アムノス(Apvakl)迷える子羊

アムノス(Apvakl)迷える子羊

気ままなブログ
日々思ったことを書いていく(*^^*)

1匹の迷える子羊。
毎日さまよってます。
そしていつかは助け主に
出会えることを祈りながら。
いいクリスチャンだとはいいきれないけど(´・ω・`)
助け主からの差し伸べられた手を繋げる日を。

初任者研修のときから、

ずっと引っかかっていた言葉がある。 



「リーダーやチーフの指示に従って働いてください」 




もちろん、

現場で勝手な判断ばかりされたら困る。

 連携のために指示系統が必要なのも分かる。 

でも、私はずっとこの言葉に違和感があった。 

“従う側”にだけ求めて、“指示する側”がどう伝えるのか、どこまで共有するのか、

 曖昧だったときにどう確認できるのか、

 そういう大事な部分が抜けたままに見えたから。

 実際、現場で起きていたのは「従ってください」

よりもっと面倒なことだった。



 「私そのやり方嫌いなの!!私のやり方の方が効率いいでしょ」 

そうやって押してくるのに、肝心のやり方も、判断基準も、

ちゃんとは渡してこない。 


「相手の立場になって考えなさい」 

と言うのに、相手が何を知らなくて、どこで困るのか、何が共有されていないのかは考えない。 




「あなたは私のお世話係お願いします」 

「年下が年上の世話をするの当然でしょ」


 果たしてそれは仕事の指示なんだろうか。 



役割分担なんだろうか。

 私には、都合よく人を使いたいだけに見えた。 

さらにしんどかったのが、 

あとから責任だけ乗せてくる言い方だった。

 とある時に新人さんが困惑してて

ある見立てを立ててみた

このリーダー棚上げ発言や察して行動が

見受けられたから

思わず周りを見渡しもし新人の私なら多分困惑するだろうな

と思って

「あー……なるほど……そうしちゃったのかな?」


あ!でも新人さんにも確認取ってそれで

伝えなきゃなぁーって思ってた矢先に

リーダーから


「分かってるなら最初から教えてあげなさい」

 



いや、待って。最初から正解も基準も共有されていないのに、

 あとから“分かってたなら先回りして動けたよね”と責めるのはおかしい。 

それは指導じゃない。






 ただの正解のない先回りだと思った。

 誰が察するか。誰が先に空気を読むか。誰が機嫌を損ねないように動けるか。 

仕事をしているはずなのに、

 いつの間にか“正解のない気配り試験”みたいになっていく。





ある時は作業で必要な道具の洗い残しなどあって

それを見つけたリーダーが

「洗えてない!!」と叫び

すると

謝っている人に対しても、 


「毎回そう言うけど直ってないでしょ!」 

とさらに詰める。 




本人は指導のつもりかもしれない。


 リーダーシップのつもりかもしれない。 



でも、周りに残るのは学びより萎縮だった。 



安心より緊張だった。


 連携より空気読みだった。

 だから私は、だんだん思うようになった。



 リーダーって、自分のやり方に従わせる人のことでしたっけ。


 確認しやすい空気を作ることより、 

曖昧な圧で人を動かすことのほうが優先されるなら、 

それはもうリーダーシップじゃない。 

育成でもない。 


育成という名の支配に見える。




 辞めるとき、人事の言葉も私には遠回しにこう聞こえた。「空気読めるなら、もっと上手く立ち回りなさいよ」 


たぶん、実際の言葉はもっと柔らかかった。 

私の受け取り方もあると思う。 




でも少なくとも、この場所で最後まで求められていたのは確認でも共有でもなく、 

結局は“上手に空気を読むこと”なんだな、

と感じた。 





リーダーの本当の役目って、 

従わせることじゃなくて、人が安心して動けるようにすることじゃないのか。 


分からないことを確認できる。

基準が見える。失敗しても学びに変えられる。

 感情ではなく言葉で共有される。 

そういう土台を作るのが、 

本来のリーダーなんじゃないかと思う。 



でも現実には、


 教えないのに察してほしい。

 基準を示さないのに正解してほしい。 

感情の処理まで周りに担わせたい。 


そんなものを“思いやり”とか“チームワーク”とか“育成”の言葉で包まれても、 



中身が押しつけなら、

私はうなずけない。たぶん、しんどい職場って 

仕事内容そのものより、こういう言葉と現実のズレで消耗していく。「従ってください」の裏で、 



「察して」

「先回りして」

「機嫌も読んで」が走り出す。 

それが当たり前みたいになっているなら、

 私はそんな場所を健全なチームだとは思えなかった。





育成という名の指導……いや支配……。












「相手の立場になって考えなさい」も、

それを言う側が相手の立場を見ていなければ、ただの押しつけになる。 

“正しいことを言ってるつもり”と、

“相手に届いているか”

は別の話。 

自分の中の正論を、

相手にもそのまま当てはめた瞬間に、

対話じゃなく支配になりやすい。 

正論を語るなら、

その前に立場の違いを見ないとただの独りよがりになる。

 片手落ちの正論ほど、人を黙らせやすい。







そして今日も、
空気が読めるあなたが 

そのしんどさを引き受けているのかもしれない。 

違和感はある。

 でも、相手は正論を言っているように見える。
だから反論しづらい。 

黙るしかなくなる。  

でも、その正論は
本当にあなたに向けたものだったんだろうか。

 正論はひとつじゃない。 

立場が違えば、

正しさの形も変わる。

 厄介なのは、 

“正しいことを言っている側”ほど 

自分の正しさを疑わないことがある、ということ。

 もしそこに思いやりがないなら、

 それはもう
あなたを支える正論ではなく、

 

あなたを黙らせるための正論かもしれない。