紙とペンをはそばにある。
日本語だって漢字だって全く忘れてないし、書ける。
何の問題もなくても何となくペンを持ちたくない時がある。
白い紙にインクの黒を滲ませたくない時もある。
でも何か、心にある言葉たちを吐き出したいときに、ここに書いていこうと思う。
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私は留学中。
英語を学びたいとか、専攻分野を最高機関で学びたいとか、異文化交流がしたいとか、
例えば、トビタテ留学JAPANの志望動機書に自信を持って記せるような理由などない。
ただ外国に住んでみたかっただけだ。
ただ海外に行きたかっただけ。旅行じゃなく。住民として。
だから私は、羨望の眼差しを向けられるような崇高な野望も情熱も持ち合わせていない。
欧州文化に魅了された少女が小さなその夢を叶えただけの話。
めでたしめでたしの後は、ただ目の前の現実と向き合って必死に生きた。
知らない土地、知らない言語、知らない人々。
自分の無知さと世界の広さ。
欠けた情熱。
今までの人生、”海外”という言葉が私の生き甲斐だったように思う。
その夢ももう叶った。
そして今、私はどう生きていけばいいかわからない。
こっちに来て、1年と半年が経った。
確実なのは、リミットがあと2年、ということ。
いつまでも無気力に生活を重ねていくわけにもいかないのだろうか。
父は言った。
将来を見据えて、いろんなことに挑戦し、いろんな世界を知りなさい、と。
もっともだった。
母は言った。
現地の人や身近な人ともっと知り合ってみてはどうか、と。
たしかに。
友達はアクティブだった。
ある人は大学中に友達がいて、ある人は現地人の彼氏がいて、ある人は持ち前の人のよさで交流の輪が広かった。
すごいな。
などと、少しの卑屈さを含ませて、称賛している場合などではない。
今この場所で出来うる最大限の経験を積む。
...はぁ、考えてしまうと気が滅入る。
そうして、私は生きているだけで精一杯の不器用な人間なのだと自分に言い聞かせて、何もせず、今日が終わるのを待つ。
自分の世界に閉じこもり、内気な自分のやるせなさを嘆くだけのつまらない平凡な人間。。
と、いうのがネガティブに捉えた現状の私である笑
しかし、私はそんなに自分の生活が嫌いじゃない。
なぜなら私は人一倍自分に甘々なのであるっ!!笑
今、これを書いている場所から見える景色で笑顔になれるくらいには、今に満足している。
西日さす少し古びた橙色の屋根は、瓦屋根のように段々になっていて、そこに落ちる影。
それは、まるで龍のようだった。
勝手に紡がれる私の中のファンタジーストーリーなど知らない鳥が、屋根の棟に止まって遠くを見ている。
橙の屋根の棟の鳥のそのまた向こうには、太陽に照らされて少々白飛びしている水色の空。
海のない国の空も青。
空が青いから海が青いのか。海が青いから空が青いのか。
はぁ、そんなことどうでもいい。鳥は羽ばたいていってしまった。
私は豊かだ。
友達は少ないし、目標もないし、将来は不安だし、マイノリティに属することも多くて生きづらいけど、
それでも私の人生は豊かである。
誰かと比べなくても、そうである。
頑張りたくない。今のままでいい。十分幸せだ。
これ以上、生きることに絶望したくない。。
話は変わるが、今日両親と電話してて気づいたことがある。
私は思っていた以上に自分の体験を人に話していなかったのだと。
この1年間、色んな事があって、たくさんの人に出会って、多くの経験と学びを得た。
それを共有するということをしなかった。
弟の初海外旅行での体験を嬉しそうに話す両親を見て、私はなんてもったいないことをしていたのだろう、と思った。
話そうと思えばいくらでも話せたのに、それをしなかった。
最初の一時帰国の時に、私が経験談を話していたら、みんな興味なさそうだったから、、
というのは言い訳ね。きっと。
それが彼らの喜びになるなんて知らなかった。
勝手に寂しくなって、それゆえに勝手に口をつぐんだ。
この1年半、
死んだと思った到着初日、私以外全員男の子のルームシェア、英語力の低さに焦ったり、初めて外国人の友達ができたり、会話に不安を覚えながらも友達と遊びに行ったり、病院に行ったこともあったし、ロマンスも多少あったり、新天地で初めて友達とルームシェア、大家さんの管理のずさんさに驚いたり、和解したり、緊張しながらもクラスメイトと色んな会話をした、以前英語は苦手だったが、みんないい人達だった、パーティーに参加したり、友達と仲違いして悲しかったり、軽いいじめに遭ったり、差別されたり、
友達の家でお泊まり会したり、一緒に大変なテストを乗り越えて、色んな国に旅行したし、現地の友達を作ろうとしたし
(上手くはいかなかったけど笑)、現地語を学んでみたりもした、アルバイトをしようと試みて面接も受けたし、専攻分野の勉強を深めようと独学したり、誕生日を祝ったり祝われたり、日本との違いを感じて面白がったり、悲しんだり、美しい景色に見惚れたり、感情を共有して泣いたり、自分の嫌な部分と向き合ったり、苦しんだり、何度行っても海外のスーパーは楽しかったり、苦しくて悔しくて焦ったり泣いたり、楽しくて幸せで笑ったり、日本が恋しくて感傷的になったり、初めてのことがたくさんあったし、感動もたくさんあった。
それは全く伝わってなかったのかな。
これ以上、求めてない。きっと。
何も特別なことは、今はいらない。
ただ自分らしく生きていたい。
海外にいたって日本にいたって私は私である。
海外に行ったからといって、いきなり外向的な性格になるわけでも、
人に興味を持てるわけでも、好奇心の向かないことに時間を割けるわけでもない。
頑固だし、嫌に高いプライドだ。
でもそんな自分をある時から、もう、受け入れてしまっているのだ。
そうして生き抜いてきたのだ。
どう生きるかなんて学校では教えられない。
自分なりの生き方を模索して、そこに辿り着いたのなら、その人の人生においてはそれが正解である。
その人の世界の中では、それが正義だ。
自分にないものを数えて、誰かを羨んだり妬んだりしても、自身の人生は変わらない。
...あ、やめよう!
今日はもう終わり!家帰って、シャワー浴びて、ご飯食べて、YouTubeでお笑い見て、寝る!
それでいい。それだけで幸せなんだぜ、私は。
よし、今日はここまで😁
すっきりした!