たちつてとびらをえらぶとき。

たちつてとびらをえらぶとき。

楽しいことも、悲しいことも。
好きな自分も、嫌いな自分も。

Amebaでブログを始めよう!

1年以上たってた、気づいたら。

最近は、ずーーーっと使っていなかったTwitterのもう一つのアカウントを動かし始めて

裏アカ女子的なことをしてみたけれど、

性に合わないみたいで、それっぽい運用は辞めた。

好きなことをつぶやいている。

 

最近、そうね、夏くらいから文章を考えることが何度かあって

そういえば最近きちんと思いを言葉にしてないなあと思った。

noteのアカウント作ったけどなんも書いてないし。

読む量ばっかり増えていて、あんまり。書いてない。

生み出してない、って感じ。

あんなにことばで生きていたのに。

 

とりもどしたいというより、なくしたくないからもう少し文章書いてみようと思った。

 

このブログは、もう捨てるに捨てれないんだけど、

続けていくにはちょっと黒歴史すぎるから、

裏アカ的な存在にして、

 

表っぽいのはこっちにする。

 

https://note.mu/kemushimuko

 

よし、書くぞ。

 

5月9日はママのお母さんの命日で、

高2のときにひとめぼれしたひとの誕生日で、

ただそれだけでも、そうとう私の中にはくるものがあったんですが。

 

ここには歴史をつづるんじゃなくて、

きちんと、終わりにさせる、理由を明確に書いておこうと思います。

 

別れてから3年、私は好きなままだったし、

きっと彼は彼で、なんだかんだ戻るとかそういう思いが

少なからずあったんだと思う。

わたしは、別れて一年は、自信があった、戻れる。

でも、2年目からはわからなくなった。

知らないことが多すぎて、

私が知らないところでの顔の方が増えていってわからなかった。

けど、わたしは好きだった。好きというか、

仕事をしたり、日常をすごすなかで、

こういうなんでもないことを共有したい一番の相手なことに

変わりなかった。

でも、彼の中ではどんどんわたしの存在意義が変わっていったらしい、

ということが昨日の電話で分かった。

恋人としての関わり方ではない、関わり方になっていく、と

感じていること。

一方私は、恋人なり家族として、

日常をわかちあう存在として彼ともう一度一緒にいられたらと

思っていたこと。

その思いは3年間変わらなかった。

最初に、別の彼女ができたときは、正直

終わりが見えていたけど、

今回好きかもしれない人がいる、って聞いたときは、

終わりが見えなかった。

その人が彼女になった、しかも、きちんとルールを決めて、

大切にしようという姿勢が丸見え。

気持ちの完全なるお引越しだ。

少し、嘘がまじっている気がするけど

というのは、最初はこれは旅行っていってたのに、

お引越し、っていいなおしたから。

彼は、嘘はつかなかった。ずっと。

そこは本当に好きだったし尊敬してた。

でもたぶん、最後に、「お引越しだ」って

小さく嘘をついてくれたと思う。

わたしのための嘘だったらいいな。とかいって。

とにかく、完全移住とはっきり言ったので、

わたしも、すっぱり断捨離することに決めた。

なぜなら、わたしは、嬉しいこと悲しいことを日常でわかちあいたい、

その具体的な営みとして、子育てが一緒にしたい。

けれど、無条件で待つには、それまでに自分が傷つきすぎるし、

もう、待った、と思う。

彼と幸せになる自信があったけど、

彼に近づけば近づくほど、臨んだ幸せに近づこうとするほど、

なんだか傷だらけになって、こころが混乱した。

 

だから、もう、やめる。

 

彼と、これからの人生、向き合って生きられるかも、

という可能性に賭けるのをやめる。

他の人と、幸せになれる、と信じることにする。

たくさん、もらった、もう。きっと卒業しなきゃいけない。

彼という場所に9年も通った学生みたいなもんだ。

いろんな気持ちも景色も見せてもらった。

たくさんのひとに出会わせてもらった。

だから、それを全部とりこんだ、素敵なひとになることが、

求められている、というか、素敵な人になりたい。

 

やっと、言えた。

カレンダーの共有を外そう、って。

でも自分からはずす気持ちの強さはないから、

最後に甘えてみた。というか、そういうやり方でしか、

今のわたしには片づけられない。

 

一生顔を合わせずにはすまないのが、

幸せなことだし、難しいことだけど、

馴れ合いに甘えずに、懐かしむだけじゃなく2人で会えるようになったら

そのときに、とびっきりおいしいお酒を、

笑いながら飲みたい。

 

凍結させる。うーん、ちょっとちがうな。

宝箱に、しまう。ときどき思い出したときに、

必ず幸せになれる、宝箱。

 

そんな感じ。

 

信、お誕生日おめでとう。大切だし愛してた。

なんだかあっというまに

あと2日でだ。

誕生日がやってくる

四半世紀という言い方をずっとしてみたかったけど、

実際口にしてみたらなんだかすごく古い人間になったようなきぶんになる。

去年の今頃はなあって考えてみると

まだ転職する前で

どきどきわくさわく(なぜかデリート及びバックスペースがつかえtないキーボードで打っている)

していた。この一年、自分が成長しtかとか

生徒たちに何かしてあげられたかっていかんがえると

反省ばかりでなかなか落ち込んだ気分になる。

 

3月中にもういちど、これからのじんせいや

jしk

仕事についてふりかえったりする文章を書いてみようと思う。

とりあえず、靴から。

 

写真撮ってみたら、スニーカーときちんとパンプスはこの家にそろってなかったので

それはまた今度。

 

まず、シーズン問わずはくやつ

 

 

 

左から、今年の秋にゲットした、マーチン8ホールの茶色

真ん中は、友達があんまりはかないから紫だしあげると言ってくれたハイカット

右は、大学1年か2年の時に秋葉原のアトレで一目ぼれしたレインブーツ

かわいすぎる。おきにいりだから大事に履いてたんだけど

今かかとがわれてきてしまって、もうそろそろ寿命かなあ。

次のレインブーツもこのくらいかわいいのにしたい。

 

次、夏のくつ。

 

 

①左のオレンジ

妹がくれたやつ。そんなに回数はいてない。

②ドクターショールのウエッジソール

もう3年くらいはいてるから、ぼろっぼろなんだけど

このくらいシンプルで足長に見えるのってなかなかなくて

次が見つかったらさっさと手放したいけど、見つからない

③アトレで7000円くらいで買ったぺたんこサンダル。

これまたシンプルで、すっごく履きつぶして

何回も直してる。唯一の欠点は留め具。歩いてると外れるんだよね。

それがめっちゃストレスなんだけどそれでも履きまくってる。

これも、もう捨てたい。

④うーんと、エスパドリュー?だっけ?

なんか、勢いで買ったんだけど、全然はかない、だって、サイズおっきんだもん

これ、買わなくてよかったなあ

 

 

次、冬の靴

 

 

冬の靴、持ちすぎなんですよ、でもどれも好きだから手放せない。

左から

①UGGの一点もの

代官山のセレクトショップで背伸びに背伸びを重ねて大学生のころに買った。

30000円なり。でも、すみれ色で、歩くとシャンシャン音がして

だーーーーいすきなの。これ。

お母さんになってもはきたい。

②マーチンと一緒にゲットしたおなじくUGGの一点もの

もしかしたら同じ作り手さんかもしれないけど、紫の方が好きすぎるから

ぼろぼろにしたくなくて、でも同じくらいウキウキするムートンがほしくて探してたら

メルカリで発見した。即買い。サイズはかなりおっきいけど。

③ハリスツイードのムートン

これはこの前のシーズン終わり(2016年3月くらい)に蒲田の靴屋さんで

一番右の赤いのと2足で3000円でかった。

普段使い用、はきつぶす用。

撥水スプレーかけまくって、雨の日でも履いちゃう。

④エスペランサのキャメルのショートブーツ

持ってる中では一番ヒール高いかも。きれい目にしたいとき。

履くけど、それなりにつかれる。

⑤EIZOのショートブーツ

この、EIZOってメーカーほんとにすごい。

出会いはお仕事用のパンプスだったんだけど

本当に、かたちきれいめなのに、めちゃ歩きやすい。

犬におしっこかけられてから←

革が縮んだような気がして、足の甲にいつもあとがつく。

太目ヒールで本革で上品。だいすき。

⑥ボルドーのフラットシューズ

これも、普段使い。ぴったりではないけど、アクセントになるし、すごい履いてる。

この秋から。

 

 

あとスニーカーが3足、きれいめパンプスが3足くらいあります。

いつか追記しておく。

 

 

振り返ると、年一更新になってしまっていてよくない、というか

思い通りではないな、と思う。

 

16歳くらいから続けているこのブログは、もはや消せないし、

ツイッターをやっていなかった時代のつぶやき的要素もあって、

もう何にも代えがたいし、これのデータごとダウンロードしておきたいくらい。

 

この前の2月からのことなんて、たくさんたくさんありすぎて、

ちょっとしかかけない気がする。

 

でもそれでも、思考垂れ流しにできるから、すこしずつ書いてみようと思います。

 

 

まず、読み返してみて思ったけれども、わたしはここに、お仕事を変えたということを

書いていなかった・・・の??

1月末には返事をしたから、てっきりどこかに残してると思っていたんだけれど。

母校に帰りました。それも、教員ではなく寮のスタッフとして。

まあ教職なんぞ持ってもいないから、どうしようもないのだけれど。

日本語パートナーズにちょうど去年の今頃、クリスマスの日に、落ちました、って

連絡が来て、絶対に2年でこの会社やめるぞって思ってたのに

行先なくしたなあとおもっていたら、その3日後に電話があって、

話だけでも聞いてほしい、やるやらないは別にして、と言われて。

相当迷った。だって環境が環境だし。

女子しかいない、山の中で、しかも生活拠点は実家に移さないといけないし

つまり東京にはいないという選択をしないといけなかったし、

早く結婚したいと思っていた私からすると、

出会いのないところに自ら突っ込むようなものだったから、

うーん。とおもった。

でも、そのうち、今しかない、と思うようになって。

両親が今まで通り、実家で暮らす時間は2016年の8月までしかない、というのが

一番大きな決め手かな。

あとはやっぱり、愛のある現場で働きたかった。ものすごく。

自分さえよければいいんじゃなくて、人のために、利益を考えずに働きたいと

ほんとうに思った。

会社にくらべたら私の母校は愛のかたまりみたいなもんだし。

結果、一年がたとうとしているけれど、えいや、で決めてよかったです。

 

まず、4月、この子たちのためならいくらでも時間を割こう、と思えた。

GWあたりで、ふと、このまま結婚せずにたくさんのこどもの帰るひとになるのも

ありだなあ、そしたらシスターにでもなるかあ、とか

ぼんやり思っている自分がいることに衝撃をうけた。あんなに結婚するために帰る、

とかいってたくせに。

早まっちゃいけないとはいうものの、私って本当に流されやすい。

夏休み前は、ほとんど学校ですごしていた。

ぐぐぐっと生徒の近くにおりていって、話を聞くことを大切にしようって思ってたから

想定内ではあるけど、そこまで生徒の敵はできていない。

先生の敵は多い。しょうがない。

勢いでしか発言しないし、思慮深くないから。

夏休み前までは、多少は謙虚な心を忘れずにいたとは

思うんだけど、最近傲慢すぎてやばいなあと思う。

ともかく、彼女たちにとって、彼女たちの未来において

身になることを、ためになることを。

あそこのあの規則に妨げられたから、と言われないために。

と思っている。具体的にしてあげたいのは、少なくとも携帯かネット環境の解禁。

あわよくば建て替え。短くともあと4年、長ければもっといるつもりだから、

その間に少しでも。できれば、生徒たちに、ずっとかかわっていたい、と思うようになった。

今の仕事は、夕方から朝のシフトだから、どうしても家庭をもつようになったら

できないし、事務職にでもうつって、産休育休とりながら、

帰ってきたらいる先生、になりたいなーなんて。

かわらないままだと求められないから、社労士と家庭科の教員免許でもとれたら

なおよし。という計画。

 

働きながら思うことは、熱量の差はどうがんばっても埋められないということ

わたしは、自分で言っちゃだめだとは思うけど

ひとよりも、気づく人間らしい。それに対しての行動も、それなりにする。

でも気づけない人はどう頑張っても気づけないし、行動しない人はしない。

なのに、文句はいっぱしにいう。むずかしいよね。

働きやすさというのも大事だし、でも、自分がしてあげたいこともたくさんあるし。

 

来年度は、仕事にかんしては、とにかくがむしゃらにやらないといけない。

人事もそうとう変わるし。

 

 

はあ、集中力切れてしまった。一度終わり。