今日の東京も快晴。本当に暖かくなりましたよね。今朝の目黒川は桜が散りだして、一面の桜吹雪、そして川面には花筏(はないかだ・・・散った桜が川面に浮いている姿を言うそうです)が太陽に映えてとても綺麗でした。昨日は札幌に行ったのですが、ところどころに雪の塊は残っていますが、温かくて誰もコートを着ていませんでした。

さて、今日はフランスからドーバー海峡を渡ってイギリスに行きましょう。まずはロンドンですが、見所の話に入る前に少しロンドンの歴史を振り返ってみましょう。
ケニーのブログ


ケニーのブログ

写真のようにロンドン市内観光には、ブラックキャブと呼ばれるタクシーか二階建てバスが便利です。

ロンドンは現在正式にはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国及びイングランドの首都と言う事になっています。ニューヨーク・東京・パリと並んで世界四大都市の1つです。人口は750万人を超え、ユーロ圏最大の人口を誇っています。イングランド南東部のテームズ側の下流にあります。緯度は樺太とほぼ同じですが、西岸海洋性気候で温暖で住みやすい気候ですが、年間を通じて雨や曇りが多いのが難点です。

歴史は古く、紀元43年にローマ帝国が原住民のケルト族を殖民支配する為に築いた都市が始まりと言われております。その後5世紀始めにローマ人は撤退し、アングロサクソン人の支配に移ります。11世紀にウイリアム1世がイングランド王国の首都と定め、市街の整備を行いますが、シティーと呼ばれる市街の中心地は経済力を持つ商人の力が強く、市民による自治が行われ、王権から独立した自治都市でした。
ケニーのブログ

上の写真が現在のシティーの姿です。

16世紀のヘンリー8世の時代に宗教改革が行われ、市街地が更に大きく発展し、19世紀の産業革命はロンドンの姿を更に拡大発展させます。1863年には市内に世界初の地下鉄が開通し、今でもチューブの愛称で親しまれています。
ケニーのブログ

上の写真はバッキンガム宮殿です。そのロンドンも何度も戦火にあっています。第1次世界大戦ではドイツ軍の飛行機や飛行船で空爆を受けました。そして第2次世界大戦ではまたもやナチスドイツ軍の激しい空襲で数万人の死傷者を出しています。空襲を撃退すると今度はV1飛行機(ロケット機)やV2ロケット(無人ロケット)によるしつこい空襲に悩まされますが、これがジョンブル魂に火を付けて、ノルマンディー上陸作戦へと繋がったと言われています。下の写真がナチスドイツ軍の空爆にあったロンドン市内の状況です。


ケニーのブログ

1980年代になりますと、サッチャー首相の規制改革が次々と実行され、ロンドンは世界の金融ビジネスの中心になります。LIBOR(ライボー)と呼ばれるロンドン銀行間取引金利が世界の金利標準になりました。そして昨年のリーマンショックから世界中を巻き込んだ金融危機はまさにシティーの金融街を直撃、英国はシティーの金融機能を守る為になりふり構わぬ保護策を打ち出し、震源地のアメリカと共に苦境脱出に取り組んでいます。

そして2012年には第30回オリンピックが開催されるのは皆さんご存知ですよね。同じ都市で3回もオリンピックが開かれるのはオリンピック史上の世界記録になります。

では次のお話をお楽しみに。