ブログを読んでの考察とはちょっと違うのですが、

昨日ピグ友さんと少し話していたこと。


不安ってありますよね?

今回は、ちょっと恋愛だけにテーマを絞りますが


相手がどう思っているか、不安。

相手に嫌われないか、不安。

相手が浮気しないか、不安。

相手に愛されているか、不安。


幸いなことに、私は今まで

「乏しい経験の中で」という注釈がつきますが

そうした不安らしい不安を感じたことはありませんでした。


といっても、

これは私が不安を感じにくいタイプだからではありません。


不安は、私も人並みか、人並み以上に感じます。


で、何が違うんだろう?と考えてみたんですが

もしかしたら「前提」が違うんじゃないだろうか?

とそう考えたんです。

前回(前回の更新からずいぶん経ってますね)の

「受け取り上手」に少し関連するかな?と思うのですが


私が、人として素敵だなと感じる人は

「過程」を見てくれる人です。


元々、「相手を喜ばせたい」という気持ちがあって

有形無形の、気持ちなり、モノなり、

時間なり、空間なり

色々なものをプレゼントすると思うのですが、


勿論、そのプレゼントがピンポイントで好みや

欲しかったものにぴったり合うこともあると思います。

そういう時は、問題なく

ただ単純に喜びの感情を表すだけでいいので

そう難しいことはないと思うのです。


ただ、必ずしもそうとは言えない時


喜ばせようと思ってくれた「気持ち」は嬉しいけれど

欲しかったもの、望んでいたものは

「コレ」じゃない。


残念ながら、そういう時もあると思います。


もしくは、望んでいたものだけれど

「今」じゃないんだ、ということも。


そういう時、相手の努力の、工夫の「過程」を想像できる、

くみ取れる人って素敵だなぁと思います。


想像した、期待した、希望した"かたち"とは違っても

その"かたち"を届けてくれた相手が

どんな気持ちで、どんな願いをこめて

それを準備したのか。


自分の希望した通りの正解だけが、正解じゃない。

そういう受け止め方ができる人。


だから、きっと素直に喜べる

相手の好意に感謝できるんでしょうね。


それって、当たり前にあることではないですから。

GWも終盤ですね~。

5月は偶々なのですが
周りにお祝いやイベントが多いので
何かとプレゼントやサプライズなどを
企画することが多いです。

その時に大きな差を感じるのが
「受け取り上手か否か」
この一点につきます。

友人にお祝いを渡しましたが、
とても受け取り上手なのです。

そもそも、贈る段階から
何でも喜んでくれることは
わかっているのですが

やはり、より本人の好みやニーズに
合致したものを贈りたいので
こちらも気合いも入ります。

また、その探したり選んだりする時間が
好きなので、その段階から
楽しませてもらってます。

笑顔で喜んでくれると
贈りがいがありますよね。
「また喜んでもらいたい!」
そう自然と思えます。

受け取り上手な人に何かをするのは
私自身の喜びでもあるので
幸せが連鎖するようで
いいなぁ。と思います。

次回また会うのが楽しみです。