本日も書店を探しまわったのですが紀伊國屋にもジュンク堂にもないってもしかして絶版なのか? いやまさか。


少々しょんぼりして駅前を通ったら水曜夜8時、大津貴子(おおつ・きこ)さんが恒例の路上ライブを敢行している時間で人垣ができており、ふらふらっとその輪に参加しました。ら、キコさんと目が合うではないですか。そして前に歌を聴いてから2ヶ月くらい経っているのにキコさん私を覚えていて手を振って下さったではないですか。


ええ、ええ。テンション4倍くらいに跳ね上がりました。


リンゴという女はヒトサマの顔を覚えるのにとても時間がかかる上、会わなければするんと忘れるので、2ヶ月前に30分ばかり自分の歌を聴いていた通行人の1人にすぎない人間を瞬時に認識し手を振っちゃえるキコさんの記憶力にただただ圧倒されるばかりです。


春に公開される映画『育子からの手紙』の主題歌でもある『ほほえみの花』、聴いててうるうるしてしまいました。あしたが来ることを祈りつづけた日々……サビのメロディと歌詞に心がきりきりと締めつけられます。


心を揺さぶる音楽や、物語や、そういうもの。文化という言葉でくくってしまうといかめしさやら、もしくは金銭的にあんまり価値のない「あってもいいけど優先順位はそう高くない」趣味としてちょっと低いところに置かれてしまう薄ら寒さやらがぼんやり付随するように思いますが、私は個人的に「働いて社会的地位や名誉欲、経済力が充足すればそれで人生ばっちり」なんてぎらぎらしてるけど美しくない、むしろ味気ないと考えていて、生まれて死ぬまでの長いあいだ、身体だけでなく心もそなわって生きているからにはやはりぱっと見の華やかさは一部でしかなく、生きることを心が喜んだり望んだり、主観的な問題ではあるけれどせっかく一個人として生まれたのだからそこは個人的な感情としても満たされていなければ「ほかでもない私」がわざわざ生まれた意味はないんじゃないかと思うので、いわゆる「腹の足しにならない」ものたち、でも心を洗い、はずませてくれるものたちに、限りなく愛を感じます。実利みたいなものは放っといても誰かが崇めるだろうし。