店長、実は映画「三丁目の夕日」の時代に小学校3年生でした
まさに映画の子供達と同じで、たまに親から貰う5円~10円のお小遣いを持って
駄菓子屋に走って行き、いちご飴を買おうかソース煎餅を買おうか、それとも・・・と、色々迷ったものです
当時、よっちゃんが一番の友達で幼稚園から(この頃、幼稚園に行く子は珍しかった)の友達
って云うか、店長の言う事を何でも聞く子分みたいなものでした
近所で子供用の自転車を持っていたのも、よっちゃんだけなので、よく乗せてもらい近所の家の塀に
ぶつかって、その家の人から怒られていました
横浜の大口台小学校と云う所に通っていました
この小学校の校舎の(昔は木造でしたが今は鉄筋コンクリートに)2階から、マリンタワーが見えていましたが、
今は周りの高い建物のせいで見えなくなっていました
その代わり、運動場の端っこからベイブリッジが見え、ちょっと感激
実は去年の10月(単身赴任で東京在)、もう二度と行く事はないだろうと思って行ってきました
でも、行きつくまでに一苦労、だって町並みに当時の面影が全然ないんですから
どこがどこだか全く?????
やっとの思いで辿り着いた学校は (´_`。)・・・えっ、こんなに小さな学校だった?
別れた彼女と小学校は・・・思い出だけに留めておくべきですね
京浜急行なら子安駅 JRなら横浜線の大口駅が最寄駅
そうそう、そう云えば5年生になった頃、日曜日になると友達と10円持って横浜駅によく行ってました
何故かと云うと、当時はエスカレーターもエレベーターも横浜の駅ビルに行けばあったので、
それに乗りたくて友達何人かと一緒に o(^▽^)o
でも何で10円?と思うでしょ
それは、大口駅から横浜駅まで3駅、子供料金で片道5円だったから
往復10円、遊んで帰るだけです(継ぎ当てだらけズボンとシャツで)
盆暮れの買い物は両親と一緒に、横浜駅ビルでした
この時ばかりは、新しいズボンとシャツを着て(よそ行きの格好)
そんな時は決まって駅ビルの最上階にある大食堂で食事
これが一番の楽しみ
勿論、店長はお子様ランチ、そうです ご飯の上に旗が立ってるやつ
係りのお姉さんがチケットの半券を、ちぎってテーブルの上に置いて行く
僕達のテーブルに食事が運ばれて来るのが待ち遠しくて
周りの人達ばかりに運ばれてるような気がしてました
よっちゃん、今頃どこでどうしてるかな~
又、気が向いたら店長だけの「三丁目の夕日」書きます