カラフルトレース

カラフルトレース

明けない夜がないように、終わらぬ冬もないのです。春は、必ず来るのですから。

※山縣美季さんに関する記述が大半です。予めご了承ください。

 

 

退勤後、にわか雨に歯向かいながら浜離宮へ足を進める。

楽しみにしていたが、来てしまうのが寂しかった日。

留学前に美季さんの演奏を聴ける最後の機会、それが今日のデュオリサイタルであった。

 

1月の浜離宮ソロリサイタルで、美季さんがフランクのヴァイオリンソナタを演奏すると知った時点で、それはそれはもう楽しみにしていたのだが、あの頃は7月末など遠い先だと思っていたし、そもそも当時はまさか秋から留学しようとは想定もしておらず。

 

節目に聞く最後の曲がフランクのヴァイオリンソナタになるというのは、背筋の伸びる心地がした。

 

曲の感想の前にこれだけはどうしても言いたい!

あたしゃ美季さんの書く楽曲解説が大好きだよ

なんというか本当に当アカウントのツボを押さえた文体でね。ヘヘッ……

 

 

【本日のお品書き】

・フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 Op.13

・サン=サーンス/イザイ:ワルツ形式の練習曲による奇想曲

-休憩-

・ショパン:ノクターン 第7番 嬰ハ短調 Op.27-1

       ノクターン 第8番 変ニ長調 Op.27-2

・フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 FWV8

 

前半の美季さん、なんかフォーレの音楽みたいな色合いのドレスじゃなかった?特にスカート。

水色と紫色の混ざり合い方が、淡いニュアンスを持っていて、すごくフォーレだったの。

 

・フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調 Op.13

当アカウントは堀内さんの演奏は初めてであったが、楚々とした佇まいから想像するより、毅然とした音を奏でる方であった。

なるほど。これは美季さん(柔和に見えて芯が強い演奏)との相性が良いのでは…と序盤も序盤から想像させる幕開けで、結果としてはこちらの期待が全く裏切られない名演であった。

 

そもそも美季さん自身、伴奏だと肩の力が抜けているのがよく伝わってくる。リラックスして演奏できるだけの、好相性で信頼できるソリストなのだろう。その力の抜け方が、優しい波のような曲調にとても合致していたのよね。

 

フォーレのヴァイオリンソナタ、いかにもフォーレらしい流麗さと、イ長調ならではの朗々とした明るさが混在し、でも素通りできない静謐な翳りも当然ある、という、かなり完成度の高い作品であることを、二人の演奏を聴いて改めて実感できた。

 

多分、二人とも上品さの中に確固たる芯の強さが貫く弾き方だから、ひとつの作品として強度を持って迫ってくる演奏になったのだろうな。お互い「この相手なら曲の輪郭がきちんと形作られる」と信頼しているからこそ、柔らかい部分は躊躇わずに柔らかく弾けている、そんな感じ。

 

見た目の割にフォーレの音楽って「心地良さに演奏する側も流されたらおしまい」なので、いくら流麗であっても、弾く側はしっかり地に足のついた状態でないといけないところが難しい。堀内さんはその点、かなり地に足がついた凛々しさがあったんですわ。

 

・サン=サーンス/イザイ:ワルツ形式の練習曲による奇想曲

これはサン=サーンスとイザイ、どっちのカラーが濃く出た曲なんだ…と帰宅後に原曲の方を聞いてみたら、そもそもサン=サーンスの時点で相当ブリリアントであった。イザイが平成のギャル顔負けの爆盛りをしたわけではなさそう

 

エチュードの時点でサロン音楽的な華麗さが色濃かったが、ヴァイオリン用に編曲されることで、さらにコンサートピース感が強まったのではないだろうか。あの躍動感はヴァイオリンがいるからこそ出せる。名アレンジ。しかし、二人とも躍動しても暴走せず必ず帰ってくるという安心感があるので、超絶技巧でも心地良いまま浸れる(だからといってスリルが足りないわけではない)。なんだろう、躍動の呼吸がピッタリなんだよね。

 

サン=サーンスを演奏する美季さんを、というかまず超絶技巧的な曲を進んで選ぶ美季さんを見る機会がかなりレアなので、こういう新しい姿を拝見できるのは、共演者がいてこそだ。感謝。

 

わたしの中で、フォーレは典型的なフランス音楽の人だが、サン=サーンスはフランクと同様、純然たるフランスかと聞かれると留保が必要な人である。どこかにドイツ音楽的な堅牢さが残っていて、それが明確さという安心感を与えてくれるし、保守的とも評される所以なのだろう。

 

フランクを得意とする美季さん、今日聞いた感じだとサン=サーンスも結構良さそうじゃありませんこと…? ピアノ協奏曲とかやりませんか(勝手なイメージだけど4番とか)。

 

 

美季さんへ。後半のドレス、淡いグラデーションも花咲く可憐さも、腰の紺色のリボンで引き締まって、かなり好きでした。……なんの業務連絡?

 

・ショパン:ノクターン 第7番 嬰ハ短調 Op.27-1、第8番 変ニ長調 Op.27-2

さては山縣美季さん、嬰ハ短調と変ニ長調の関係に萌えるタイプだな~?

その気持ちは大変良く分かります(フォーレの「主題と変奏」とかお好きでしょう、恐らく)。

 

わたしはこの2曲を一対として捉えたことはなかったのだが、通して聴くと、なるほど一連の物語のような展開を見せるとも言える。27-1が月の見えない曇った夜だとすれば、27-2はその雲が徐々に晴れて月明かりがそっと差し込んでくるような対照性が感じられるのだ。対照性、といっても非常に繊細なもので、基本的にはどちらも静かな夜の音楽である。

 

曲がそうなのかもしれないが、それ以上に、美季さんの中でこの2曲の物語性が顕著なものとして意識されていたのではないだろうか。混沌からの仄かな希望、でも開き直るような明るさではなく、通底するもの悲しさは拭いきれないまま。わたしは美季さんのショパン、どれだけ感情が揺さぶられても清廉な生き様が損なわれなくて好きなんだよ。

 

何よりも嬉しかったのはね、このノクターンという静謐を極めたような音楽の世界で、会場がひとつになって美季さんの弱音の微細なニュアンスや、あの精緻極まるペダリングの妙に聞き入っているような感覚があったこと。盛り上がる曲では駆り立てられるように拍手していた人たちも、ゆっくり時間をかけてペダルが離され、音の最後の小さな粒が消えるまで、じっと味わっていて。

 

今日の会場には、美季さんの演奏は初めてという人もいたと思う。そういう人たちにも、存分に伝わったのではないだろうか。山縣美季というピアニストの、ごまかしがなく制御された美質が。

 

他が華やかな曲だったからこそ、このピアノソロの「弱音の世界」がより際立ったのかもしれない。

 

・フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 FWV8

聴く前から好きなのは分かってたけどさ、好きだよ。当たり前のように。

 

美季さんといえばフランク、というのはピティナの頃からお馴染みの事実かもしれないが、フランクの堅固さと敬虔さが織りなす美しさは、美季さんの心性と深く通じ合うところがあるらしい。それを相性のいいソリストと奏でるのだから、良くならないはずがないのですが。よかったんですよ。

 

フランクのヴァイオリンソナタは説明不要の名曲なので、今更何を語ろうか…と逡巡してしまうのですが、やはり最後に全てのピースが噛み合って大きな喜びを作り出す、あの報われた感覚ですよね。第4楽章なんかまさに歓喜のカノンと呼んでもよい。

 

この曲の美味しくもあり難しいところが、ヴァイオリンソナタを自称しつつヴァイオリンとピアノの間にかなり対等な関係性が求められることで、きわめて自然に互いの旋律を拾い合って対話している。そう、相槌でも討論でもなく、対話なのだ。

 

というわけで、一歩間違えれば技術を持ったもの同士の殴り合いになりかねないこの曲だが、堀内さんと美季さんは温かい血の通った「対話」に仕立て上げていた。もちろんここまで書いてきた通り、二人とも芯の強さが特長で、しかもその強度のバランスが絶妙なものだから、柔と剛の波が快く合致する演奏だったわけです。

 

伴奏者としての美季さんがすごいなと思ったのは、あのピアノが出しゃばりそうな第2楽章で、怒涛の激流を奏でつつ、ヴァイオリンより前に出過ぎていなかったところ。ただでさえ難しい中で、それをヴァイオリンの「伴奏」としてあるべき姿に収めるのは尚更である。包み込むような第1楽章、浮遊する幽玄さの第3楽章、ひとつの壮大な歓びに収束する第4楽章、当然どれも素晴らしかったけども、ね。

 

 

ここまで美季さんに関してばかり紙幅を割いているので、もし堀内さんのファンの方が当記事をお読みの場合は、大変申し訳ない気持ちもある。だが、こうして筆を心地良く走らせているのは、堀内さんの演奏が素晴らしく、清廉さと力強さという魅力を持っていること、共演者との間に実り豊かな意思疎通が図られていることが一瞬で伝わってきたからで、そこだけは自信をもって断言したい。

 

アンコール前のトークの美季さん「いつも何を話すか全然考えてなくて…これまでは『東京公演も来てくださいね!』でなんとかしてたんですが……」←さては面白い人だな?

 

【アンコール】

・バッハ:G線上のアリア

・アダムス:「Road Movies」より 第3楽章 40% swing

・クロール:バンジョーとフィドル

 

こんなにアンコールっぽいアンコールを弾いてる美季さんって意外に貴重なんですよ(忘れられない前例:バラ4、幻想ポロネーズなど)。そして元気なのは存じ上げていたが、3曲も披露してくれるとは。ありがたい。

 

アダムスとクロールの曲は完全に今日が初めてだったのだが、どちらも楽しく聞けた。アダムスはあまりに現代音楽色が強く斬新であったが、無窮動的な音楽でもピアノとヴァイオリンの組み合わせになることで色合いが豊かになる、という発見を得た。クロールの方はひたすら純粋に楽しそうで。こういう曲でヴァイオリンの力を実感する。ヴァイオリンってかなり「人を楽しませる」ことが得意な楽器なんだねえ。

 

留学前の美季さんはこれが最後、という寂しさは確かにあったが、それでもその寂しさを押し流すほどの心地良さに満ちたまま、帰路につくことができた。

 

ありがとうございました。パリでの留学生活、健やかに実り多い日々となりますように。

次に演奏を聴ける機会を、本当に楽しみにしています。

そして何より、全国ツアー完走お疲れ様でした!

 

 

人生初のフランスの地を踏む日は、美季さんの演奏を聴くときかもしれない。なんてね。