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1月だというのに雪がない…!!


来月あたりどーんと降りそうですね…

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今回は以前読んだ綿矢りささんの作品を読んでみました。



    

綿矢りさ
『憤死』




おとな

トイレの懺悔室

憤死

人生ゲーム

から、成る作品

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可愛らしい表紙と巻頭に惹かれ、購入しました。
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まず「おとな」

こちらは、著者の実体験なのでしょうか。
それとも空想の中のお話なのでしょうか。

登場する“りさちゃん”はきっと、綿矢さんであり、綿矢さんではないのでしょう。
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「トイレの懺悔室」

公演で遊ぶいつもの4人組の子どもたちが、川沿いの家に住む“親父”に声を掛けられて、親父の家に行くことに。

親父はキリスト教の告解を説明し、トイレを使って懺悔室とします。

子どもたちは一人一人懺悔をしてきます。

万引きをしたこと…

惨たらしく蛾を殺したこと…

そんなこと、と言ってはいけないかもしれませんが、そんなことと思える程の恐怖、人間は怖いという現実が襲ってきます。
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「憤死」

主人公の小、中学の同級生が自殺未遂。
しかしなんか違和感。

お互いにひとりぼっちを紛らわすかの如く連れ添っていた仲で、特段、仲が良いという訳でもない2人。

ある日の小学校での出来事を思い出します、その同級生が丸1日なーんにも上手くいかなくて、怒りと悔しさとが入り交じった感情を爆発させている姿を。

それを、高校の時歴史で習った「憤死」であると悟るのです。

ショートケーキのイチゴは、私は好きな時に好きなタイミングでテキトーに食べる派です。
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「人生ゲーム」

仲良し3人組。

主人公は兄きという存在に憧れています。

“人生ゲーム”で遊んでいると現れた友達の兄きの友達は、人生ゲームのボードのマス目に丸をつけて去っていきました。

そして、主人公たちに重なる不幸は、人生ゲームのマス目の通りに進んでいきます。

果たして誰か、ゴール出来るのでしょうか?
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いやぁ…
可愛い表紙に騙されましたw

こんな、人間て怖い、が起こる作品だとは知らずに手に取った自分、後でビックリするよ!
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確かに、怖いのはお化けでも妖怪でもなく、人間とはよく言ったものです。

「トイレの懺悔室」で、親父は子どもたちをからかう訳ではなく“大人”として導こうとしていました。親父に話を、懺悔を聞いてもらいスッキリした主人公の気持ちは本物でしょう。

人間とは、マウントを取り合って生きる生き物です。ショートケーキのイチゴの食べ順から、何からなにまで。
言葉に表せない程の怒りや悔しさをどう表現すべきか、死が目の前にあるにも関わらずその感情を爆発させることを優先に考え行動に移して死ぬ「憤死」。

友達が悩んでいる時、どう声を掛けるべきか。
簡単なことです、話を聞くだけ聞いて聞くだけで良いのです。そんな存在がいても良いのではないでしょうか。お金持ちになることだけが、全てではないのです。
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