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Zカー

これまでフェアレディZについてあまり情報を持っていませんでした。

たまたま光文社新書のzカーを手にしたところ。

日産の歴史、国産車の海外進出の歴史が良く分かりました。

近年ではロードスターがギネスブックに登録されるなど世界中で愛されているようですが、
Zカーは偉大な先駆者だったのですね。

ぶーちゃんさん

1週間前に

中野駅に到着後、吸い寄せられるように中野サンプラザのロビーへ。
果たしてそこは帰宅難民向けの避難所として開放されていました。
区の腕章を付けた職員さんから毛布を受け取り、帰りの新中野駅までの徒歩ルートを教えていただく。
途中で購入した使い捨てカイロ3枚を腰体に貼り付け、ウェットティッシュで手を拭き、床に毛布上からコートを羽織る。寒いけれどこれでやっと横になれました。

他府県民の区別なく平等にサービスを提供してくださったこと、本当に感謝致しております。

翌朝丸の内線経由で東京駅に着くと新幹線の切符売り場にまたもや行列が。

試しにEXicにログインすると予約が可能。半信半疑だったが同行者と後に並んでいた三重県の女性の分も予約できた。
キャリアが違う同行者の携帯はログイン出来ず、女性はキャリアは同じでもログインできなかった。
なぜW63CAができたのかは不明。

とにかくちっぽけな私一人でも短い時間にこうした様々なストレス、とまどいがあった。

未曽有の被害に逢われ、苦しい生活を強いられている方々に、
どうか十分な支援が届きますよう、求められている物資の種類、送り方、送り先
そして到着した物資の速やかな仕分けや物流ルート、受け渡しを明確に報道し続けていただきたいと切にお祈り致します。

車内では

しばらく沈黙が続いていましたが、やがて、

いつ出発するんですか?
という質問から、
早く出発してくださいよ
という哀願へと代わり
やがて怒気を含んだ口調へと変化。
私は吊革を掴み立ったまま眠りながら動くのを待っていました。
そのまま1時間が経過。
何とターミナルにバスが集結し始めました。
これはセンターからの指示なのか?
いずれにしても運転手さんの働きかけに変わりありません。

その光景を確かめたかのようにバスが身震いし、エンジンが 始動。

1時過ぎに無事中野駅に到着しました。

ひとつ残念だったのは、あれほどの活躍をした運転手さんに降車時に
一言ありがとう
が言えなかったことです。

そのとき

運転手さんは、
そうです、最終になります。
と回答されました。
すると、
並んでいた人々の中の一人が、
このまま私たちを置いていくんですか!?
と仰ったのです。

運転手さんは困ってしまいました。

一旦はバスのエンジンをかけ、発車しそうだったのですが、しばらく考えたのち、会社のバスセンターに、追加バスの要請を始めたのです。

バスセンターのオペレーターは速やかに現在のお客様を運んでセンターに戻るよう指示しているようです。

しかし、運転手さんは、このまま多くのお客様をほうって置いたまま出発はできない。可能なバスを配車して欲しい。
それは出来ない
お願いします
こうしたやり取りが始まったのです。

そして運転手さんはバスのエンジンを停止させました。