前のブログを再開することにしました。


閉鎖して3ヶ月も経つのに


未だに、アクセス数も訪問者も多いので


何だか、見てくれてる人に悪いなって


思ってしまって・・・。


なので、もし良かったら、前のブログを


見てください。


宜しくお願いします。


交流会後に、ある研究者兼ボランティアさんから貰った


メールに、こんなことが書かれていた。


「HMSNさんのブログから、日常生活の何気ないことの


 有りがたさに気づかされます。」



今ある何気ない日常に


「当たり前」と思って生きて行くのと


「有り難い」と思って生きて行くのでは


人生の濃さが違うと思う。



そんなことを改めて思った。



今回の交流会では、自分の無力さも感じた。



ある女性からの言葉に、何も返す言葉が出なかった。



「私には、兄弟や親戚が沢山いるのに


 私だけなんです。


 みんな幸せそうなんです。


 どうして私だけ・・・」



涙を浮かべながら絞り出された言葉に


頭が真っ白になった。



次の言葉を交わすまでの時間は、とても長く感じた。



自分も兄弟や従兄に発症者は、いない。


「どうして自分なんだよ」って心の中で叫んだ回数は


数え切れない。



少しでも彼女の心に寄り添えたらという思いで


会話を続けてみたけど、彼女に届いたかどうかは


判らない。



彼女に、何気ない日常は、あるのだろうか。


早く治療薬ができて


彼女の何気ない日常に、幸せを感じられる日が


来ることを祈りたい。



上野公園の桜。



HMSN



目黒川の夜桜。



HMSN


春の爽やかな風に舞う「桜の花びら」は


とても綺麗だった。



自分の役目を終えて誇らしげに


ゆっくりゆっくり降りてくる。



次は、また一年後なのに


まったく未練が無いように散ってゆく


潔さが好きだ。



自分も、1年に一回で良いから


輝いてみたい。



昨日は、Pfizer社の会議に参加した。


久しぶりだったから、中々ついていけなかったけど


みんな、温かく迎えてくれた。


ここにも仲間がいたことを、改めて思い出した。


余裕が無いと、大切なものを見失ってしまう。


今週末は、患者会の交流会がある。


仲間達と過ごす時間は、本当に大切なものだ。


だって、病気と共に生きる糧になるから・・・。


だんだん歩くことが辛くなってきた。


有る程度、長い距離を歩くと、ふくらはぎの


痺れは、強くなり、太ももと腰も張ってしまう。


休んでも、なかなか回復してくれない。



加齢とともに、病気の進行も加速して


しまうのかも知れない。



色々考えてると、頭がおかしくなりそうになる時がある。



ある人が、こんなことを言っていた。


「病気が続けば、心が病んでしまうのは、当然だ」



自分が悪いのでは、ない。


全て病気が悪いのだ。



そう思わないとやってられない。



体を鍛えると疲れやコリは、はんぱじゃない。


鍛えないと、体は、衰えて行く。



神様に、精神力を試されているようだ。


この試練に耐え続けていれば


きっと良いことが起こる。


そう信じよう。



病気が発症してから、かなりの月日が流れた。


健康だったときの記憶や感情は、薄れて行くから


惨めな気持ちも、無くなりつつある。


「惨めな気持ち」


この気持ちが、ことあるごとに、心を支配した。


あれもできない。これもできない。


当たり前のことが、できなくなって行く。


惨めで惨めで、仕方がなかった。


それでも、時間は、流れて行く。


季節は、変わって行く。


気持ちがついて行かないまま、何度めの春を


迎えたのだろうか。


できることと、できないことを、体が勝手に


覚えて行って、できなくても、落ち込まなくなった。


時間を掛けて、ゆっくりと焦らずにやれば


できること、も増えて行った。


自分の障害に、体が慣れて行くと同時に


心も慣れて行くのだろう。


健康なときの自分と、比べることもやめた。


他人と、比べることもやめた。


人には、「慣れる」という機能が備わっている。


だから、生きて行けるのだろう。


今年の桜は、綺麗に見えるかも知れない。


今までは、自分の体をコントロールすること


ばかりに気を配っていて、桜の花びらを


ちゃんと見ていなかった。


今年は、良い写真が撮れるかも・・・。


手足が不自由になって行く状況のなかで


生活のためにお金を稼がなくては、ならない。


お金に余裕がないと、心にまで余裕が


無くなってしまう。



ここ数カ月は、以前から行っていた


ボランティア活動にも、なかなか気持ちを


入れることが難しかった。



自分の生活も危なくなっているのに


ボランティアどころでは、無かったのだ。



今、準備していることが、失敗したらと思うと


精神的には、相当キツかった。



良いこともあれば、悪いこともある。


ジェットコースターのような人生だけど


いつか、また良いことも起きるだろう。



自分の病気は、治療法が無い難病であり


かつ進行性でもある。



進行を抑える薬は、無いが、痛みを改善


してくれる薬は、1年半ほど前に処方が


可能になった。



その薬の名前は「Lyrica Capsule」だ。


自分は、この薬にかなり助けられた。



手足の筋肉の衰えは、どうしようも無いが


手の痺れに関しては、劇的に改善したのだ。



日々の生活の中で、常に手が痺れている


ということは、かなりの苦痛とストレスが伴う。


これが改善しただけでも、本当に有り難い。



以前のブログを止めてから、なかなか再開


できないでいた。



でも、同じ病気の仲間達のブログに刺激を


受けたから、また始めることにした。



励ましてくれた仲間達には、本当に感謝している。


どうもありがとう。


また、宜しくお願いします。


数年前、自分は、珍しい病気になってしまった。


遺伝性運動感覚性ニューロパチー

(HMSN : Hereditary Motor and Sensory Neuropathy)


病気の進行と共に両手、両足の感覚を全て失い


両足首は、まったく動かない。


手の握力もほとんど無い。


両足に補装具をつけて、なんとか日常を過ごしている。


会社も辞めて、蓄えも底をつきそうだ。


そろそろ本当にやばい。


だから、ここから這い上がって行かなければならない。


今日が、その一歩だ。