「8月6日は、一番暑い日だからね」

 

 

 

 

 

小学生の頃、広島に住んでいた祖母から聞いたその言葉は、

40年経った今も忘れられない。

 

最高気温を比べれば、

もっと暑い日もあるかもしれない。

 

 けれど、祖母が言いたかったのは、

そういうことではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

気温とは違う何かが、

この日の空気に混じっている。 

 

 

 

 

 

 

 

この街の悲しみが、

体感温度を上げるのではないかと、

今になって思う。

 

 

 

 

 

 祖母は原爆や戦争について、

多くを語らなかった。

 

 

 

 

 しかし、この言葉だけは私に教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わしは、生きているだけで申し訳ないと思っている」

 

 

 

 

 

 

 

広島に住んでいた祖父が、

 

夏のある朝に話してくれた言葉だ。 

 

 

 

 

 

 

 

耳が遠く、

普段はあまり人と話さなかった祖父が、

一度だけ口を開いた。

 

 

 

 

 

「兄たちはほとんど戦争に行って亡くなった。

自分がやっと行ける年になった時には、

戦争が終わってしまった。

兄たちに申し訳ない。

生きていて申し訳ないと、ずっとそう思っている」

 

 

 

 

 

まさか、そんな思いを抱えて生きていたとは知らなかった。 

 

 

 

 

 

 

その日の朝の言葉やその時の場面を、

20年以上経った今も、

はっきりと覚えている。

 

 

 

 

 

 

そんな祖父は、去年の春、

夏へと移り変わる頃に亡くなった。 

 

 

きっと、少しでもその思いから解放されてるのいいなと思った。

 

 

 

 

 

 

 

若い時に同僚から聞いた、

「8月6日の0時の平和公園には、いろんな国の人がいるよ」という話。

 

 皆が経を唱えたりして、とても不思議な空間になると言っていた。

 

 

 

 

 

 

霊感が強い友人は、

「8月6日は外を歩けない」と言って、

毎年その日を休んでいた。 

 

 

 

 

 

何かが見えるのだと、言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

広島の小中学校は、

8月6日を登校日とする。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、皆で黙祷を捧げるため。

 

 

 

 

 

 

 

 普段は鳴らないサイレンが、

8時15分に鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 広島に住む人々は、

そのサイレンを聞き、

手を合わせる。 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、今も続いている。

 

 

 

 

 

 

 

広島の8月6日は、原爆の日。