戦後六十年!!戦争体験者世代は日本経済復建の為、日夜邁進し続けた結果、戦争を知らない団塊の世代は、挙って大学へ行き高い教育を受け中流意識を満喫してきた。終身雇用という安楽の世界に酔いしれる中、ここへ来て企業業績の落転でリストラの嵐が吹き職を失い、住宅ローンも支払不能となり転落していく人々が後を絶たない。今の社会に危機感を持たなかった人達に多く見受けられる。また、一方では資産家でも無い資本力も持っていなかった若者の活躍ぶりも見逃せない。持てる英知と才能で、年商数十億を稼ぐ風雲児も登場している。
ある大手一流企業に勤務していた単身赴任組の中からも遊興費目的でサラリーローンに手を出し、借金の督促にたまりかね蒸発、つまり路上生活者に成り幾年を数える人々も後を絶たない社会現象を見ていると、「負け組」「勝ち組」という簡単な定義では計り知れない社会現象を痛感する。
それらの分岐点的発想認識のキーワードは「危機感」だという。
資本力でも無く、高学歴でも無く「危機感」だというのである。
今の世相や社会に多かれ少なかれ「危機感」を持っている人と、そうで無い人が格差社会の「負け組」と「勝ち組」に分離され、益々、格差が大きく成って行くのです。元々、高能力の人と、ただ時間が来ればタイムカードさへ入れれば同じ生活感を共有出来た社会の方が湾曲した社会だったのかも知れない。が、しかし、一握りの億万長者と多くの路上生活者という極端な格差社会は困るのである。今まで成り立ってきた殆どの職業が廃業を余儀なくされるからだ。
どんな世の中に成っても絶えず危機感だけは持って生きていきたいものですね。
よく街興しならねゼミと称する大学生達が、挙って論文を書きたがるのが。・・・街の活性化=ショッピングセンター構築論だ。成る程、時代性は感じるが、一つのエリアに何でもかんでも有り~のって果たして快適な空間なのだろうか。??? 僕は、そうは思わないのである。僕は京都という観光都市に痛く快適な空間を感じているのである。よく「温故知新」といわれるように、全国的集客感覚を古い時代から持つ京都に何故か僕は新しさを感じて止まない。一口にいっても京都は広い、その広い空間は一商圏(ショッピングセンター)のような隔離された小さな空間では無い。至る処に、その魅力的な空間は点在し、幾度と訪れても新たな発見があたり見落としていた見どころが再発見できたりと楽しみ方のカテゴリーは数え切れない。例を一つあげるなら。今日は食べ歩きをしようとする。お酒を飲むという目的とは違った楽しみ または 骨董品を探しにとなると、掘り出し物に行き当たって、美味しいお酒を飲んで帰りたくなったり、とか 祇園祭・・大文字さん 目的アイテム別カテゴリー選択別の楽しみ方が出来る処が点在する。・・・ここなのである。!!
もし、京都が ココだけ 例えば八坂さんから清水エリアだけが京都っていわれると「何の魅力も感じない」・・なのである。
そうでは無くて嵐山も太秦も四条も五条も祇園も・・・・・であるから僕は少し足を伸ばしてもウロウロとすることが好きなのである。
局部的に全てが凝縮されたマルチ空間なんて成る程、便利かも知れないけど、それなら単なる無機質化された御用聞き空間のような感じがしてならない。
あまり狭いエリアだけでは考えない広いエリア空間に点在するオアシスにこそ正に快適な遊び心を持って訪れたく成るのですよね。

何故に、そう思うのかと云うと、全国各地で行われた第三セクター方式の下町開発「巨大なパビリオン型ショッピングモール」の殆どが不発に終わり、自己破産寸前の危機を迎えているからなのだ。

2011年を迎えようとする深夜、只管、パーソナルコンピュータの画面と睨めっこしながらの元旦の幕開けとなった。ここ数年、ネット上から数々の情報が送られてくる。例えば、これは後日談的結果だが近くに住む老夫婦の2007年を迎えようとする深夜、只管、パーソナルコンピュータの画面と睨めっこしながらの元旦の幕開けとなった。ここ数年、ネット上から数々の情報が送られてくる。例えば、これは後日談的結果だが近くに住む老夫婦の子供さんからの人生相談にネットを通じ親切に応じていて、後日、その相談者が実は何を隠そう幼なじみの????であったりの謎々ドゥナドーナ現象なる奇怪な事でありーのとか。よく解らない近代文明の紆余曲折ぶりよろしく家族のありかたや御近所また兄弟や親戚に至るまで、一昔の感覚では及びも付かない時代の流れを痛感し新しい年を迎える。・・・・・・!!

現在、日本国内において実質労働といわれる部門を大きく担っているのが外国から日本に来ている俗称、外国人だ。!!多くの実質労働力を担っている。清掃業 建設解体現場 ショービジネス 等々、体力が勝負の労働力だ。しかし、国内での雇用状況となると、どうなんだろう。!日本国内に生まれ日本国内で育ち、立派な大学を出た日本国籍を持つ日本人といわれる人達、特に働き盛りといわれている人達の多くに失業者が目立つ。!! しかも、再雇用に難色気味だ。!!これは、何を意味するのか。??もはや日本に生まれ育った日本人といわれる人達は「労働は汗なり」を忘れてしまったのか。この「汗」とは、肉体労働も頭脳労働にも必要不可欠であり、クールビズなどの発想など、その極致であると考えたりする。なにか大きなテーマが無いとネクタイもハズセナイノカ!! おまえらは!! って言いたい。!!
格言的にバリバリの仕事をしている人はネクタイや背広を着なくても仕事は出来て誰もが認めるのですよって事なんです。また、それがトレンドになったりしていくのです。
だから、そういったパワーを持つ人がまわりに居ないって事は、凄く不安です。この年に成って、お年玉をあげる子供たちも見られない日本という国の行く末を案じます。元旦に、ある商店街のアーケードを歩いて驚きました。大きな「日の丸」が掲げられていました。少し考えさせられました。国際化時代。万国旗を掲げられないのかなってね。!!

五十年後、日本人が世界の難民孤児に成らない事をひたすら祈ります。
街を支え国を支えるには、ただ健康であるだけでは駄目なんですよね。
時として、自分が築きあげてきた大切な物を外敵から身を守る為の瞬発力的な力も重要なのです。これは腕力という事では無いのです。叡智つまり経験則を超えた知恵も腕力以上に大切な事なんです。

※只、残念な事は何の苦労や労力も使わずに欲しい物は人様の物であれ何であれ盗み取れば勝ちと思っているような排他的な集団の物の考え方の方が、今の「日の丸国日本」崇拝者を象徴しているように思えます。愛国心とは程遠い連中です。一つの街の たった一つの小さなお店の安泰も祈れない人達に街を築いたり国を愛したりって事は出来ないでしょう。!!

子供さんからの人生相談にネットを通じ親切に応じていて、後日、その相談者が実は何を隠そう幼なじみの????であったりの謎々ドゥナドーナ現象なる奇怪な事でありーのとか。よく解らない近代文明の紆余曲折ぶりよろしく家族のありかたや御近所また兄弟や親戚に至るまで、一昔の感覚では及びも付かない時代の流れを痛感し新しい年を迎える。・・・・・・!!

現在、日本国内において実質労働といわれる部門を大きく担っているのが外国から日本に来ている俗称、外国人だ。!!多くの実質労働力を担っている。清掃業 建設解体現場 ショービジネス 等々、体力が勝負の労働力だ。しかし、国内での雇用状況となると、どうなんだろう。!日本国内に生まれ日本国内で育ち、立派な大学を出た日本国籍を持つ日本人といわれる人達、特に働き盛りといわれている人達の多くに失業者が目立つ。!! しかも、再雇用に難色気味だ。!!これは、何を意味するのか。??もはや日本に生まれ育った日本人といわれる人達は「労働は汗なり」を忘れてしまったのか。この「汗」とは、肉体労働も頭脳労働にも必要不可欠であり、クールビズなどの発想など、その極致であると考えたりする。なにか大きなテーマが無いとネクタイもハズセナイノカ!! おまえらは!! って言いたい。!!
格言的にバリバリの仕事をしている人はネクタイや背広を着なくても仕事は出来て誰もが認めるのですよって事なんです。また、それがトレンドになったりしていくのです。
だから、そういったパワーを持つ人がまわりに居ないって事は、凄く不安です。この年に成って、お年玉をあげる子供たちも見られない日本という国の行く末を案じます。元旦に、ある商店街のアーケードを歩いて驚きました。大きな「日の丸」が掲げられていました。少し考えさせられました。国際化時代。万国旗を掲げられないのかなってね。!!

五十年後、日本人が世界の難民孤児に成らない事をひたすら祈ります。
街を支え国を支えるには、ただ健康であるだけでは駄目なんですよね。
時として、自分が築きあげてきた大切な物を外敵から身を守る為の瞬発力的な力も重要なのです。これは腕力という事では無いのです。叡智つまり経験則を超えた知恵も腕力以上に大切な事なんです。

※只、残念な事は何の苦労や労力も使わずに欲しい物は人様の物であれ何であれ盗み取れば勝ちと思っているような排他的な集団の物の考え方の方が、今の「日の丸国日本」崇拝者を象徴しているように思えます。愛国心とは程遠い連中です。一つの街の たった一つの小さなお店の安泰も祈れない人達に街を築いたり国を愛したりって事は出来ないでしょう。!!