振り返ると、年一更新になってしまっていてよくない、というか
思い通りではないな、と思う。
16歳くらいから続けているこのブログは、もはや消せないし、
ツイッターをやっていなかった時代のつぶやき的要素もあって、
もう何にも代えがたいし、これのデータごとダウンロードしておきたいくらい。
この前の2月からのことなんて、たくさんたくさんありすぎて、
ちょっとしかかけない気がする。
でもそれでも、思考垂れ流しにできるから、すこしずつ書いてみようと思います。
まず、読み返してみて思ったけれども、わたしはここに、お仕事を変えたということを
書いていなかった・・・の??
1月末には返事をしたから、てっきりどこかに残してると思っていたんだけれど。
母校に帰りました。それも、教員ではなく寮のスタッフとして。
まあ教職なんぞ持ってもいないから、どうしようもないのだけれど。
日本語パートナーズにちょうど去年の今頃、クリスマスの日に、落ちました、って
連絡が来て、絶対に2年でこの会社やめるぞって思ってたのに
行先なくしたなあとおもっていたら、その3日後に電話があって、
話だけでも聞いてほしい、やるやらないは別にして、と言われて。
相当迷った。だって環境が環境だし。
女子しかいない、山の中で、しかも生活拠点は実家に移さないといけないし
つまり東京にはいないという選択をしないといけなかったし、
早く結婚したいと思っていた私からすると、
出会いのないところに自ら突っ込むようなものだったから、
うーん。とおもった。
でも、そのうち、今しかない、と思うようになって。
両親が今まで通り、実家で暮らす時間は2016年の8月までしかない、というのが
一番大きな決め手かな。
あとはやっぱり、愛のある現場で働きたかった。ものすごく。
自分さえよければいいんじゃなくて、人のために、利益を考えずに働きたいと
ほんとうに思った。
会社にくらべたら私の母校は愛のかたまりみたいなもんだし。
結果、一年がたとうとしているけれど、えいや、で決めてよかったです。
まず、4月、この子たちのためならいくらでも時間を割こう、と思えた。
GWあたりで、ふと、このまま結婚せずにたくさんのこどもの帰るひとになるのも
ありだなあ、そしたらシスターにでもなるかあ、とか
ぼんやり思っている自分がいることに衝撃をうけた。あんなに結婚するために帰る、
とかいってたくせに。
早まっちゃいけないとはいうものの、私って本当に流されやすい。
夏休み前は、ほとんど学校ですごしていた。
ぐぐぐっと生徒の近くにおりていって、話を聞くことを大切にしようって思ってたから
想定内ではあるけど、そこまで生徒の敵はできていない。
先生の敵は多い。しょうがない。
勢いでしか発言しないし、思慮深くないから。
夏休み前までは、多少は謙虚な心を忘れずにいたとは
思うんだけど、最近傲慢すぎてやばいなあと思う。
ともかく、彼女たちにとって、彼女たちの未来において
身になることを、ためになることを。
あそこのあの規則に妨げられたから、と言われないために。
と思っている。具体的にしてあげたいのは、少なくとも携帯かネット環境の解禁。
あわよくば建て替え。短くともあと4年、長ければもっといるつもりだから、
その間に少しでも。できれば、生徒たちに、ずっとかかわっていたい、と思うようになった。
今の仕事は、夕方から朝のシフトだから、どうしても家庭をもつようになったら
できないし、事務職にでもうつって、産休育休とりながら、
帰ってきたらいる先生、になりたいなーなんて。
かわらないままだと求められないから、社労士と家庭科の教員免許でもとれたら
なおよし。という計画。
働きながら思うことは、熱量の差はどうがんばっても埋められないということ
わたしは、自分で言っちゃだめだとは思うけど
ひとよりも、気づく人間らしい。それに対しての行動も、それなりにする。
でも気づけない人はどう頑張っても気づけないし、行動しない人はしない。
なのに、文句はいっぱしにいう。むずかしいよね。
働きやすさというのも大事だし、でも、自分がしてあげたいこともたくさんあるし。
来年度は、仕事にかんしては、とにかくがむしゃらにやらないといけない。
人事もそうとう変わるし。
はあ、集中力切れてしまった。一度終わり。