今日で、私が部活動から引退して調度1年が経ちました。1年前の今日から私は私という存在について考えながら生きています。 ソフト部でピッチャーをやっていた私は戦績も環境も結果も客観的に見ればとてもとても幸せなものでした。エースとしてチームの中心に立って最後の大会ではいいところまで勝ち上がって。けれど、引退した瞬間に顔に浮かんだのは笑顔でした。負けたあと、私は泣きながら笑顔を浮かべていました。ようやく解放されたと胸の中がとても軽くなってとても気分が良かったことを覚えています。
でも、ソフトをしなくてもいい、という状況が暫く続くと心の中が空っぽになっていく気がしました。中学までの友達をほとんど捨ててソフトを続けて、ソフトがなくなったら、私には何もないことにようやく気づきました。…いや、本当はもっと早く気づいていたのに気づかないフリをしていただけでした。ソフトがあるうちは気にしなくてもいい事柄でしたから。

私の県にはソフトが強い私学がありました。学力的にはそこに進学することは可能でした。しかし、私学はやはり学費が高いうえに私が行きたい学科があるようなソフトの強い私学は近くにはありませんでした。オープンキャンパスだけ行ったら、と言われ見に行ったことはあるのですが、逆に絶望しました。こんなに求めるものが揃っているのに決して手に入らない事実を突きつけられたようなものですから。

昨年の夏は気温はかなり高かったのでしたっけ。なぜか去年の夏は寒くて寒くて仕方がなかったのを覚えています。心が切れ味の悪いナイフで刺されてその傷が膿んでずっと治らないような気分でした。

今日で引退してから1年経ったということはチームメイトから教えてもらいました。同級生のチームメイトとのラインのグループは「懐かしい」と盛り上がっていました。私はまだ、思い出話として楽しく話せる気がしません。傷口は未だに癒えずズキズキと存在を主張しています。コロナのせいでサークルが活動していないので、どこにも所属していない私は、ちゅうぶらりんであの日終わった後から新たなスタートをきれていません。
私はあの日からずっと存在意義を見いだせず、死んだように生きています。