男性不妊からの出産→育児(KLC卒業)

男性不妊からの出産→育児(KLC卒業)

えっ、男性不妊?! 
青天の霹靂からの治療開始、出産→育児の奮闘の記録。
2015年2月からKLCで体外受精に挑戦し、
移植2回で同年10月陽性反応、11月卒業。
2016年6月に女児出産。

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再入院から退院しました。

今度は1週間の滞在となりました。

川崎病では、合計で一か月も入院したことになります。

2歳児の一か月って長いですよねえ。

よく頑張りました。

 

前回効かなかった薬がすぐに効いて、すぐに熱が下がった

前回なかった体幹部の湿疹が現れた

前回あった、四肢末端の発赤と皮剥けがなかった

全日個室に入れたので、備え付けのシャワーが使えた(大人が)

個室なので、付添いがいないと一人ぼっちで寂しいだろうと付添いを欠かせなかった(双方の祖父母でやりくりしました)

 

同じ川崎病で再入院したとしても、出る症状が異なるのには驚きました。

 

今はまた、元気に保育園に通っています。

 

また再発しそうな気がする。。。。

 

 

再入院!です。

 

3日の間熱がたかく、だいたい9度台、特に夜中は40度を超えるほど。

解熱剤の座薬も効かない。。。。

昼はすこし熱が下がって、7度そこそこのこともあったので1日だけ保育園にいくこともできたものの、夕方にはスパーーーンと上がってました。

ほぼ毎日前回入院した病院に診せて経過をみていたのですが、おもったほどよくならなくて。

一瞬元気になったほかはずっとつらそうで、可哀そうでした。元気に遊びたいよね。

入院するには、炎症反応の数値も白血球の数値も高くないものの、退院したばかりなのと、在宅でぐずぐずして悪化させてもよくないので、入院するとのことでした。

今回は、高熱数日、耳下リンパの腫れはなし、四肢末端の発赤なし、体幹の湿疹あり、唇の腫れ・のどの赤みあり、BCGの腫れなし。

白目はすこーし赤いけれど、熱でうるんだり、泣いたりしているのではっきりとは分からず。

 

2度目の病院で何をされるのか思い出したせいか、やさしい主治医の先生がきてもうぇーーーん!!と泣いてます。

「ほいくえん行くよぉ~(泣)」って悲しそうに言っています。おともだちにあいたいよね。

あとは、高熱で機嫌わるくてお風呂にはいれず、蒸しタオルで拭いてはいたのですが、頭皮に脂漏性湿疹ができてます。

 

なにより、付き添い、、、、、付添いがつらい。。。

原則付添いなしの部屋にしてもらいましたが、朝晩病室にかよって、仕事もして、今週はどうしても外れない出張があり。

ふだんでもいっぱいいっぱいなのに。。。。 はぁーーー この状況、心底いやだ。

決断だとか、段取りだとか、準備だとか、そういう類の行動を一切したくない、できないーーーーーって気持ちです。

 

こどものために頑張ります。はやく退院できますように。

 

川崎病にかかって入院していた娘ですが、結局3週間入院のうえ4日程度の自宅療養を経て、通常の保育園生活にもどることができました。

現在は、退院後の経過観察(心臓のエコー)でも問題なくて、アスピリン(血液サラサラのため)を少量のむ程度の影響しか残っておらず一安心です。保育園での水遊びもお砂場の全く問題なしとのことで、元気に遊んでいます。

 

川崎病の一番おそろしい点は、全身の血管が炎症をおこすため、大切な心臓の冠動脈に瘤が出来る場合があること。

これさえ免れて退院&その後の生活をおくることができれば、その他の後遺症の心配はほぼありません。

 

入院生活を通して、お医者さんごっこが妙にリアルになったこと、ご飯にふりかけをかける習慣、ジグソーパズルが好きになったこと、おもちゃのピアノにあわせて歌をうたえること、など成長が見られました。

 

入院中に誕生日を迎えたため、医療保育士さんと看護婦さんたちがカードとうたのプレゼントで祝ってくれました。

 

退院後も親はしばらく半死半生でしたが、本人は元気になってくれて本当によかったです。

 

入院した病院で、今年の5.6月に川崎病で入院するこどもがなぜが例年の3倍もいたと聞きました。

予後のいい病気とはいえ、入院生活は家族のパワーがそうとう消費される事態ですので、どうぞお気をつけてお過ごしください。