また〝奴〟がきてしまった。
双極性障害
わたしはいつからか自分が自分ではないような
誰かと人生を半分ずつ共有している感覚がある。
診断されたのは22歳のとき。
10代から長年続けてきたキャバクラで上京したが
思うように伸びず思いつきで辞めてみた。
最終出勤の日家に着いた瞬間。
なにかが抜け落ちたような感覚……
もともと接客とか大人数とか
人と話すのがそもそも得意ではなかった。
疲れが溜まっていただけだと思った。
次の日病院にいってみた。精神疾患だった。
悲しいというよりはほっとした。
仕事を辞めたとき
元カレと別れたとき
母親と喧嘩をしたとき
ことあるたびに頭の中に靄がかかったような
感覚があった。自分が弱いだけだと思っていた。
何度も仕事を遅刻したり休んだり熱が出たり
周囲に迷惑をかけたことも多々あった。
でもそれが自分のせいじゃないと
すこしだけ救われた気がした。
あれから3年
またご縁があり夜の仕事に戻ってきた。
縁もゆかりも無い友達もいない
この街に来たのはただの気まぐれ。
いい物件があいていたから。
引っ越してすぐにBARブルースを知った。
これがオーナーとの出会いだった。
何回かお客さんとして通っていたらオーナーが
2店舗目を出すとのことで最初は興味本位だった。
昼間の仕事をしていた片手間で週2くらい
バイトとしてお小遣い稼ぎできればいいな。
オープンスタッフになりしばらく
みんなおなじ20代の女の子たちなのもあり
派閥もなく和気あいあいとバイトをしていた。
オープンしてから4ヶ月
突然店長が辞めた。
わたしと同じ25歳の明るい女の子。
後からわかったことだけど
人間関係とかお金とか諸々揉めて
ほぼ飛んだに近い形で辞めていた。
すこしして他の子が店長になったが
やっぱり続けられないと辞める話も出て
お店は店長不在で営業を続けることになった。
わたしに店長をやらないかと話が降ってきた。
断った。
昼間の仕事も忙しさから休職していたが
先にも話したとおりわたしは小さい頃から
挨拶こそきちんとしてくれるけど
話かけても会話は広がらず頷くくらいで
本当に大人しくて読書が好きな子と
卒園アルバムに書かれるくらいには
人見知りでひとりの時間が大好きで
人と話すとかまとめるとか得意ではない。
それでもやってみないかと言われた。
サポートはすると言ってくれた。
無理なら無理で辞めてもかまわないと。
オーナーを信じてみようと思った。
オーナーとは誕生日が1日違いなので
謎の親近感を感じていた。ただそれだけだった。
昼間の仕事を辞めた。
そんなに器用になんでもこなせる性格でもないので
やるなら覚悟を決めて1本にしようと思った。
ただ店長とはいえやることも
給料もさほどみんなと変わらない。
もともとリニューアルを控えていたのもあり
特にイベントも打たずぬるぬるっと店長になった。
ここからが始まりだった。
店長になってからは
出勤も増え人付き合いも増え
精神的にかなりハードだった。
毎日毎日帰ってくると気絶するように寝た。
1週間たたずして鬱症状がでていたが
休むわけにもいかずただ淡々と仕事をした。
動かない身体に無理やり鞭を打って立ち続けた。
いちばんはまわりの目を気にし続けた。
飛んだ店長の後任……
あの子もどうせすぐ辞めるんじゃないか
草加きて間もないのに店長?どれ?だれ?
わたしスタッフの中でオーナーと
いちばん付き合い短いのに……
他のスタッフのほうが
この街地元とかこの街長いとか
他店さんとの付き合いも知り合いも多いし
性格的にも向いてるんじゃないか
他のスタッフはどう思ってるんだろうか
店長になって偉そうにしてるとか思われてないか
特に話せるとか飲めるとか
武器があるわけでもないのに
そんななかリニューアル?
人生ではじめて人をまとめる立場になった
なにも正解がわからないまま
手探りでどうにか営業続ける日々……
思った以上に考えることやることは山積みだった。
前任の店長からの引き続きもなにもない
蓋を開けてみたらなにもかもがごちゃごちゃ
ここ2ヶ月くらいの記憶は今思い返しても
頭の中に靄がかかっていて鮮明には覚えていない。
リニューアル工事も2回にわけて
毎日毎日あれこれ考えてすこしずつ形にした。
毎日毎日オーナーと話し合い
自分で動けることは全部動いた。
頭なんて動いていない。
できるだけ時間と身体を使った。
今できることを淡々とこなしていくしかない。
リニューアルオープンのあとに
店長就任イベントをすることになった。
イベントを決めた日のことはあまり覚えていない。
わたしは本当に店長になりたかったのか?
リニューアルオープンまで
長いようで短いようで……
1日2時間も眠れない日々が続いた。
頭も身体も思うように動かない悪循環だった。
それでもやるしかない。
店長になってからいつからか
自然と芽生えていたプライド
店長就任イベントの売上目標をたててみた。
3日間で100万。
これまでの生きてきた人生
自分がそこそこ食えるぶんだけ
のらりくらり稼いできただけだった。
お金とか心底どうでもよかった。
ただこれはビジネス。
どうせやるなら目標をたててやり切りたい。
誰にもなれなかったわたしを拾ってくれた
オーナーにすこしでも恩返しがしたい。
店舗を任せてよかったと思ってほしい。
微力ながらオーナー自身の
自信にも繋げたいと思った。
店長就任イベント当日。
お祝いにきてくれたひとは
オーナーの知り合いが圧倒的に多かった。
わたしのお客さまは地方が多かったり
急遽来れなくなったひとが何人もいた。
目標は達成できなかった。
わたしはまだ〝オーナーの2店舗目の店長〟
なんだなとわかってはいたが改めて実感した。
最終日は嬉しくて楽しくて悔しくて
営業中何回も何回も泣いてしまった。
今までしたことがないお酒の酔いかたもして
お客さまにもスタッフにもすごく
迷惑をかけてしまった。
来てくれたお客さまには
感謝してもしきれない。
この場を借りてお礼させてください。
いつか必ず返します。
ここで終われたらどれだけ良かったんだろう
イベントが終わって帰って荷物をおろした瞬間
糸が切れたように身体中の力が抜け落ちた
面白いくらいに頭も身体も
なにもいうことを聞かない。
〝奴〟が来てしまった。
怒涛の勢いで有無をいわさず襲いかかってきた。
ここ数ヶ月のわたしは本当に本当に
苦しくて悔しくてきつかったんだと思った。
今日までまわりに支えられながら
なんとか生きてきただけだった。
今まで自殺未遂なんて何度もした。
その度に乗り越えてきた。
双極性障害は死ぬまで
向き合って付き合っていくしかない。
頭では全部わかっていた。
でも今回ばかりは
本当にだめかもしれない。
辛くて辛くてどうしようもなくて
謎に高熱も出た。はじめて店を休んだ。
わたしはどこまでまわりに迷惑をかけるんだろう。
本当に本当にこのまま消えてなくなりたい。
ふとお母さんの言葉を思い出した。
〝なるようになる〟
お母さんはいつもそう言う。
あの人と喧嘩したときも離婚したときも
わたしが捕まったときも離婚したときも
お母さんはいつも言っていた。
自分に言い聞かせるように。
わたしを救うように。
もうすこしだけ頑張ってみようと思った。
4日間お休みをいただいた。
ゆるゆるとデジタルデトックスをして
ひとりで小旅行にでも行ってみようと思う。
オーナーが変に思われたくないので
これだけは先に伝えておきます。
オーナーがわたしにプレッシャーを
かけたこともなにもないです。
オーナーはきちんと叱ってくれて褒めてくれて
今のわたしにはなくてはならない存在です。
勝手に責任感じて
勝手に無理して
勝手に落ちてるだけです。
ただわたしが弱いだけです。
そうゆう性格なので許してください。
これからも末永くよろしくお願いいたします。
いままで何者にもなれなかったけど
これから何者かになれるように頑張ります。
いつもありがとう
いつもごめんなさい
繰り返して強くなります。
2025.07.01