見過ぎなあの人~はじまり~
ここ数年、本っ当に好きな人ができなくて
自分でも不思議で
恋人ほしいけど、いらない。
みたいなのが続いています。
有難いことに顔には恵まれているらしく
(自分では全く思わないけど、世間にはそれが許されないみたい。)
一目惚れされることも、連絡先聞かれることも、しつこくせまられることもある。
でも、私は本当に惚れにくくて
かっこいいだけでは好きにならないし
性格良いだけでも好きにはなれない。
私はよくfeelingが合う人が好いという言い方をする。
周りに理想が高いんだとよく言われるけど。
そんなつもりはないけど、結局そうなんだと思う。
やさしいし、大人だし、ちゃんとしてる、顔も悪いわけじゃない
十分素敵な人だ。
わかってる、わかってるんだけど
なんか違う。
だから手もつなげない。
(繋がれない様に)そーっと手をぽっけに隠す。
そんなことが続いていたある日。
会社ですごく見られていることに気付く。
会社には、「個性的な=変わった」人が多く
既に、一目惚れしました。と言ってくれた人
すごく話しかけてきて、気を遣ってくれて、毎日一緒にランチを共にしてくるわかりやすい人
不器用だけど態度で示してくれて、私との会話の後明らかに嬉しそうな人
タイプはばらばらだけど好いてくれる方たちがいた。
きっと、恋愛経験も少なくピュアでわかりやすい人が多かった。
私は、そんな人たちに冷たくあたりたくなかったので
思わせぶりになるかもしれないけど、やさしく丁寧に接した。
あまり会社に姿を現さない
みんなからも一目置かれている方がいて
私は人見知りだしそう会うこともないから
気にしていなかったのだが
ある時その人からの視線に気付く。
それは、年末の出勤最終日。
一人でせっせと掃除をしていると
彼と目が合った。
その時はなんとも思わなかった。
その後の納会で
私は、気が乗らず、早く帰りたくて
オーラを消すかの様にただただ静かに過ごしてた。
だが、向かいからの猛烈な視線に途中で気付く。
「あれ?なんかすごく見られている気がする。」
「これ、私も見たら絶対目合っちゃうよね?」
「え?なに?こわいんですけど。なんでそんなに見るの?」
と、やたらと見られていたのだが、
「あれはなんだったのだろう。」と
まだそこまで気にしていない。
無事に納会も終わり
そそくさと帰宅した。
ふぅ。これから冬休み。パワーチャージしよう。
たしか、これが私の気付いたはじまり。
つづく
本音のやり場
私は、秘密主義だし、複雑な家庭環境で育って来たからか
あまり気持ちを表に出すことをしてこなかった。
いろんな事を隠して、友達にも壁を作って接してきた。
心だけ成長し過ぎて、
わかってくれそうな人にだけ、少しづつ話してみて相手の様子を伺ったり。
親友と呼べる子もいないし
恋人にも、家族にだって、今まで誰にも本音を話した事がない。
でも、本音ってみんな本当に言ってるのかな?
親しき仲にも礼儀ありって言うし
女友達って結局上辺じゃない?と思う。
私は不器用だから
その雑念をどう解消したらいいのか分からなくて
このブログを始めた。
でも、今ふと、わかった気がする。
女友達の不満は、それ以外に。
男友達の不満も、それ以外に。
家族の不満、会社の不満...
いろんな不満は、それ以外にみんな吐き出しているのね?
私は、家族の話は外でしたくない。
良い話なんてほとんど出てこないし
家族といえども、彼らも一個人なわけだし、
自分の両親を否定して、自分の評価も親の評価も下げる
って結局マイナスじゃん。って。
何より、自分の惨めな姿を晒せなかったんだと思う。
だから、いつも取り繕ったり、
なんとかかわして逃げて来た。
でも、社会に出ると自棄になることもあって
会社の社長に
親は離婚していることや
親との仲は良好ではないことを話し
会社でオープンにしてみても
「なぜ、仲が悪いのか、自分も父親だから聞いてみたい」と
ネタがないからネタにされ。
(そこでシリアスな話していいのかよ?いい?空気悪くなるよ?)
(大抵、こういう質問出来ちゃう、考えもしない奴は、私の言う恵まれた人間。)
私もやっと惨めな姿を晒せる様になったんだな。
少しは大人になったかな。
なんて思っていたが、結局。
晒すことにメリットなどないのだ。
日本は、本当に恵まれている国で
「親は無条件に子供が大好きなんだから」
と言う人が沢山いる。
そんな想いを持つ人たちに
「私は父が嫌いだ」
と言ったところで
言える限りの言葉で表現したって
なんて親不孝者なのだ。
と大抵思われる。
一言では語れない。
家族の形はそれぞれだから。
大人になってまで自分の親を嫌う理由がある。
と裏を読んで考える人など皆無。
そこで、本当の理由でも言ってみようものなら
どんなことになるだろうか。
何故、本当の理由を言わなければならないのか。
その必要性などなく
自分の惨めを晒し
親の正体を晒す事で
これ以上自分を傷つけてどうするのか。
デメリットしかない。
それなら、やはり、封印するのが結論だろう。
と、話は逸れたけど
家族の話の捌け口は、今のところない。
私にとって家族は、ある意味とても大きな存在だから。
これから幾度も話題に上がってくることになるだろう。
Introduction
ずーっとずーっと登録だけしていて
1度も書いた事のなかったアメブロ。
昔、学生の頃に
周りの人へ見せる様として、ブログを書いていたことがあります。
今までは、
「私の日常見せられる様なものないし」
もしくは
「私の日常アピールしようなんて思わないし」
って思って避けて来たSNS。
バリバリの世代の
ツイッターも
インスタも
やっていません。
Facebookは、旅行に行った時の写真を
友達がFacebookに上げるからと言うので
その為に登録しました。
その後、すぐさま色んな人にバレ
友達申請がどしどし来たことに嫌気すら感じてしまいました。
(ただ、外国の友達と繋がり易い点は折れる。)
そんな私が
最近になってやっと気づいた事があります。
別に、周りに見せるものとしてではなく
日記同様で書いてもいいんじゃん?と。
でも、ひねくれ者で偏っている私の
自分だけの形では、違ったみたい。
心では、パブリックである必要があるみたい。
人生四半世紀以上生きてきて
語ろうにも何から、どれから語ったら良いかわからない程
いろいろあった人生。
やっと気づいた事もあり。
本音を言える人も、言える場所もない。
その限界が来てしまって
誰に迷惑をかけるかわからないけど、
自己中にもこのブログを捌け口にします。
読者が一人もいない。
誰も知らないからこそ
ここには全て(本音)を吐き出せる。
はず。
これが生きにくい私の一つの手段になればいいなぁ。