他人の『育ち』をどうこう言えるほど
あなたは『育ち』がよろしいのか?
他人にどうこう言う方ほど、
自分のことは棚の上に上げておられる場合が多い。
某党のブーメラン議員もそのうちの一人なのでしょう。
他人のふりみて我がふりなおせ
反面教師
学がないので二つしかでてこない笑
他人の『育ち』をどうこう言えるほど
あなたは『育ち』がよろしいのか?
他人にどうこう言う方ほど、
自分のことは棚の上に上げておられる場合が多い。
某党のブーメラン議員もそのうちの一人なのでしょう。
他人のふりみて我がふりなおせ
反面教師
学がないので二つしかでてこない笑
真実は人の思いの数だけある。
Aさんの、『自分はこう思った!(見た!)』のはAさんの真実。
その隣のBさんは『いや、Aさんはああ言っておられるが、こうでしたよ』はBさんの真実。
Cさん『いやいや、AさんもBさんも間違っておられる。こうでしたから』はCさんの真実。
事実とは『こうなっている事(こうなってしまった事)』。
なぜこうなったかという理由は、
色々な人の真実の数を重ねれば重ねていけるほど限りなくそもそもの理由に近づけていけるもの、だと思う。
たとえば。
喧嘩した訳は両方の話を聴かないとわからない。
だから裁判もあるんだろうけど。
そこに自分有利にもっていく為の嘘が入ると事実が遠ざかる。
一つ嘘をつくと、その嘘を本当のことに思わせないといけないので、さらに嘘の上塗りをせねばならなくなる。
嘘を重ねてしまう人はそれをしてしまう。
綻びが見えているのに本人だけが気づいていないという。
それを注意してくれる友人がいれば大事にしないといけないのに逆恨みしたり縁を切ったり。
それをわかってちゃかしている知人もどきに、更に嘘を重ねているのを目にすると、情けなくなる。
嘘は、百害あって一利なし。
嘘がばれていないと思っているのは嘘をついている本人だけ。
たまに、人によっては嘘を突き通せる場合もあるから間違うんだろうけれどもね。
今年もあと約6時間
ゆく年くる年
去る人来る人
別れてよかった悪縁であろうな方もいれば
別れるにはまだ早かった方もいる
いずれ行く道ではあるけれど、
いけた時には会えるかどうか知れず
今生の出会いは大事に
大事にできる方とは末永くお付き合いできればいいなと思う年の瀬