1年前の今頃、



本当に受験が始まるの?と信じられない気持ちのまま、

風邪をひかせないように、

インフルエンザにならないように、

どうか今までの努力が報われますように、、、


と、ただただ祈っていました。息子はこの頃本当に、本人曰く「死ぬ気で」勉強していました。眼差しも全く違っていました。


それでも、思いがけないことは、本当に起きて欲しくない時に起こるもので、



1月の前半戦を2校終えて、ここから確実に取りたい実力相応校(うちは名古屋中)、最後に第一志望校(東海)というタイミングの1月半ばに息子は高熱を出し、肺炎になりました。

(コロナはまだ日本に来ていない頃です)


1週間下がらない高熱、止まらない激しい咳、解熱剤を飲んでも飲んでもまた上がる熱、全く食べられない、寝るしかないどうしようもない日々が不憫で悔しくて、泣きました。

本人には笑顔で、大丈夫!間に合う!と励ましながらも、本当に辛かった。

こんなに頑張ってきて、普段風邪ひとつひかない子がなんで今倒れるんだろうと胸が潰れる思いでした。



病み上がりでの名古屋中受験、体調は最悪。

これまでの合不合判定は最高ランクしか取ったことがなかったのに、落としました。

名古屋中だけは、入試結果が点数化されて届きます、それが合格まであとたった2点でした。

あの時不合格通知を見た時、あっ!と叫んだ声と、「あと2点、、、」と言った息子の顔は忘れられないです。中学受験なんて残酷で残酷で、努力なんか神様は見てなくて、こんなことやらせなきゃよかった!!と、心の底から思いました。

でも息子はなにも弱音を吐かなかったです。



こんなに辛いのに、ここで、2/1、ずっと憧れてきた東海を受けるか、南山を受けるか、葛藤が始まりました。

入試までの貴重な数日間、過去問対策に全力で望みたい時期なのに、どちらを受けるか、それが定まらず、過去問は東海を解いたり南山を解いたり、、、最後の決戦前に病み上がりの頭はごちゃごちゃで、2年間の全ての努力を水の泡にしてしまうのではと思いました。


息子は何度も揺れながら、入試の2日前に「南山を受ける」と決めました。

家には「東海合格!」の貼り紙、手作りのお守り、絵馬、とにかく東海、東海ばかりの文字に囲まれた、そんな受験生活でした。

東海のためにやってきた子が2/1にその門も潜れないなんて、全く予想していませんでした。
受験当日、私は息子が南山の門を潜っていく背中が涙で見えないくらい泣きました。どんなことにも負けないくらい大きくなった、頑張ってこい、と思いました。


その翌日、2/2に受けた滝は、親子とも、入試で初めて行きました。説明会も行っていない。憧れでしたが、うちからはとても遠くて入学なんて考えられなかったし、合格判定も東海と同じくらい厳しかったので、東海地区の中学受験のフィナーレとして力試し気分での出願でした。前日の南山が終わった夜、「もう頑張り尽くしたから、明日の滝はやめようか」と、息子と笑顔で話したくらいでした。


数日後、、、封書で届いた「南山合格」の文字を見て「行く学校、決まったね」と家族みんなで大喜びし、心の底から安堵し、受験終わった!私服いっぱい買わなきゃねぇなんて言っていて、

その数日後に、「滝合格」の文字を、私は南山に入学金を支払うために来た銀行の駐車場でスマホを何の期待もなく見て、あまりに想定外で、この入学金をどうしよう、どうしよう、どうしよう、、、と家に戻り、そこからまた南山にするか、遠いけど合格できた滝にするかを悩む数日間が始まり、息子は滝に決めました。



名古屋中と東海とを主軸に置いてずっと走り続けて来た我が家は、結局、南山と滝という選択肢で悩む受験になったのです。


なにが起こるかなんて全くわかりません、最悪なことも起こるし最高なことも起こります。でも神様はいないようで、やっぱり頑張る子を見ていると思いました。この時期になると、去年のことを思い出して胸が苦しくなるし、その後の喜びもまた思い出します。


いよいよ1月。頑張ってください、努力は絶対に報われます。


ひとつだけ、受験校で写真撮らない方がいいと思うのです。名古屋中の日、きっとここに通うんだろうなぁと、唯一校舎の写真を撮りました。旦那が「記念写真撮るともう来れないみたいだからやめた方がいい」横で言いました。当たりました。