「おはよう！」

４間四方ほどの板敷きの部屋に入ると、20人ばかりの生徒が、雑談やイタズラでにぎやかにしている。
ところが、その中でただ一人机に向かい、いかにも難しげな顔をして本を読んでいる子がいる。

「文命、何をそんなに難しい顔をしているの？？」
「べつに。」

幼馴染の姒裕(じ　ゆう)は、いつも一人でいる文命が心配で、つい声をかけるが、当の文命は読書に夢中だ。

「裕、こんなヤツと話しなんかするなよ！”洪水菌”がウツるぜ！」

司馬放(しば　ほう)の父は、左将軍であり、豪胆をもって旨とする放から見れば、友とも交わらず日がな一日読書にふける文命少年は、その姿を見るや視界から排除したくなる衝動に駆られる存在だ。

「そうだそうだ！”洪水菌”だぁ！」

2～3人の放のトリマキが、放の悪口に合わせて囃し立てる。

文命の父：鯀(こん)は、朝廷につかえる土木技師だったが、数年前の大嵐で、彼の建造した「巨大ダム」は決壊、建物や畑、多くの村人たちが押し流されてしまったのだった。
その事をあげつらって言うにせよ、”洪水菌”は言い過ぎだ。

「放！文命のお父さんは頑固だけど立派な人だった。何でそこまでひどい言い方をするんだ！！」

幼くして朝廷の権力争いで父を失った裕は鯀に引き取られ、体が弱くこもりがちな文命の兄のように育った。

民を守る思想と、それを実現する強固な意思を帯びた鯀は、２人をよく建築現場に連れて行っては巨大な工事の大切さについて語り聞かせたものだった。

「コイツのオヤジは帝の命令を無視して大工事をして失敗したんだぜ！その血をひいた文命だ、オヤジと同じように帝の命令に背いて、今にひどい大洪水を起こすに決まってる！だから"洪水菌"なんだよ！！」