皆様お久しぶりです

ブログ、サボっておりました


ルピカルが活動していなかったというわけではないんです

ということで今更すぎるルピカルの活動、10月、11月編を…
前回の記事で告知させていただいておりましたモーツァルトセレクションvol.2


無事終わりました

王子ホールにモーツァルトが響き渡り
改めてモーツァルトという天才作曲家が存在していたということ、噛み締めてました

そんな我らのオフショット


ところで今日12月5日はモーツァルトの命日なんですよ。
1791年12月5日、35歳という若さでこの世を去ったモーツァルト。
そんな彼は幼い頃から父親に連れられてヨーロッパ中を演奏旅行したのですが、当初は新幹線や車がなく、馬車で旅をしていたとのこと。
その時間、合計すると生涯の約3分の1を旅先や馬車の中で過ごしたと言われています。
当時は道も今の様にコンクリートで綺麗に整備されていなかったので、馬車の乗り心地はひどいものだったのでしょう。
モーツァルトは馬車に乗った時の事を手紙に「お尻は傷だらけ、余りにもひどい揺れが続くので、僕はクッションに両手をついて、お尻を宙に浮かべていました。」と書き残している程です。
この事から想像するに、馬車の中では譜面は書けないということ。
それにもかかわらず、莫大な量の曲を残しています。
きっと、馬車に揺れられながら、頭の中で作曲したものを、旅先に着くや否や、すぐに譜面に書き起こしたのではないでしょうか?
頭の中で全てのハーモニーや景色が完成されてたんでしょうね。
交響曲、ピアノ曲、ヴァイオリンソナタ、ヴァイオリン協奏曲、クラリネット協奏曲、、、、素晴らしい曲を数多く残したモーツァルト。
が、、、
チェロの曲は協奏曲もソナタも1曲も残していないというのが、とても残念で悲しいと思う平井です

諸説ありますが、どうやら、モーツァルトはあまりチェロに魅力を感じていなかったとか。
なぜなら、彼自身、鍵盤楽器はお手の物、ヴァイオリンも奏でますが、彼の周りにはヴァイオリンやクラリネット、オーボエ等の名手がいました。
が、チェロの名手がいなかったとか。。。
文明も発達し、馬車でお尻を痛めることもなく、チェロの名手も世界中にいる今のこの世に、もし

モーツァルトがいたら

どんなチェロ作品を書いてくれたんだろう?と想像してみたりします。
モーツァルトらしい煌びやかで明るく弾むような曲や、チェロの美しく温かみのある包み込む様な響きを生かした作品を書いてくれたのでしょうか?
ピアニストやヴァイオリ二ストよりモーツァルトの作品に触れる機会が少ないチェリストがモーツァルトについて考えてみるの巻。
と、真面目なブログを書いてみました。
最後になりましたが、モーツァルトセレクションvol.2にいらして下さったお客様、ありがとうございました


今更すぎるルピカルの活動記事、次回に続く

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