3月11日の震災後、「何ができるの、私に・・・」と色々考えた。
結果は、まだ出ていない。
エジンバラに住みながら、被災地へ出来ること。
物資を送る?
義援金を送る?
義援金は出来る範囲でした。
でも、物資を送る際にかかる送料がネックになって、
これはまだ実現できていない。
どこかの運送関係の企業が動いてくれると助かるのだけれど・・・
カリフォルニアに住む友人は、クロネコヤマトさんに掛け合って
被災地へ送る物資のみ大幅値下げで受け付けてくださるように手配した。
凄い決断力と、行動力。
もちろん、どこへ何を送るのかは調査済み。
いくつかのNPO団体へ、と彼女は判断したようす。
そして、ここでまた驚かされたのが彼女自身がNPO活動を企画運営するという。
その名も「Hope Love for Japan」。
以下、彼女のメールから転載します。
*** Hope Love for Japanの目指すこと ***
北カリフォルニア・ジャパンソサエティやアメリカ赤十字の主催する
日本支援のオリエンテーションやフォーラムに出席し、日本赤十字や
アメリカ赤十字に集まった多額の寄付金がどうなるのかを勉強しました。
日本赤十字からはアメリカ赤十字には物資や人材の依頼は一切出ておらず、
集まったお金だけを日本に送ってください、という依頼だけだということです。
そして、日本赤十字に集まったお金は、それをどのように使うのか、
分けるのか、ということを決めるために多くに時間をようするため、
地元で実際に困っている人たちにはまだまだ届いていない、という状況です。
では、実際に津波被害にあって泥に埋まってしまった家の泥だし、
避難所として使用される前に体育館の泥だし、温かい食べ物の炊き出し、
道や庭にたまった建材、瓦、流れ着いたゴミの片付けは、だれが対処に
あたっているのでしょう?
それは、小さなNPOのボランティアの人たちです。
例えば、石巻市では、被害の少なかった石巻専修大学のキャンパスが
NPO団体のメインオフィスとして機能しており、長期でここにオフィスを
おいているのは、3、4団体ほどです。一週間といった短期での
ボランティア活動を繰り返すNPOからのボランティアは毎日400人から
1000人ほどの人たちが、ここに出入りをしています。
しかし、泥だしだけでも16万人の労力が必要だとされており、
まだまだ泥だしといった基本的な作業などが必要です。
今回は阪神大震災よりは政府の対応がまし、という見方もあるようですが、
地元の方の話しを聞くと町長さんも副町長さんも死んでしまって、
70名いたはずの職員が20~30名になってしまって睡眠時間も
ろくに取らずに対応しきれていない、というのが現実です。
そこで、Hope Love for Japan では、地元に入って地元の復興に
実際に汗水たらしているNPO団体や、被災者に多少に日当を払って
泥だしや家の修理などを行うグループに資金を送ったり、必要に応じて
物資をおくったり、ということをこれから1年間続けていくことを目標としています。
地震のあった夜に保育園に通う息子さんと離ればなれになってしまった
舛さんの息子さんのエピソードは皆さんとシェアさせて頂いたと思いますが、
その息子さんが通う保育園も前庭は片付けがおわったけれど、教室の半分は
手つかずの泥だらけだと2日前にお聞きしました。
この保育園の理事長先生の談
「津波でぐちゃぐちゃになっでしまっでさぁ。
もう保育園やめようがど思っでだんだよねぇ。
んだげどボランティアの人達が綺麗にしてくれでさ。」
こういったように具体的に名前の分かっている保育へ色鉛筆などを送る、と
いったことも活動の一部として行っていく予定です。
4月いっぱいは、クロネコヤマトのメンロパーク支店の方のご好意で
1箱30ドルで物資を送る事ができるので、日本より安く手にはいる
物資などは(例:作業手袋、色鉛筆、靴下など)こちらで
購入して送る事もやって行きます。
サンフランシスコ領事館ともコンタクトをとり、被災地向けの
物資送付に関税を掛けない、といった政府の対応も現在
話し合われているそうなので、何かしらの優遇措置がとられることを
期待しているところです。
普段から彼女の行動には、力がある。
昨年まで毎週のように顔を合わせていたけれど、
いつも何かに向かってキラキラと目を輝かせていた。
あの頃は、農産物の農薬散布に関することに興味を持っていた・・・
ここにいる私。
何のコネクションもないし、属するソサエティもない。
悲観していても、月日は過ぎて歳をとるばかり!
今は、何かを学ぶ時期と踏ん切りをつけて、色々な活躍をされている方達の足跡をたどったり、
上記の友人と情報交換をしたりして、模索することを続けてみよう。
今じゃあなく、近いうちに、きっと何かが見えてくることを信じて。
結果は、まだ出ていない。
エジンバラに住みながら、被災地へ出来ること。
物資を送る?
義援金を送る?
義援金は出来る範囲でした。
でも、物資を送る際にかかる送料がネックになって、
これはまだ実現できていない。
どこかの運送関係の企業が動いてくれると助かるのだけれど・・・
カリフォルニアに住む友人は、クロネコヤマトさんに掛け合って
被災地へ送る物資のみ大幅値下げで受け付けてくださるように手配した。
凄い決断力と、行動力。
もちろん、どこへ何を送るのかは調査済み。
いくつかのNPO団体へ、と彼女は判断したようす。
そして、ここでまた驚かされたのが彼女自身がNPO活動を企画運営するという。
その名も「Hope Love for Japan」。
以下、彼女のメールから転載します。
*** Hope Love for Japanの目指すこと ***
北カリフォルニア・ジャパンソサエティやアメリカ赤十字の主催する
日本支援のオリエンテーションやフォーラムに出席し、日本赤十字や
アメリカ赤十字に集まった多額の寄付金がどうなるのかを勉強しました。
日本赤十字からはアメリカ赤十字には物資や人材の依頼は一切出ておらず、
集まったお金だけを日本に送ってください、という依頼だけだということです。
そして、日本赤十字に集まったお金は、それをどのように使うのか、
分けるのか、ということを決めるために多くに時間をようするため、
地元で実際に困っている人たちにはまだまだ届いていない、という状況です。
では、実際に津波被害にあって泥に埋まってしまった家の泥だし、
避難所として使用される前に体育館の泥だし、温かい食べ物の炊き出し、
道や庭にたまった建材、瓦、流れ着いたゴミの片付けは、だれが対処に
あたっているのでしょう?
それは、小さなNPOのボランティアの人たちです。
例えば、石巻市では、被害の少なかった石巻専修大学のキャンパスが
NPO団体のメインオフィスとして機能しており、長期でここにオフィスを
おいているのは、3、4団体ほどです。一週間といった短期での
ボランティア活動を繰り返すNPOからのボランティアは毎日400人から
1000人ほどの人たちが、ここに出入りをしています。
しかし、泥だしだけでも16万人の労力が必要だとされており、
まだまだ泥だしといった基本的な作業などが必要です。
今回は阪神大震災よりは政府の対応がまし、という見方もあるようですが、
地元の方の話しを聞くと町長さんも副町長さんも死んでしまって、
70名いたはずの職員が20~30名になってしまって睡眠時間も
ろくに取らずに対応しきれていない、というのが現実です。
そこで、Hope Love for Japan では、地元に入って地元の復興に
実際に汗水たらしているNPO団体や、被災者に多少に日当を払って
泥だしや家の修理などを行うグループに資金を送ったり、必要に応じて
物資をおくったり、ということをこれから1年間続けていくことを目標としています。
地震のあった夜に保育園に通う息子さんと離ればなれになってしまった
舛さんの息子さんのエピソードは皆さんとシェアさせて頂いたと思いますが、
その息子さんが通う保育園も前庭は片付けがおわったけれど、教室の半分は
手つかずの泥だらけだと2日前にお聞きしました。
この保育園の理事長先生の談
「津波でぐちゃぐちゃになっでしまっでさぁ。
もう保育園やめようがど思っでだんだよねぇ。
んだげどボランティアの人達が綺麗にしてくれでさ。」
こういったように具体的に名前の分かっている保育へ色鉛筆などを送る、と
いったことも活動の一部として行っていく予定です。
4月いっぱいは、クロネコヤマトのメンロパーク支店の方のご好意で
1箱30ドルで物資を送る事ができるので、日本より安く手にはいる
物資などは(例:作業手袋、色鉛筆、靴下など)こちらで
購入して送る事もやって行きます。
サンフランシスコ領事館ともコンタクトをとり、被災地向けの
物資送付に関税を掛けない、といった政府の対応も現在
話し合われているそうなので、何かしらの優遇措置がとられることを
期待しているところです。
普段から彼女の行動には、力がある。
昨年まで毎週のように顔を合わせていたけれど、
いつも何かに向かってキラキラと目を輝かせていた。
あの頃は、農産物の農薬散布に関することに興味を持っていた・・・
ここにいる私。
何のコネクションもないし、属するソサエティもない。
悲観していても、月日は過ぎて歳をとるばかり!
今は、何かを学ぶ時期と踏ん切りをつけて、色々な活躍をされている方達の足跡をたどったり、
上記の友人と情報交換をしたりして、模索することを続けてみよう。
今じゃあなく、近いうちに、きっと何かが見えてくることを信じて。