「サンタマリアの平穏の回復、延いては、多面性国家の支配によるアル・フォーラ全土の復興が、必ずや現実のもになると信じております」
フェンブレンは、ひとまず安堵した。
「新国家としてバムウ。その他メロウランド、サンタマリア、ケンタニア、ランディアは現状を維持し、忌まわしきリゾートを再び滅亡の縁に追いやる。バムウ内での紛争の熱を、リゾートという共通の敵を前面に出すことによって放散することが可能となるでしょう」
フェンブレンは、一部を除いて賛同した。
ゲルハルト・メラクはサンタマリア生まれであるが、ケンタニアで育った。ケンタニアは騎士の国としての国風が強いため、それに志願する者が多く、メラクも例外ではなかった。そして今、メラクは祖国ために貢献しようと戻ってきたのである。
「しかし、サンタマリアでは位置的にリゾートに対して、直接手段に出ることはできません。そこで、フラメンカーンの後方の憂いを断たせておき、戦力をリゾート方面のみに向けさせるという、間接手段をとったものと考えております」
これは、フェンブレンの構想を上回っていた。サンタマリアの憂いを断つのではなく、ケンタニアのそれであったと考えた点においてである。
「大略はあっている。問題は使嗾の方法だ。やつらとて、戦力的にリゾートを圧倒しているとは言えない。うかつに攻め込むことはないであろう」
「やつら」などと呼ぶところが、この同盟の真意を暴露していた。
「いくら慎重な者でも、降り懸かる火の粉を払う焦眉の急に、逡巡はしていられません。大佐は国境警備隊主任であらせられます。リゾート側の侵出を誘うことも可能なはずです」
メラクはダグラスに比べて、はるかに実践的参謀であった。この策を使わない手はない。
フェンブレンは、言葉には出さなかったものの、メラクとの視線の交換によって、この献策に最大の評価を与えた。100%の意気込みで行動の意志を決したフェンブレンであった。
「そいつはいい。いけますぜ、大佐。中佐もなかなかの策士だ」
興醒めはまぬがれなかった。とはいっても、100%が99%になる程度のものであったが。
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さて、パトリック・パウエルはほとんど口を開かない男である。魔術の詠唱の時でさえそうだ、などと言われているが、それは過大表現でそこまで器用ではない。
この時も、素振りだけで済まして沈黙をもって退出すれば、より一層神秘的な人物像を醸し出せたが、当人はそれを意識しているわけではない。
「いえ・・・」
とだけ言って早々に退出していった。・・・十分醸し出されているようだが。
それから、ミュウラーが面倒くさそうに続いた。こんなくだらん会議などに出席するぐらいならば、やはり酒場で開かれる会合にでも出席した方がましだったという表情だ。政治的談義よりも世俗的談義を好む男なのだ。
残された者は、フェンブレン、ダグラス、メラク、ハウパーであったが、ウィリアム・ハウパーも資料の整理があると言って退出を申し出た。ハウパーの指針がキャプショー側に動きつつあることをフェンブレンは読みとっていた。
結局その場に残された者達は、当初のいわゆる「フェンブレン組」であった。
今回の会議の結果、責任を押しつけられたと考えるならば悪い意味合いとなるが、全権を掌握するに成功したと考えれば意気込みも異なるものとなろう。この場は、努めてそう考えるように心がけたいものだ。
「ちっ、キャプショーさんは我々に責任を押しつけ、新たな難題を置いていったという訳か」
おい、言った矢先からそれかよ。だからダグラスの評価は上昇しない。けして、事務処理においては無能ではない男なのだが。
「いや、そうではない。我々に主導権が与えられたと考えるべきだ。これは、慰みではなく戦略上の事実だ」
メラクの言葉はフェンブレンを歓喜させた。そうだ、そうなんだ。わかってくれる者がいるっていいなぁ。しかし、ここは毅然と応対する。
「では、メラク中佐の見解を耳に入れさせてくれ」
フェンブレンの声は、珍しく震えていた。
「キャプショー大佐の遠大なご高配は霧中にあり、私には思慮しかねますが、フェンブレン殿のお考えは無粋ながら承知しているつもりでございます」
フェンブレンはぎくりとした。
「バルハムートが失墜し、リゾートの反抗勢力が急速に増大している今、我々サンタマリア軍は、ケンタニア軍フラメンカーンとの同盟を取り計らい、これに対処した。諸兄らにはこの旨を伝え、意見の交換と今後の進展についても論議願いたい」
フェンブレンの発言では、ケンタニアとの同盟の是非については議論の余地なく、周知の事実としてとらえさせている。だが、そんな思惑は真っ先に一刀両断にされる。
「ケンタニアとの同盟については、いかなる者の意向であるのかな。貴公の独断によるものであるとすれば、それに至る経路を示していただきたい」
やはりキャプショーであった。フェンブレンを否定する事は、すなわち自身の肯定になるのである。次に発言すべき主はフェンブレンである。
「すでに先日、ケンタニアの将であるセルバンテス卿が訪問してきた事は、周知であろう。その際の休戦協定は、先方からなされたものである。今回の同盟締結においても、我々が優位に運べることは間違いない」
「しかし、相手は智将ナショナス・セルバンテスだ。『頭を垂れて、足元を見る』の故事になりかねん。同盟の締結でさえ、やつらの思惑通りにすぎなかったというこもありうる」
フェンブレンは沈黙したが、それはキャプショーの予想ほど長くはなかった。
「やつらの思い通りであったにせよ、我々にはそれ以上の効果が期待できる。いや、バムウ全体の成功のためには、この同盟は不可欠なものだ」
ここでフェンブレンが暗に強調したかったのは、サンタマリアの延いてはフェンブレン自身のための独善的行動ではないということであった。
しかし、究極的な診断をすれば、サンタマリア程度の一地区が成功をおさめたところで、フェンブレンの野望が成就するわけではなく、キャプショーとしてもそれを知るわけではない。詰まる所、あまり敏感になる所でもないのだ。
「いいだろう。いや、既に執り行われてしまったとあっては、認めざるをえないというのが本音だ。しかも、たいそう大きな計略に基づいているとあらば、小生のごとき狭小な視野しか持ち合わせぬ若輩者の発言は無意味とあろう。今後の内外に渡る軍事的展開については、貴公の敏腕に委ねられているのも事実だ。私も貴公の諸決断が正しかったと信じているよ。では、失礼させていただくが・・・パウエル、何か意見は」
キャプショーは結局として、この件の全責任をフェンブレンに抱えさせることに成功した。それでいて、功績については独占を許してはいなかった。
信じている者や祈っている者は、勝利の際には肩を組み成功をともに祝すが、敗北の際には素知らぬ顔で他人ぶり批判する。ならば、皆そういった傍観者や批評家でいたいところだが、状況や性格がそれを許さない者もいるのである。
メラク、ダグラスに続き、ミュウラーが入室し席につく。次にキャプショーが姿を見せたのだが、席にはつかず扉のそばの壁に背をもたれて立っている。
そして最後に、パウエルが現れた。パウエルが着席した時点で空席はすべて埋まった。
キャプショーが着座しなかったにもかかわらず、着席者と座席の数か等しいということはフェンブレンの失策かといえる。しかし、個人の室内にそれほどの椅子が用意してあれば、それも要らぬ詮索の対象となるであろう。
こだわるわけではないが、六つも七つも同じような数であろうから、やはり詮索の対象になるのではないかとも言える。まあ、それほど両名の間には深く、鋭い確執があるとだけ言っておこう。
キャプショーに対して、誰も席を譲ろうとしないことにも疑問がある。だが、キャプショーと壁際立ちのコントラストが、あまりにも自然に織りなされているため、その景観を崩してまでも階級に拘泥する者はなかった。
各人には、薄いコーヒーが淹れられた。ダグラスが給仕の役を仰せ付かったのであるが、先ほどフェンブレンに注いだものとは質がかなり違うようである。ダグラスの内面を表した拘りだろうか。
「まずは、フェンブレン大佐より、今回の召集についての了見発議を願いたいですな」
まず、口火をきったのは、意外にもアドルフ・ミュウラーであった。この男は、戦においてその力量を遺憾なく発揮するタイプであり、このような討論の場において弁舌を奮うようなようには見えない。
ミュウラーはサンタマリアの下町で育った男だ。性格は剛胆にして温情深い、と言いたいところが、残念ながら他人に対する配慮を全く持たない質なのであった。
生きるためであれば、師をおとしいれ敵をあがめる。こんな男を手の内にいれておくこと自体、危険極まりないことだ。
しかし、爆薬も点火しなければ爆発はしない。火がつきそうになったときに、体よく敵中に放り込めば最大の武器にもなる、というのがキャプショーの考えらしい。
ジョアンと入れ替えに、再びダグラスが現れた。呼びだした覚えなどないのだが。そしてダグラスは、またも抜け抜けと諌言した。
「少々、早計ではなかったですかね。フラメンカーンとの同盟は、私個人の持論に過ぎなかったんですが。まあ、総会議を開いたところで、同じ結果になるとも言えますがね」
フェンブレンは言い返すべき気力と、説得力を失っていた。確かに、ダグラスの言葉は的を射ているかもしれない。だが、時にはその的を破壊してしまうほどの威力を持っている。
それにしても責任感のかけらもない男だ。持論とはいえ、提案したのは当人なのである。
的を破壊してしまった当の本人は、責任感どころか優越感にひたり、悠然とコーヒー挽き始めた。気分が好ましい時、ダグラスは秘蔵のコーヒー豆を挽いて淹れるのである。
やがて、フェンブレンの前にも裾分けのような形でカップが置かれ、鼻腔を通して芳香だけは確かに魅力的なものを感じていた。
これ以上沈黙を続けていれば沽券にも関わる。フェンブレンは、それをきっかけとして反撃に転じた。
「では、総会議を召集しようではないか。今後の検討を兼ねてな。サンタマリア軍一同が会す良い機会でもある。異論はあるまい」
今度は、ダグラスが沈黙する手番を引き受けることとなった。ゆがんだ口元が、いっそうの変形を見せた。
しかし、いくら変形させたところで、その口からはフェンブレンの発言を撤回、もしくは訂正させるものを生み出すことはなかった。
ダグラスは、フェンブレンの名で総会議の召集をとり行った。召集に応じた者はフェンブレン、ダグラスの他に、ジョアンを送り終えたメラク、初登場となるハウパー、そしてキャプショー、ミュウラー、パウエルの七名となり、軍部の幹部が勢揃いすることとなった。
神官アル=ミローズは、フェンブレンに全権委任しているため、出席を辞去したようだ。また、ギーヴァとドビンスキーは別の会議に出かけている。より重要な議題の会議があっても、予定通りの会議に出席しなくてはならないのだ。