たり前、事務所は大阪市北区にあるのだが、クレーム処理に奔走する毎日・・・例えば、明日は高知県、次の日は滋賀県、次の日は広島県・・・営業マンの尻拭いをしながら朝の7時~夜は深夜まで・・・このままでは部下たちが倒れてしまう、実際に過労による交通事故も発生した)の改善を思い、オーナーに直談判に行ったときのことだ・・・
当時の部下たちはそんな環境下でも愚痴の一つもこぼさずに業務に励んでおり、その仕事ぶりをみるにつけ、このままではいけない、なんとかしなければ・・・と思い俺は直接話しに行くという行動をとったのだ。
そんなこちらの気持ちをあざ笑うかのようになかなかオーナーはテーブルについてくれない・・・苛立ちと焦りが交錯する中、オーナーが重い腰を上げたのは、交渉のアプローチをしてから7時間以上もたったときである。
その時に俺も少し興奮していたが、話を始めていくうちにオーナーに突如突き倒され、アバラに蹴りを何発もぶち込まれた。医者に行くとムチ打ち、頭部裂傷及びアバラ骨が3本折れていた。
話し合いもこちらの要求は受け入れられず、ついて来れない部下は切れということを言われ、俺は最終的に部下を守ってやれなかった。
俺は影でこそこそするのは嫌だし、筋道を通して話したのに・・・とにかくこのことをきっかけにオーナーの俺に対するパワーハラスメントは日に日にエスカレートしていき俺の心と体を蝕んでいったのだ・・・
その経過を過去の日記としてこれから綴っていこうと思う。決して愚痴ではなく病気と向き合い完治を目指して、またもう一度夢を追いかける為にも。

ブログの最初に現在の自分の状況を簡単に記そう。
忘れもしない2007年12月当時、グループ会社の取締役をやっていた。
それは、新エネルギーシステムを販売する会社であり、俺は従業員の募集・面接・研修・配属後の教育管理や顧客のアフターサービス及び各種会議の企画・進行等様々な仕事をやっていた。
ただ、日々の過酷業務と上役によるパワーハラスメントが原因で、うつ病を発症し、同年12月23日夜、救急車によりいわゆる精神病院という奴に搬送された。
そこから現在に至るまでの長い闘病生活において、様々な出来事や人間関係及び心の葛藤等を思い出し、過去・現在・未来というベクトルで自分自身を隠すことなく綴って行きたいと思う。