一気にここまで(合わせ)
先日はルーセル、笛吹たちの合わせでした。
曲の捉え方が全く違っていて何度やっても合わないところ、どうやってる?という少しの打ち合わせで、どちらのやり方でもよく合うようになったという体験をしました。
なんとなく演奏しているのではなく、明確な自分のビジョンを持ってやれていること、それを言葉に出来ること、相手のイメージを再現できること……これらがお互いに出来ていて尊重しあう関係性であることが、音楽をするのには重要なのだと、これほどまで強く体験したのは初めてでした。
音楽のパワーとは、その場にいる人々が、ひとつの楽曲というヒントに魂のチャンネルを合わせて、何かを共有し、共鳴、共振して発現されるものなのではないかしら。
一気にここまで演奏しているという一言で、一曲丸ごとピッタリ合い、音楽の力が濃く解放されたように感じて、喜びとなりました。
写真は、渾身の合わせのあとにご馳走になった和菓子。
秋を深く味わいました。
とても豊かな時間でした。
さまざまなご縁に感謝するばかりです。
曲の捉え方が全く違っていて何度やっても合わないところ、どうやってる?という少しの打ち合わせで、どちらのやり方でもよく合うようになったという体験をしました。
なんとなく演奏しているのではなく、明確な自分のビジョンを持ってやれていること、それを言葉に出来ること、相手のイメージを再現できること……これらがお互いに出来ていて尊重しあう関係性であることが、音楽をするのには重要なのだと、これほどまで強く体験したのは初めてでした。
音楽のパワーとは、その場にいる人々が、ひとつの楽曲というヒントに魂のチャンネルを合わせて、何かを共有し、共鳴、共振して発現されるものなのではないかしら。
一気にここまで演奏しているという一言で、一曲丸ごとピッタリ合い、音楽の力が濃く解放されたように感じて、喜びとなりました。
写真は、渾身の合わせのあとにご馳走になった和菓子。
秋を深く味わいました。
とても豊かな時間でした。
さまざまなご縁に感謝するばかりです。


