アスペル君の父として -25ページ目
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集中力と年賀状

 昔、新潮文庫の広告に「想像力と数百円」というコピーがありました。書いたのはたしか糸井重里だったかな。今回のタイトルに剽窃させていただきました。
 
 昼過ぎに納会を終えた嫁さんが、やっと書けるわと言って午後から年賀状を書き始めました。横で私もパソコンを打ちながら合間に手書きで宛先を書いています。当然の流れのように二人の視線は、いまでゴロゴロしている息子に向かいます。
「君も先生宛に書きなさい!」
 てっきりふてくされるかと思いきや、意外にも素直にちゃぶ台に向かい、十二色ペンをとりだしてきます。そして私が仕事先相手に出している、出来合いの年賀状に描かれた干支の絵を見本にして、鶏の絵を描き始めました。

 息子は好きなことには恐ろしいほどの集中力を発揮します。今回も、手を赤やら青にべっとり汚しながら、決して上手くはないけど味がある鳥を懸命に描いていました。
 この集中力がアスペルガーの特性なのか、それとも単にこの時期の子はそうなのかは分かりません。一見喜ばしいように見えますが弊害もあります。本に集中しているときはいくら言っても風呂に入りません。泳ぎに熱中しているときはプールの閉館までやめようとしません。あまりに長時間浸かっていたので親子共々塩素の匂いで気分が悪くなったこともあります。

 今回は比較的短時間で、カラフルな鶏のイラストが入った年賀状を仕上げてくれました。が、如何せん、横に書かれた筆文字は、親から見てもなんと書いているか判読できない……息子よ、今度は書写にも集中して取り組んでくれ。

 今日は三人で大掃除。こっちのほうにも、集中してくれると助かるのですが。

小5の「補習」

 朝からさっぱり仕事がはかどりません。やっぱり世間が仕事納めだなんだと騒いでいるせいでしょう、と人のせいにする私。

 冬休みに入りましたが、息子は学校に行っています。いえ、運動場で遊んでいるのではありません。初夏の一時期、学校に行かない期間がありましたので、その間に行われた授業を補いましょうと、担任の先生が申し出てくださったのです。いつかきちんと書きますが、本当に頼りになるいい先生です。息子は大好きな先生を独占できると、朝から喜んで登校しました。トラブルの原因となるクラスメートがいない教室は、彼にとってパラダイスなのでしょう。

 不登校、緊急避難、いまでは何と言っていいか分かりませんが、一ヶ月ほど彼は学校に行きませんでした。私たちが行かせなかったのです。コミュニケーションの不全から、他の子と暴力を含んだ衝突を起こすことが続いて、学校側に「抜本的な解決の方法が見つかるまで登校させません」と宣言したのでした。それから彼は一ヶ月ほど、毎日家にいたのです。

 この件について書くべきことは山ほどあるのですが、とりあえず小学生が学校にいかないことの是非について今日は述べます。
 普通の人は「義務教育」というと、「親が子供を学校に行かせる義務」と思いますよね。私たちもそうでした。ところが、もちろんその意味合いもあるのでしょうが、本来「義務教育」の「義務」とは、「自治体が子供の教育環境を整える義務」なのだそうです。
 私たち夫婦は、義務不履行で牢屋に入れられるのなら仕方ないと腹をくくっていたのですが、実際責を負うべきは自治体である市と、市立の教育機関である小学校のほうなのでした。発達支援センターの先生と学校側、そして私たちの三者で話しあったとき、センターの先生が「本人が現在の学校での教育を希望する以上、その環境を整える義務が学校側にはあります」と言ってくれたときには、いっぺんにもやが晴れたような気がしたものです。
 その後学校側がとてもよくやってくださったので、学校の悪口を書くつもりは毛頭ないのですが、もし学校とお子さんが合わないと悩む親御さんがいらっしゃったら、「登校させない」という選択肢もある、という希望は持っていてください。

 それはさておき、息子は喜んで勉強しに……あ、帰ってきました。「どうだった?」と訊くと、「ぽつんとした教室は先生と二人だけで楽しいけど、ちょっと寂しい」だそうです。いくら独占できるとは言っても、小5の補習はパラダイスとはいかなかったようですね。

年下の子への共感

 一般にアスペルガーの子供は友人関係が築きにくいと言いますが、その一方で特定の相手に対しては、濃密な交友関係を築きたがる傾向があるようです。また、同等の立場で付きあう必要がない年下の相手も、全面的に受け入れるようです。傷つくことが少ないと思うからでしょうか。

 いささか旧聞に属しますが、週末は義父母と義理の弟夫婦たちと一緒に、クリスマス会と忘年会を兼ねたパーティを開きました。子供は小五の息子の他に、今度小学生になる上の甥っ子と、今年保育園に入ったばかりの下の甥っ子です。
 この下の甥っ子が、まぁかわくて。どれくらいかわいいかというと、にこっと笑った顔を撮ってめざましテレビに送れば、90%くらいの確率で「今日の占い」のコーナーに写真が載り、高島彩が「きゃーっ」と叫ぶこと請け合いのかわいさなのです。上の甥っ子も、「ねぇ、『犬夜叉』って言ってごらん」と言うと、「……いぬやひゃ」と答えてくれる、なかなか楽しい男の子です。

 この二人に対して、うちのアスペル君はいっちょまえにお兄ちゃんぶりを発揮してくれます。下の子はまだ赤ちゃんなので怖いみたいですが、上の子に対しては「そんなことをしたら駄目」「仕方ない、おれが代わりにしてやるよ」等々、端から見ていて微笑ましいほど偉ぶっています。最後はおもちゃの取りあいになって、大人たちに怒られるんですけどね。

 腕白盛りの弟分に対して、彼なりにお兄ちゃんとして接しようとしている姿を見ると、コミュニケーションがうまくいかないというのは本当にケースバイケースだな、と思います。こうして対人関係が明らかな場合はきちんと優しさを発揮することができるのに、クラスメートが相手だと、うまく距離を測ることができない。きっと本人がいちばんもどかしく感じているのでしょう。

 パーティが終わり、名残惜しそうに年下二人を見送る彼の頭を、思わず撫でてやりたくなった週末でした。

ふさぎの虫とタイムリミット

 今年、大抵の小学校はクリスマス・イブが終業式でしたが、二学期制を導入しているうちの街にある公立学校では、単なる冬休み前日の金曜日でしかありません。
 ところがこの日は大人にとっては、前倒し五十日(ごとうび)の、しかも月末の金曜日。さらに年の瀬とあって、のんびりしていようものなら社会人にあらずといった目で見られてしまう日なのです。

 私も(前回から一人称を「僕」から「私」に変えました。このジャンルでは少数派の男ということが認知されたと思うので)例にたがわず、午前中にやっつけるべき仕事を終えた後は、味噌汁かけご飯をかき込みながら、「午後可及的すみやかに」送るFAXの内容を練っていたのでありました。
  
 さて午後三時半。五時間で授業を終える息子を迎えに、小学校へ。裏に「ヘリカプタァ」と書かれた名札をぶら下げて校内に入り、寒風に晒されながら靴箱の前で待っていました。
 これから一緒に戻って四時前。「本日中に」送らなければならない原稿を、五時までの一時間で上げる予定にしていました。

 ところが現われた息子は、膨れっ面でこちらを見ただけで、通り過ぎてゆきます。後を追ってきた先生が苦笑しながら「実はさっき、あんまりひどい悪戯をしたので叱ったんですよ。そしたらスイッチが入っちゃったみたいで」と説明してくれます。まずいな。原稿どころじゃなくなるかもしれない。

 「スイッチが入る」。私たち家庭と学校現場、そして医療機関では、彼がふてくされていうことをきかなくなる状態を、その共通言語で呼んでいます。なにか自分に不都合なことがあると、それをきっかけにして怒りを爆発させたり、他者を排除しようとする行動を伴います。以前は暴力を伴うこともあったのですが、三者の根気強い療育の結果、人を傷つけることはなくなりました。小児科の先生の説明によると、アドレナリンが分泌して「頭が真っ白になる」状態になるということです。

 まずいな、と思いました。これが始まったら治まるまで「クールダウン」の時間を取らなければなりません。その間十五分から二十分。案の定、彼は校長室に座り込んで動こうとしません。ちらりと、片づけなければならない仕事のことが頭をよぎりました。五時までに間に合わなかったらどうしよう。「子供がふさぎ込んで帰らなかったんで」という言い訳は使えません。しかし事実はそうなのです。
 これは私たち親に限りません。学校の先生も、彼に構っている間、すべての仕事を後回しにしています。差し伸べる手が必要な障害児の家族や担当教師は、そうした犠牲を払わなければならないリスクを常に抱えているのが現実です。

 幸いうちのアスペル君は、ふんふんと鼻を鳴らしつつ、石を蹴飛ばしながら、とぼとぼではありますが家路を辿ってくれました。おかげで原稿は間に合い、彼も小一時間後にはすっかり機嫌が治って、ハリー・ポッターを読みながら笑い声をあげていました。

 年の瀬の繁忙期に起きた、ちょっとしたさざ波。そんな無数の波になぶられてきた今年も、もうすぐ終わろうとしています。

立ち尽くす日々

 イブ前日の買い物客でごった返すホームセンターの駐車場で、ひとしきり立ちすくんでしましました。

 午後から三人で出掛けた買い物。ご機嫌だった息子は、次第に市街地の渋滞と人の多さに不機嫌になっていき、夕方にはすっかりふくれっつらになっていました。
 そしてホームセンターに入ろうという段になって、もう何千、何万回出くわしたか分からない癇癪を起こしたのでした。
 
 買い物途中にぐずる子供をたしなめ、ときに叱りつける。多分いまこの瞬間も、日本中の街で起こっている他愛ない日常でしょう。大抵の親は憤慨しながら呟きます。「まったくいつまでも甘えん坊でわがままなんだから」「はやく大きくなってくれないかしら」。その背後には、小さい子なんだから仕方ないという諦めがあります。
 ところが幼児期が過ぎても、わざわざこちらの神経を逆なでするような言動をする子供がいます。言うまでもなく、息子のようなアスペル君たちです。

「なんでこんなにわがままが続くんですか?」
 息子の癇癪や傍若無人な態度にほとほと疲れ果ててそう訊ねると、発達支援センターの先生はやさしく微笑んで教えてくれます。本人にわがままという意識はないんですよ。社会性が発達していないために分からないだけなんです、と──。

 対策としては「受け入れてあげる」ことしかありません。無条件で愛情を示してあげる。ただし、これ以上は駄目というラインはきちんと決めること。そう指導を受けて以来、我が家から叱りつける大声が消えました。怒鳴る代わりに「それは駄目だよ」と根気強く教える。それを続けているうちに、少しずつ息子は変わってきました。「わがままに見える行動」が少しずつ減って減ってきたのです。

 とはいえ、一朝一夕で劇的な変化があるはずもありません。私たち親の根気強い闘いは日々続いています。ときどきこうやって、爆発した彼に対する負の感情を必死で押さえ込みながら。

 ホームセンターの入り口で、嫁さんが手招きをしています。怒ったってしょうがないじゃないのと、表情で私に語りかけながら。その横にいる息子は、ライトに飾られた店内に目を奪われ、すっかり先程の自分の癇癪を忘れた様子。現金な奴です。
 私は息を吐き、ゆっくりと歩き出します。きっとこの先少しぎくしゃくしながら、それでも数時間後には親子で笑いあっているでしょう。これまでもそうしてきたんですから。

 いったいこの先どれだけこうして立ちすくみ、彼の背中を見つめる日々が続くのだろう。そう思いながら、私も二人の後を追い、華やぐ店内へと歩くのでした。

「半ドン」という希望。

 コメントやトラックバックをいただいた方、ありがとうございます。どこに書いていいのか分からないので一応ここに書いておきます。皆さんのブログにも遊びに行きますからね。

 ※  ※  ※  ※  ※

「えーっ、なんで天皇誕生日なのにお仕事なの?」
 それはね、息子。代理店さんがどうしても金曜日に原稿が欲しいっていうからだよ。新聞社は最後まで輪転機を回すからいまがラストスパートなんだ。だから担当の人も水曜日に資料を渡して「すみませんが、中一日でアップを」って言うんだよ。その中一日が国民の休日って奴なんだね。パパも平気な顔して「大丈夫ですよ」って笑うけど、内心かなり焦ってるんだ。これを大人の言葉では「ふりーのしゅくめい」って言うんだよ。

 うちの息子は休日にほとんど家族と過ごします。友達とのコミュニケーションが図れないため、一緒に休日を過ごす相手がいないというのもあるのですが、ひとつには、私たち両親が彼を放っておけないという意識があるからです。人と違ったことをしでかす彼から目を離すのは、正直心配でなりません。

 彼もそんな休日の過ごし方を心得ているようで、私たちにべったりです。彼の愛情表現は濃厚で、「愛してる~」とか「好き好き~」と頬を擦り寄せてきます。私たちも負けずにするんですけどね。
 そんな具合ですから、休日に仕事が入ってしまうことは、昔から悩みの種でした。ふてくされたように口をとがらせる姿を見るのは、張り裂けんばかりに辛いものです。バツイチ時代、休日の朝に「俺これから子供と遊ぶんだ」と言って恋人を無くしたこともあります。

 そんな状況に光明をもたらしてくれたのが、「半ドン」を利用するという手法です。普段の休日でも午前中はゴロゴロしていて、昼ご飯を食べてから外出するのだから、午前中は彼に家で遊んでもらってその間仕事をし、午後から一緒にいればいいじゃないか。幸い息子はそれくらいなら家にいても癇癪を起こしません。
 という訳で、昔懐かしい「半ドン」という言葉は、僕のなかでツリーのように燦然と輝いています。本日は祝日なり。午後から煌めく街へ家族で出掛けるために、午前中は頑張って集中しましょうかね。

来校者名簿

 来校者名簿、というものがあります。
 文字通り学校を訪れた児童・教職員以外の来訪者が、自分の名前と来校目的を記すもので、基本的には部外者全員が書くようになっているようです。
 以前はそれほど記入について厳しく言われなかったのですが、数年前に大阪の池田小学校で児童殺傷事件が起こってから、来校者に対する学校側の態度が一変しました。私もあの事件のしばらく後に、地元の国立大学附属小学校を取材した際、えらく厳しくチェックされた覚えがあります。

 さて、私は息子が通う公立小学校のこの名簿に、ほとんど二十四時間ごとに記入しています。息子を迎えに、校内まで入っていくからです。

 息子は一人で下校ができません。本当はできるのかもしれませんが、したがりません。以前は仕方なく先生が送ってくださっていたのですが、児童が下校してさぁ書類作成だなんだとお忙しい時間にマンションの四階まで来ていただくのが心苦しくて、僕のほうから学校に迎えに行くようにしました。
 二十四時間ごとに来ていると、最初は下駄箱のそばに立つ不審な男を「なんじゃこいつ」という目で見ていた子供たちも、最近ではすっかり馴染んだようで、元気よく挨拶してくれるか、あるいは空気のようにそばを通りすぎます。そろそろ女としての自覚が出て来た六年生の女の子が、三十代崖っぷち男の視線から逃れるように歩き去ると少し哀しくなります。「あー、○○君のお父さん、また来てる!」と同じマンションに住む一年生の女の子が笑いかけてくれるとほっとします。

 児童にも先生にもすっかり顔なじみなんだから、もう名簿なんか書かなくてよさそうなものですが、律義にも僕は毎日名前と住所、来校目的「お迎え」と書き続けます。意地になってるのかもしれませんね。不審者のチェックという名簿本来の目的からは、とうに逸脱しているのですから。

 昨夜はPTAの集まりがあったので、夕方書いて、夜にまた書こうとしておかしくなっちゃいました。結局そのまま名札をぶら下げて集まりに出たのですが、紐で吊るすタイプの名札ですから、ときどき札がひっくり返って、裏が正面を向いちゃうんんですよね。裏面には、英語教育の一環なのか、児童にも分かるように英単語とカタカナが併記してあったりして。マラカスを持ったオジサンのイラストの横に「MEXICO(メキスィコゥ)」なんて書かれた札をぶらぶらさせながら「その件についてはですね……」なんてやってる姿、端から見たら、結構おかしいと思います。

はじめまして。

 読者の皆様、はじめまして。

 ……で、いいのかな? なにしろブログというものを書くのが初めてなもので。有料メルマガも無料メルマガも書いていましたが、あんな感じでいいのかな? なにせ、トラックバックが何なのかさえいまだに把握していない初心者ですが、皆さんよろしくお願いしますね。

 今回から「アスペル君の父として」というタイトルで書かせていただくことになりました。紹介欄にも書きましたが、小学校五年生のアスペルガー症候群の息子を持つ父親です。アスペルガーとは自閉症の一種で、知的能力には問題がないけれども社会性が発達していない症状を指します。平たく言えば「困ったちゃん」ですね。単なる場を読めない奴とも違いますし、ADHDとも違う学習障害です。このへんはまた詳しくお話しますね。

 まだ認知されて日が浅い障害なので、私たち親はまぁいろんなところへ行っていろんな話をしました。児童相談所の机を蹴り飛ばしそうになったこともありますし、校長先生を怒鳴りつけたこともありました。ほとんど絶望して、こいつを殺して俺も死のうかと思ったことは数えきれません。

 現在子供は公立小学校の普通クラスに行っています。今日は音楽会を観賞するとかで、元気よく登校していきました。しかし、実際にコンサート会場に行ったら、担任の先生がつきっきりで見ていなくてはなりません。それが現実です。

 かなりたいへんといえばたいへんな状態ですが、このブログで愚痴るつもりはありません。できるだけ客観的な視点から問題提起をしようと思っています。学習障害に悩む親御さんからの意見はたくさんいただきたいですが、傷を舐めあおうとは思いません。建設的な意見の交換をして、発展的な話がしたいと思っています。教育に携わる方など関係者の方には、現実を知っていただければと思います。

 という訳で、できるだけ毎日更新を心がけますので、今後ともよろしくお願いします。
 あ、私のことですか? 本名を明かしちゃっていいいのかな? とりあえず、地方都市在住のライターと言っておきますね。自己紹介の仕方が良く分からないんです。物陰からものを言うつもりはありませんので、プロフィールは今後、また。

 では、皆様お風邪など召しませぬように。
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