入院生活が始まった。
私は毎朝最低限の家事を終わらせて病院へ向かい、
日中を病棟で過ごす。
哺乳(入院開始時から、必須脂肪酸強化MCTミルク)や
おむつ替え、沐浴など普通の育児の範囲のことは
病棟でやっていた。
さくらは異常発見が早かったので、まずは無治療の
自然な状態で経過を見ながら
各種検査で病名のあたりをつけていくことになった。
まずは、早期手術が必要な胆道閉鎖症かどうかの鑑別を行い、
併せてほかの病気の確認も進めていく。
乳児で黄疸が出る病気は数あるが、まずは大所として以下3つ。
1. 胆道閉鎖症
2. アラジール症候群
(遺伝子異常、黄疸・心血管狭窄・骨格異常・特徴的顔貌など)
3. シトリン欠損症(先天代謝異常症のひとつ)
◆参考 乳児黄疸ネット
(医師向けなので情報がしっかりしています)
http://www.jspghan.org/icterus/
病名確定に至るまでの、詳細な検査の記録。
4月12日 腹部エコー
胆のう・胆管があることは確認できる。
胆道閉鎖症を積極的に疑う所見はないが、
空腹時/満腹時でほとんど胆のうの大きさが変わらない
など、若干の疑問点有。
(理論的には、ミルクを飲むと胆汁が排出されて
胆のうが縮むはず。)
空腹で受けなくてはいけないため、検査前は絶飲食なのに
混雑で待ち時間が延びに延び、新生児なのに6時間半も
ミルクお預けになった。
空腹を訴えるさくらを抱いてひたすら病棟内を歩き、
なんとか気を紛らわせる。
もちろん自分も昼食抜きになった。
おなかがすいて、泣きに泣いているのに食べさせられない
不憫さ…。
4月15日 採血・胸部/腹部レントゲン
このころは週2回のペースで採血を行い、
総ビリルビン(T-Bil)・直接ビリルビン他肝機能関連の数値を追う。
(T-Bil 4.99 前回比△0.99でやや改善)
レントゲンは「アラジール症候群」の鑑別のため。
蝶型の骨格というアラジールに特徴的な所見は見られなかった。
明日の検査に備えルート確保。
(手に点滴の針を刺していつでも使えるようにしておく。)
針がうまく刺さらなかったらしく、処置室からずっと長い間
響き渡るさくらの悲痛な声で胸が引き裂かれる思いがした。
点滴ひとつで…と思うかもしれないが、そのころの私には
おおごとだった。
4月16日 胆シンチグラフィ
放射性同位体元素を体に入れ、具体的には
「胆汁がちゃんと肝臓→十二指腸に流れているか?」を見る検査。
検査・分析にある程度時間がかかる。
眠り薬を使って行うこともある検査だが、薬なしで実施したため、
1時間以上検査台に縛り付けられたまま泣き続けることに
なってしまった。
当初薬は飲ませたくない心理的抵抗感があったが、
こんなに辛い思いをさせるならいっそ主治医に薬で眠らせて
あげるよう頼めばよかったとすら後悔した。
結果、案の定、胆汁の十二指腸への流入は確認できなかった。
実はこのころ、入院時にカスタードクリームのような感じだった便
(最近の母子手帳お持ちの方:
カラースケールでいうところの2~3番)が
普通の色(4~5番)に戻っていた。
黄疸=ビリルビン値も下がってきているし、便色も回復してきているし
Dr.も私も「胆道閉鎖症じゃないと思う」という希望を持っていた。
ちょっとしたウイルス性肝炎か何かで、すぐ治ってくれるんじゃないか。
希望が見えてきていた。
4月17日 心臓エコー
これも「アラジール症候群」の鑑別のため。
放射線科医師があまりに丹念に見るので逆に不安になる。
結果、心臓そのものや周囲の血管には問題がなかった。
ひと安心。
4月18日 眼科の診察
「アラジール症候群」関連。(約8割に後部胎生環が見られる)
目もまったく問題なし!
診察の際、目を大きく開くための器具をつけられ
目玉がむき出し状態に。そのあまりのグロさに言葉を
失うが、眼科医に「これ僕もやったことあるんですけど
痛くないんですよ、本当です。」とフォローされる。
4月19日 採血・採尿
血液検査結果は、「想定の範囲内で微妙」。
総じて横ばいだが、項目によって上がったり下がったり。
様子見。
(T-Bil 5.23 前回比+0.24)
採尿は、タンパク質・脂質の先天性代謝異常がないか
検査に回すため。
夕方、突然、初老の紳士がさくらを診察に来られる。
「院長が診察します」と言われ、あまりに突然で「???」理解できず。
「肝臓のconsistencyが上がってますね…」と言い残して院長去る。
(→肝硬変が進んでますね、的な意味合い)
後々聞いた話では院長の専門は胆道閉鎖症につき、
疑いのある患児を こうやって診にこられることもあるようで。
4月22日 CTスキャン(造影剤あり)・採血
さくらの場合「完全内臓逆位」なので
臓器の位置関係の把握や周囲の血管走行に異常がないか
調べる意味合いもある。外科手術を念頭に置いた検査。
採血結果、T-Bil 5.69 前回比+0.46で漸増している。
4月23日 腹部エコー(再)
院長の鶴の一声で再度実施となる。
放射線科・消化器科などの医師が集まり、オールスター状態で
さくらのエコーをじっくりと観察する。
前回と全く変わらない所見だが、やはり
「胆のうの大きさが変化しない」 のが、
Dr.の間では「ちょっと怪しいよね…」という評価に。
エコー室でさくらがたまたま排便する。色は…薄い。
2番か…良くて3番というところだろう。
なんでまたこんな色に…。
いやな予感が走る。
ここまでで一連の検査は終わる。
明日からはどうなるのか主治医に聞いたところ
「まずは定期的な採血を続けながら、GW明けくらいまで
経過を観察していきましょう。」ということだった。
胆道閉鎖症の場合、一日も早く最初の手術(葛西術)を受けることが
肝硬変の進行を食い止め、胆汁の正常な分泌を促し、
自分の肝臓でより良くより長く生きられることにつながるとされている。
それが常に頭をかすめるので、病名確定までは常に焦っていた。
診断は、手術によってのみ最終的に確定する。
肋骨下、肝臓のあたりを切開し、胆のうに針を刺して
造影剤を流し込み、それが肝臓や十二指腸に届くのが
確認されれば胆道閉鎖「ではない」。
どちらか、あるいはどちらにも造影剤が届かなければ、
それは胆管が 線維化してしまって使い物にならない
状態であることを意味し
その場合は胆のうと胆管を切除して、肝臓に腸を直接
取り付ける手術 (葛西術)をその場で行う。
ただ、胆道造影ができたとしても、それは
「その時点では胆道が通っていた」
ということしか意味せず、場合によってはその後閉塞してしまう。
また、胆道閉鎖症でない病気で黄疸が出ている場合、
葛西術を行うことによって 却って予後が悪化してしまうこともある。
一般的には「診断確定と手術は一日でも早いほうが良い」で
間違いないが、 現場では「時間に余裕があるのであれば、
最適なタイミングで開腹手術 =無駄な負担を避けてあげたい」
という慎重な判断をしているのである。
4月23日、空の色が藍色に変わるころ。
長い電車移動を終えて地元の駅に着いた私の携帯が鳴った。
知らない番号だった。
「もしもし…?」
普段は知らない番号の着信には出ない。
何故かその時は出たほうがいいと直感した。