停電が起こりや

停電が起こりや

これについては、30年

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ちょっと間があきまして申し訳ないです。
なかなか時間に余裕があるときでないと書けないので今になりました。
だんだんと記憶が少しづつ消えていくので、細かいことはもう忘れてしまいましたが、最高峰の剣が峰から少し降りたところに浅間錘ミや、富士山郵便局があって、とりあえずそこに入ってみました。
おー、同業者がこんな高地でも働いてる凄い麓からは荷物運搬用のブルドーザーで上がってくるということなんですが、季節限定とはいえ、ご苦労さまです。
応対してくれた局員さんには自分が同業者であることを一切言わなかったですが、とりあえず、長いこと疎遠になってる友達に絵葉書をそこから送りました。
さて、ここからは下山です。
上りと違って足は前に進みます。
でも、それは最初のうちで、今度は加速せんように踏ん張らんとあかんので膝が疲れてきます。
外人部隊が、今度は下り坂を走りながら降りていくマネはせえへんで持ってたステッキで地面を突き刺し突き刺し降りて行きました。
しばらく下っていったところで、上ってくる途中小休止したときに話し込んだ人とすれ違いました。
なんかひどく懐かしいような気になってそこでまた話し込んでしまいました。
その人の話によるとたくさん見かけた外国人、実は沖縄駐留の米軍海兵隊の隊員やということでした。
道理で、強靭なはずです。
登り道、この人らになんとかついて行こう、なんて考えたのがとても無謀なことやと、今更ながらに納得しました。
この人らが居る軍隊に戦争など仕掛けても、勝てる気がしません。
やっぱり、平和が一番お互いに気をつけてくださいね、って声をかけながらお別れ。
降りていくうちに空気が少しづつ濃くなってるのが体でわかります。
赤土岩の地帯から、いつのころか、じゃりじゃり道に。
ここに足を踏み入れると勝手にずずっと下へ体が進みます。
一歩踏み出したら23メートルくらいは行けます。
上りのときはあんなに苦しめられたですが。
で、海兵隊の隊員たちはここを素晴らしいスピードで駆け下りていく。
さっきの人に教えてもらったこと、御殿場ルートではこの区間を砂走りルートって呼ばれていてこれ結構有名でこれを楽しむ人が多いそうです。
とにかく、これ、なかなか快感でも、調子に乗ってばかりはいられず、細かい砂利なので靴の中に容赦なく浸入してきてそのうちに靴を履いているのではなくって砂利を履いている感覚になり、痛くてたまらんようになってくるので時々靴を脱いで砂利を放り出さないとメです。
その動作を繰り返しながら降りているうちに、僕と同じようなペースで降りている人がいて、お互いに追い越したり追い抜かれたりしているうちに何気なく話しかけたら、何となく気が合うてそこからはいっしょにベりながら降りました。
ほんまに、この砂利だけは始末悪いっすねですよねー。
そのうちに足の形が変わっちゃいますよまあ、だいたいこんな感じでした。
僕よりもちょうど10歳くらい年下で、富山から僕と同じように一人で登山に来てた人です。
以下、その人をSさんって呼びます中腹あたりから奄覆われてたのですが、下山しているうちにその奄フ中に入ってしまいました。
進むにつれてどんどん視界が落ちていく。
さっきまでの晴天がうって変わって、別の世界に迷い込んだような感覚でした。
下山コースにはだいたい同じような間隔で杭が打ってあってそこにロープが張ってあるのでそれを辿って降りていけば大丈夫なはずなのですが、ロープが切れてそこから先が無くなってる次の杭が見えないえらいことですわロープが無くなってますわーほんとだね。
どうしようかでも大丈夫かと思いますよ。
え、ここに来たことはいや、無いですよ。
でもなんとなくそんな感じが霧が深くて45メーター先がもはや見えない状態で、何よりも不安になったのは僕ら二人以外に登山者がいる気配がない、ということでした。
一瞬、遭難という二文字が頭の中をかすめたのですが、いやいや、ここは冷静にならなアカんと、まずは自分を落ち着かせました。
Sさんもどこからそんな自信が出てくるんだろう確かに下へ降りているのだから麓に向かっているのには違いがないでしょうが、向きが微妙に違っただけで5合目の駐車場ではなくって、どこやわからん原生林に突っ込んでしまうかもわからない。
オレね、ちょっと先まで行ってみて標識がないか、ちょっと偵察いってくるよってに、待っててくださいね。
と声をかけたらじゃあ、ちょっと足が痛いんで少し休んでます。
もし、お急ぎでしたら僕を放ってそのまま行ってください。
なんて返事するから、そんなこと出来るかいなって、さすがにそのときはちょっと声を荒げてしまいました。
とにかくそこを動かんとってなー。
って言い残して、切れたロープの先を進んでいきました。
自分で心臓の鼓動が早くなって、呼吸も少しあがってきたのがわかりました。
アカん。
ヤバい標識なんぞ見あたらへんやっぱり、もとの場所まで戻ろうって引き返したとき、どこかからにぎやかな声で喋りながら走って降りてくる集団がいて、間違いなく、海兵隊の人らでした。
オー、ーロープ、ーロープと、カラカラ笑いながら、ヤッホーってはしゃぎながら猛スピードで駆け下りていくのを見て、そこで遭難するような気がしなくなりました。
なんとかなるで、Sさんを探そうにも霧で何も見えない。
たしかこの辺のはずやねんけどなSさん、どこですか、オレ、ここにいますよここですよ。
っとすぐ後ろで声が。
さっき、海兵隊が降りて行きよったんですが、たぶんSさんが言うたとおり大丈夫みたいですわその場所から、時間にしてそんなにかからずして、標識が見え、そこからはロープがちゃんと張ってありました。
そのあと1時間ちかく奄フ中の下山でしたが、奄謔閧煢コに出て視界もよくなったときほっとしました。
僕オレね、山登りの経験があまりないもんで、さっきは正直ビビりましたわSさん僕は、結構さっきみたいなシチュエイション、好きなんですよ。
非日常的っていうか。
なんか、僕以上に呑気な人やなあって思いながら、それでもサバサバした好青年やなあと思いました。
今になっても思うのですが、あのときSさんがいてくれてたおかげで、霧に巻かれて下山道を見失いかけたとき心強かったのかもしれません。
Sさんに直接には言わなかったですが、心の中で感謝してました。
いろいろベりながら下山してきたのですが、ついぞやミクシーとかフェイスブックとかの話題は何故か出ず、Sさんがミクシーやってるかどうかもわかりません。
だから、お互いHNではなく実名で名前を呼び合いました。
夕方の5時過ぎ、御殿場口の5合目駐車場に無事生還。
ここでSさんとはお別れです。
メアドとかは交換しなかったですが、握手してまた、どこかで会ったときはよろしくということでお互いの車に乗ってその場を離れました。
僕はそのあと河口湖まで行き、2泊目に予約してたホテル一度キャンセルしましたが、復活させてもらいましたで晩御飯を食べフルコースディナーは旅費の都合で、よう注文しませんでした、あと生ジョッキは45杯ほど飲んでそのまま、ホテルの夜を満喫しないままあくる朝まで爆睡してしまいました。
朝起きれば、予想どおり、全身筋肉痛。
急ぐこと何もないのでクリスタル 悪質ホテルで午前中のんびりし、チェックアウトしてから富士五湖めぐりをしたりしてのんびりと家路につきました。
当初家族旅行のつもりが、僕の一人旅になってしまい、僕だけがのんびり楽しんでしまいましたので、こんなんで果たして息子の供養になったのかどうかもあやしいです。
今となっては許してもらう以外にないですが。
今回も文章をうまくまとめることが出来なかったのでこんなララした日記になってしまいましたが、毎度のことですが申しわけありません。