前回は苦痛について触れ、まずはその把握が大事、というお話をしました。
しかし、人の苦痛を知るというのはとても難しいことです。そしてどの苦痛が、その人の中で一番大きいかを知ることもまた難しいのです。

緩和ケアを提供するとき、一番多く行われるケアは「会話」だと思います。え、ただ話すだけ??と思われるかもしれませんが、その中にも技術を駆使して話を聞いていきます。

まずは前述の通り、「あなたの苦痛を少しでも減らしたい」ということを十分伝えることが必要です。そこで重要になるのが「焦りを伝えないこと」だと思います。早く力になりたいがために少しでも「核心に迫りたい」「強い信頼関係を築きたい」と急に踏み込んだ質問をしたり、自分の進んで欲しいように会話をしていくと「自分のためを思ってくれているわけではない」と感じさせてしまいかねません。
今日はどんなことをしたのか、昨日は眠れたのか、何か変わったことはあったか、そんなことから意外とヒントを得ることが出来ます。

患者さんの立場から考えてみます。
自分の辛いことを伝えるのは、簡単なように思えて実は難しいと私は思います。なぜなら苦痛は「自覚していない」場合があるからです。もしくは「解決できると思っていない、諦めている」場合もあります。
だから本当は苦痛を抱えていても、「今辛いことはなにか」聞かれても「特にない…」という答えが出てくることがあるのです。
そんなとき、使われるのが「会話」です。今の生活、感じていることを一緒に振り返りながら、「本当は何が一番つらいのか」「どうしたいと思っているか」を整理していく作業なのです。

緩和ケアを提供する側は、知識を持っています。
どのような薬が効くのか、どうやって動けば辛くないか、どのような物なら食べやすいか、どう考えていけば自分のやりたいことがわかるか…など様々な知識を持って、どうすればその人らしく生活できるのかを考え続けながら話を聞いています。
看護師だけに限れば、その情報をもとに医師と治療について相談したり、栄養士に食事メニューを相談したり、薬剤師と他の薬剤を相談したり、多職種の架け橋となる役割も果たしています。

私も実際に、こんな経験をしました。
末期がんのAさんは、食欲・活気がなくなってしまい、その日も食事をほとんど残していました。
毎勤務帯で看護師が変わる中、記録を振り返ると毎回5%ほどの摂取しかありませんでした。
そこで、Aさんに食事について話を聞いてみるとはじめは「あまり食べたくなくて…すみません。」とだけ話していました。しかし「何なら食べられそうか」「どんな物が出ると辛いか」「量はどうか」など詳しく聞いてみると「白米は少し食べられるけど、おかずはすすまない」「麺類なら少し食べられそう」「毎回残してしまって申し訳ない」と話してくれました。
そこからAさんの、主食とくに麺類なら食べられる、食事を残すのが辛い、という思いが受け取られました。そこで食事を思い切って麺類だけにしておかずを無くし、量も半分にして、栄養補給目的のゼリーを付けました。すると、少しずつ食べられるようになり、「今日はこのくらい食べられました」と笑顔も見られるようになったのです。
恐らくAさんは、毎回の食事を辛くても頑張って食べて、残してしまうのはしょうがない、どうしようもない、と諦めていたように思います。
私達看護師にとっては、食事の調整はそこまで大変なことではありません。しかしAさんにとっては苦痛だった食事の時間が、「食べられる自分」を認めてあげられる時間に変わったのだと思います。

こういった会話を用いて、生活の変化や言動からその人の苦痛を知り、少しの変化をサポートさせてもらうことも緩和ケアの一種だと思います。

緩和ケアの始まりをお話ししたところで、次回は身体的苦痛、痛みについてお話したいと思います。

思うままに書いてしまってお見苦しいところもあるかと思いますが、ご覧いただきありがとうございました。

今回はこのへんで。