伝説のB-BOY 風見しんご を目指して
  • 10Jun
    • 風見しんごさん ワニのエピソード

      風見しんごさんが動物好きで、中でも変わった動物をペットとして飼っていることは有名な話です。そんなしんごさんは子供の頃には既にワニを飼っていたんです。その時のエピソードがこちら↓です。『今だとカミツキガメだとかが捨てられて問題になっていますけど、自分が子供の頃はワシントン条約とかも無い時代だったのですが、ちょっとお金を出せば小さい赤ちゃんのワニが買えた時代があったんですよ。で、僕らは怪獣ブームの世代だったんで、その怪獣の延長線上でワニを買ったんですよね。ゴジラのちっちゃい奴みたいな感覚で。友達何人かと1000円ぐらいずつ共同出資して。それを親に見つからないようにみんなで縁の下とかでタライの中に入れて回し飼いしてたんですよ。そしたら数か月で思いのほかデカくなったんですよ。で、ワニが入るサイズの器がなくなったんですよ。今では本当にいけないことなんですけど、まだ子供でしたし、生き物なので可哀そうだから自然に返そうと思ったんですね。で、鯉やらメダカが泳いでいるような川があったんですけど、そこで自然に帰してやろうと思って放したんです。その時はそれでよかったんですけど、次の日、小学校から帰ってくる途中、そこにお巡りさんが2人立っていたんですよ。で、おばあちゃんがお巡りさんに「ワニがいたんですよ!」と話しているんです。それでお婆ちゃんはお巡りさんから「お婆ちゃん、広島の川にワニはおらん。」と説得されてるんですよ。でもお婆ちゃんはずっと「いや、おった」と。』思わず笑ってしまうエピソードですよね。今だったらあっという間に拡散して炎上、大問題、大ニュースになってしまいますが、当時はもちろんネットやSNSが無い時代ですから、そんなことがあっても、その場だけで丸く収められる、どこか平和でのどかというか、のんびりした時代だったんですね。しんごさんはきっと生き物全般が好きなのだと思いますが、特に爬虫類が好きそうですね。やっぱり怪獣で育った世代だからだと思います。子供の頃は強い物に憧れますからね。ワニなんて実在する恐竜か怪獣みたいなものですから。そんなしんごさんは大人になってからもワニを飼っていました。子供の頃の怪獣好きに加え、アメリカの刑事ドラマ「マイアミバイス」にハマって、その刑事がワニを飼っていたことも影響して飼い始めたそうです。「最初はね、ワニでも生まれたばっかりのワニ、かわいいんですよ!目がくりっとしていて。可愛くて飼ってしまった。僕も大人だからわかってる。ワニはワニだよと。いくらちっちゃい時かわいくてもワニだよ。大きくなるんだよってわかっていても飼ってしまったら、もうどうするわけにもいかないし、命のあるものですから育てました。1メーター60にまでなってしまいました。」ベランダにワイヤー入りのガラスを入れたサンルームを作り、そこで飼っていたそうです。↑ベランダに住んでいたミシシッピーアリゲーターのヌケくんエサは小アジやワカサギなどを3パック程度。ペットショップで出会った当初はヤモリぐらいだったのが、最終的には160㎝ぐらいになったそうです。当時のインタビューがこちら↓「昔は水槽が彼の部屋だったんですけどね。今では、ベランダにワイヤー入りのガラスを入れたサンルームを作って、そこで飼っています。うちの家族は木造に住んでいるのに、アイツが住むベランダだけは鉄筋なんですよ(笑)」「うちの奥さんは、日本一ワニの扱いが上手な主婦だと思う(笑)。5歳になる娘のえみるも、怖がりませんね。危険だから、娘はベランダには入れませんけど。ヌケのエサは週に2回。魚をあげています。ベランダには水道があるし、排水もできるようになっているので、水の入れ替えはラクですよ。ワニは寒いのが苦手だから、暖房の設備などが必要。だから最初の準備は大変ですが、飼い始めると、意外に手間の掛からないペットじゃないかな。でもやっぱり危険だし、何考えているかわかんない動物だから、飼うことはあまりおすすめしませんけどね(笑)」「ワニとか爬虫類をペットとして飼うのは一人暮らしの人にはおすすめなんです。ネコとかワンちゃんとかは人間とかと同じく1日3回ご飯食べるじゃないですか。でもワニとか爬虫類だと下手したら週1回とかでもいいんですよ。贅沢させる時でも週2,3回とか。だからロケとかに出れるんです。逆に毎日毎日エサをあげると消化不良起こしたりする子も中にはいるんです。する子って言うのも・・・子って言うほどかわいくないですけど。」1週間ぶりにロケとかから帰るとワニの飼い主を見る目が違ったんじゃないですか?「完全にエサとして見ています。ただいま~って帰ってきたら「ハアアアアアアアアアッ!」ってこっちを見ているんです。」奥さんと付き合い始めたころ、奥さん何と言ってました?「付き合い始めて、後でワニがいるなんてこと知った時は「騙された」って言ってました。」奥様が本当に偉いなって思いますよ。好きな人のためにワニと暮らせるぐらい精神を鍛えるわけですから。凄いですよ。「それは本当に周りからも言われます。カミさんはワニ部屋に掃除に行くんですけど、デッキブラシでゴシゴシやりますよね?するとたまにワニがそのデッキブラシに噛みつくんですよ。ワニって習性で噛みつくと体を捻るんです。ググググーッ!と回転させて巻くんですよ。あれは大きい獲物に食らいつくと体を高速回転させて獲物を引きちぎるんですよ。ですからデッキブラシに噛みついてグワーッと高速回転させるものですから、よくカミさんは手のひらが熱い熱いって言ってましたよ。」「でも、うちのカミさんがデッキブラシを持ってワニの前に立ったら、ワニもいつしか覚えたのか後ずさりするようになりましたよ。やっぱりカミさんが1番強いです。」ワニを飼うには、東京都への申請が必要で当時は石原都知事の時代だったそですが、許可がおりると、犬と同様に家の門や玄関にステッカーを貼らなければいけないそうです。飼っていた当時、一度しんごさん宅は留守中にピッキング泥棒に入られたそうです。しかし、ワニのおかげで助かったそうです。『その空き巣、ベランダから入ってきたんです。ガラスを割って侵入したものの、ふと見るとヌケがニラミをきかせている(笑)。何も盗らず、すぐ退散したようです。一歩部屋に入ったら、そのまま帰っていったようで。ビックリしたと思いますよ。うち入ってガラス割って入った足元にワニがいるんですから。警察の人に「これは助かりましたねえ!」「室内に入ったのに、何も盗らない空き巣は初めてだ」と言われました。ヌケのおかげです』番犬ならぬ番ワニ飼うのは大変でしょうけど、大変役に立ってくれましたね。ワニはその後どうなったんでしょう?『二匹飼ってたんですよ。でも二匹飼うとどうしても強い弱いが出て来ちゃうんですよね。だからエサを強い方ばっかりが食べちゃって弱い方が痩せていっちゃうんですよ。で、これはいけないと思って・・・。これはダメな事なんですけど、X園(ワニを飼育している施設)に電話して、事情を話して、そしたら特例として「わかりました」と。X園に入場料を払ってワニを持って入った人間は僕が初めてです。』幸せに長生きしてくれたことを望みます。

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  • 05Jun
    • 命を守るための衝突事故

      K高校に着任したばかりの頃の話です。「H先生、お話があります。少しだけお時間よろしいでしょうか?」体育祭の練習が終わり、外階段を使って上の階へ登ろうとする学年主任のH先生を僕は引き留めました。H「なにかしら?」「朝自習の見回りの件で一つお願いがあるのです。」H「どういった?」「自分を朝自習の巡回から外していただきたいのです。」H「なぜ?」「自分は毎朝7時半から交通安全指導で交差点に立っています。ご存知の通り、あの交差点は非常に交通量が多くて危険な場所です。特に遅刻5分前の8時25分ぐらいになると、生徒は遅刻しないよう焦って、斜め横断や無理な横断や信号無視など交通違反のオンパレードで無法地帯となってしまいます。とても危険な状況になるのです。それをさせないよう自分はあそこに立っているのです。またその近隣は治安も悪く、変質者に女子生徒が襲われる事件も数件起きています。誰かしら大人があそこに立っていないと防犯面においても危険があります。この学校で交通安全指導をしているのは自分一人です。生活指導部の仕事としてではなく、自発的にやっていることです。もし、自分があの場所から離れたら、いつ事故が起きても不思議ではありません。朝自習は8時15分からですよね?そして巡回担当者は3人、さらに他の学年の担当者も廊下にいるから十数人の教員が廊下を巡回しているわけです。そして、朝自習に間に合うよう登校して教室で自習している生徒は基本的に真面目な生徒だけです。本来見張る必要もない生徒だけです。ですから自分一人いなくても巡回担当の人員は十分すぎる程足りております。一方、あの交差点は8時半に近づくにつれて交通ルールも守らない不真面目な生徒たちが大勢登校してきて無法地帯になります。どうか自分を巡回から外してあの交差点に立たせてもらえませんか?生活指導部の教員も校門での挨拶服装指導やその他の業務を理由に賛同する方はおらず、自分しかやる人間がいないのです。」H「ダメです。巡回指導は今始まったことではなく、既に何年も前にやると決めてスタートしているのです。決められたことを優先するのは当然のことです。あなたの言いたいことはわかりますが、筋が通っていません。」「それを決めたのは、この学校がまだ荒れていた時代ですよね?今も大人しい子しかいなくなったわけではありませんが、少なくとも自習時間に間に合うように登校して教室で黙々と自習に取り組んでいる生徒を監視する必要がありますか?それより自習などさらさらやる気は無く、遅刻者または遅刻ギリギリに登校してくる生徒に対しての指導を優先するべきではないでしょうか?事故に遭ってしまってからでは遅いんです。事故に遭ったら彼らは自習どころか教室にも来れなくなるんですよ?」H「ダメです。既に決まったことですから。あなたの言っていることは筋が通っていません。」このやりとりを聞いていた同僚の先生方が、「H先生、いいじゃないですか。自習より命の方が大切だって言ってるんですよ。」と援護射撃に入ってくれました。H「わかりました。勝手にしなさい。ただし、あなたのおっしゃっていることは筋が通っていませんから!」(ああ、勝手にするさ!)僕はこのやりとりを定年退職後に再任用で着任した体育科のT先生に話しました。T「偉い。あんたが正しいよ!あんたの言っていることは筋が通っている。あの人が言っていることがおかしい。あの人はあの年齢でああ見えて教員歴はあんたの半分も無いんだよ。ただ人より出世欲が強くて今はああいう身分だが、相当悪名高いんだわ。新人潰しで以前にも新人を精神的に追い込んで鬱にさせて辞めさせてる。自分こそが正しいと思い込んで、それを強要する。反抗的な者に対しては徹底的にイビる。未来ある若者があんなのにどんどん潰されてかわいそうに。」「ありがとうございます。自分は経験だけは人より多いので、ああいう人にも慣れていますから。」T先生は一時期、独特の芸風で一世を風靡した今は亡き芸人のSさんの父親と親友でした。Sさんが交通事故で亡くなった事は当時かなり大きなニュースとなっていたので自分もよく覚えています。Sさんが交通事故で亡くなった後、Sさんの父親はよく近所の公園のベンチに座り、ボーッと何十分も時計を見つめていたそうです。その様子を見てT先生は声をかけられなかったそうです。親孝行の息子に先立たれ心にポッカリ穴が開いてしまったSさんの父親は、あの日で時が止まったままだったのかもしれません。あるいは、時間を事故よりも前まで戻したかったのかもしれません。その様子を見ていたT先生だからこそ僕の意見に賛同してくれたのかもしれません。その後、T先生はたびたび一緒に交差点に立ってくれました。T先生が任期満了であの高校を去る10月まで。僕は交通安全指導をずいぶんと長い事やってきましたが、交通安全指導を巡り、同僚や上司と衝突することは何処の学校でもありました。たとえ、それがキッカケで職場での立場が危うくなろうと、次年度の仕事を失うリスクがあろうと、これだけは絶対譲れない部分でした。えみるちゃんのためにも。生徒のためにも。彼らのためなら何度だって誰とだって衝突事故を起こしても構わない。この体当たりで彼らを守ることができるのなら。昔は何処の学校でも教員が交差点に立って交通安全指導をやっていました。しかし、年々教員は多忙になっており、交通安全指導や登校指導を行う学校も減っています。しかし、どんなに忙しくても命より大切なものは無いはずです。死んだら卒業も進路も将来も無いのですから。何を優先すべきかわかっているはず。忙しさを言い訳に1番大切な事に目を向けようとしないこういった状況はどうかしています。全国の学校がそうなりつつあるとは思いたくありませんが。風見しんごさんの著書「えみるの赤いランドセル」と「さくらのとんねる」皆様にも1度お手に取ってもらいご一読いただけたら幸いです。

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  • 31May
    • 子供の頃から何も変わらない

      幼馴染のあさみちゃんの母親から実家に電話がありました。「テレビに出た?」と。あさみちゃんがあの放送を見て彼女の母親に電話して、彼女の母親からうちに電話が来たのです。あの時間帯に偶然同級生があの番組を観ていたことにも驚きましたが、それよりも驚いたことは、何十年も会っていない僕を見て、僕だと気づいてくれた彼女です。彼女は中学校を卒業後、専門学校へ行き、その後は夜の仕事を転々としていたという噂は聞いていたのですが、あの放送を観ていたということは、おそらく今も首都圏には住んでいるのでしょう。僕は同級生である妻を除いて地元の同級生とはすっかり疎遠になっていました。中学を卒業後、地元から離れた高校へ通い、さらに毎晩遅くまでダンスの練習と遊びに夢中になり、週末の夜はクラブやディスコを遊び歩き、大学に入れば、高校までとは逆に勉強や部活やバイトといった、「健全な」学生生活に忙しくなり、卒業と同時に地元を離れました。現在のように僕たち夫婦の親が入退院を繰り返すようになるまでは。妻は地元の高校に通っていましたし、結婚するまではずっと地元に暮らしていたので、僕のように地元の友達と疎遠になることはありませんでしたが、僕の場合、中学を卒業と同時にほぼ地元と疎遠になってしまったのです。ですから地元の友達がその後どんな高校生活を送って、卒業後どうなったのかほとんど知りませんでした。幼馴染だったあさみちゃんについても、たまたま会った同級生から聞いた噂程度しか知らなかったのです。それが、何十年も時を経た今、テレビに映った僕を観て僕だと気づいたあさみちゃん。テレビにチラっと僕の子供の頃の写真も出ましたが、あの1枚だけで、しかもピースサインで半分顔が隠れた子供の時の写真だけで僕だと気付いたのでしょうか?それとも現在の僕の顔がよっぽど子供の頃と変化が無いのでしょうか?もし、逆の立場だったら、もし、あさみちゃんがテレビに出ているのを僕が観たら、僕は彼女だと気付けるだろうか?以前、行方不明者を探す番組がありましたよね?テレビの力、でしたっけ?放送中にも情報提供者が次々と殺到するのを観て(本当かなあ?何十年も前から疎遠になった人の現在の顔を見て分かるもんかなあ?)と疑っていたのですが、今回の件で、そういうこともあるんだなぁと思いました。あさみちゃん、俺は今でも風見しんごファンだよ!今でもブレイクダンスやってるよ!見た目も中身もやってることも変わってないな!笑

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  • 30May
    • 風見しんごさん ~時代の最先端を走る男~

      ディレクターのFさんにメールでも風見しんごさんに関するエピソードや個人的な思い出、記憶を伝えました。放送では30分という短い枠なので細かく視聴者の皆様に伝えることは出来ませんでしたが、おそらくFさんが僕から聞きたかったことは、当時の風見しんごさんや、その時代の空気をご存知ではない方々にとっても興味深い部分ではないでしょうか。以下は簡単にですが、Fさんにお伝えした内容です。メールからそのまま抜粋しました。①ブレイクダンス以外で風見さんが流行らせたものなどはありませんでしたか?⇒髪型・ファッションなどが風見さん発信で流行ったというスタッフがおりまして… ご存知であれば教えて頂けるとありがたいです!「涙のtake a chance」を歌われていた頃から、しんごさんは外見も変わりました。それまでさわやかな優しいお兄さん風から、派手な化粧をした今でいうビジュアル系のはしりみたいなメイクをしたり、服装もより奇抜な物へと変わっていったと思います。ただ、それはしんごさんだけでなく時代がそういうものを求めていたのかもしれません。目の上を青や紫のアイシャドー入れたり、頬にシェイドを入れたり、といったメイクは日本人だとジュリーや忌野清志郎さん、玉置浩二さん、boowyの氷室さんなどもされていました。ですから、しんごさんを含めそういった人気のある方々がそういったファッションをすれば、自然とその方たちのファンも真似をするようになると思いますし、結果として流行に結び付くのかもしれません。自分自身の思い出としては、しんごさんみたいに短髪でもみあげをまっすぐにしてもらいたくて、いつも床屋さんに「もみあげは風見慎吾みたいにまっすぐ」と注文していました。モミアゲを鋭角に剃ってしまうスタイルを当時テクノカットと呼ばれていました。たしか起源はYMOだったような・・・すみません。記憶があいまいで。白いファンデーション塗って目の上を青くアイシャドーを塗ったりする化粧はおそらくですが、デビッド・ボウイの影響をしんごさんやジュリーを含む日本人アーティストの方たちが受けていたのではないかと個人的には考えています。まとめてしまうと、これらは、風見慎吾さんよりも前からあるスタイルですが、僕のように「風見慎吾さんがやっているから俺もやりたい」といって自分たちが好きなアーティストの恰好を真似する人も多かったかもしれません。基本的に他のアイドルの方々もされているような流行りの髪型をしんごさんもされていました。髪型にしても服装にしても、かなり流行に敏感な方だと思います。今もかなりお洒落な方ですよ。何度か私服を拝見したことがありますが、おそらくアメカジ好きです。フェローズの服をよく着ていますね。あとハンチングを被ることが多いです。ファッションセンスが良いので参考にしている人も多いと思います。しんごさんが今番組でよくやるスタイルは、首には大抵、何かしら巻いています。ベストをよく着ています。基本的に綺麗目な恰好をされています。誰もが認めるお洒落な方です。真似される方も多いかもしれません。↑化粧をしている頃↑当時はまだ珍しかったピアス。男でピアスしているとオカマと言われてしまう風潮が当時はまだありました。↑ブレイクダンスで一世を風靡した頃↑アイドルとして乗りに乗っている時代↑もみあげを鋭角にバッサリ剃り落としたテクノカット。ネクタイもバッサリいってます!笑↑アイドル駆け出し時代↑一世風靡の前身、零心会時代のリーゼント↑そして現在②台本で現在「テレビでの安定感がスゴい!」と書いておりますが、(8ページ目) ファンの方から見て、風見さんがレギュラー番組に多く出られるようになったきっかけ、 または、ファンの方が風見さんをテレビでずっと見ていたくなる理由などありましたら、 教えて頂けるとありがたいです!アイドルを卒業されて(正式に卒業したとかはありませんが、自然とアイドル活動はやめていきました。)、それまでとは働き方が変わったなと感じたんです。それまで歌でも芝居でも主役や準主役的な目立つポジションだったのが、一歩引いた立ち位置に変わったというか、謙虚なふるまいで働くようになられたと思います。また常に共演者に心配りをされていて、その方たちを立てます。自分が自分がの人は他の人の話を聞いていない事ってよくありますが、しんごさんは他の共演者の発言内容を凄く集中して聞いていて、的確で気の利いたナイスな突っ込みを入れたりして盛り上げ、その方に花を持たせたり。つまりご自身が一歩引いて共演者を引き立て番組もまた盛り上がるといった感じで貢献されるようになりました。↑アイドル卒業後、出川さんのように体を張ってこんなこともしていました。また、(今放送中のカラオケ大賞の司会としての働きぶりをご覧になれば分かると思いますが、)例えば共演者がまずい発言をうっかりしてしまった際もすかさず優しくナイスなフォローを入れてその方のピンチを助けてあげたり、そんな場面をよく見るんです。共演者の方々も安心されるでしょうね。しんごさんがいると。物知りですし、話が途切れるようなことは無いし、頭の回転も速いですし、問題発言をする心配もまずありません。番組制作サイドとしても、安心して出演を依頼したくなるような方ではないでしょうか。そういったことがレギュラー番組を長年絶やさない理由の一つだと個人的に思っています。それと、もう一つありました。番組を盛り上げるという意味では、たとえば最近ではクイズ番組でパネラーとして出演されている時もブレイクダンスを披露されて番組を盛り上げたり、クイズ番組で「涙のtake a chance」を歌って踊ったこともありました。普通では誰も思いつかない、あるいは、思いついてもやるのに躊躇してしまうような事をバーッとやってしまう行動力、決断力、思い切りの良さが観ている視聴者にとっても気持ちいいです。日本のテレビで最初にブレイクダンスを披露されてブレイクダンスブームを巻き起こした時もそうでしたし、その数か月後に出した曲「beat on panic」ではブレイクダンスにヌンチャクですから。たぶん後にも先にもヌンチャクやってブレイクダンスをやりながら歌うシンガーは風見しんごさんただ一人です。世界で最初で最後の人です。しかも顔には白いドーラン塗って、目の上にはアイシャドーを塗って歌われていました。昔から斬新な事をやって盛り上げる天才でした。↑BEAT ON PANICでは化粧してブレイクダンスにヌンチャクも加えたパフォーマンスを披露しました。↑今なお現役!ブレイクダンス界のレジェンド、風見しんごさん

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  • 24May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その16 ~指原莉乃さん~

      本番の話に入る前に、今日は指原莉乃さんに関するエピソードを書きます。指原さんがスタジオに入ってくると「うわっ!すっごい綺麗!」思わず本音が出てしまい、本人に聞こえてしまいました。「ありがとうございま~す!」と、笑顔で応え、実際に見る印象はテレビで観ている時よりも女の子っぽくてソフトでか弱そうな印象。色も白くて。「僕らと同じ人間とは思えないぐらい綺麗・・・」と再び本音が出てしまい、これもまた本人に聞こえて「ありがとうございま~す!」と笑顔で。そして今田さんが来るまで雑談しました。ここのところ、卒業やら発言内容やら何やらに関して、色々と厳しい目で見る人たちが騒がしくなっているわけですが、「指原さんを見ていて気持ちがいいですよ。保身に走って黙っている他のアイドルより、自分が正しいと思うことを臆せず言う指原さんは見ていて気持ちがいいですよ。」と、またまた本音が出てしまいました。「ありがとうございます!そう言っていただいて嬉しいです!」と笑顔の指原さん。間違っているなら「間違っている」と言う、正しいと思っていることを言う、こんな人として当たり前のことが難しい今の日本の世の中がおかしいと思っています。思っていることを何でも喋ればいいと言っているわけではありません。もちろん誰も傷つけないようにする配慮は必要ですし、言っていい事、悪い事の区別も踏まえた上でのことです。それらを総合しても指原さん、僕は好きですね。器用だし綺麗だし人気者だし、一定の層から妬まれたりするのも分かりますが、少なくとも自分の意志で積極的に行動している彼女の姿勢は評価に値すると思います。やがて今田耕司さんがスタジオ入りし、雑談から始まり、ウォーミングアップしたところで本番となりました。

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  • 23May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その15 ~各々の役割~

      今日は出演者にしか分からない部分について書こうと思います。かなり突っ込んだ内容です。ですが、ここ何日間か数百人規模でこのブログの閲覧者が増えているのですが、おそらく、そういった部分を知りたい人も多いのではないでしょうか。まず、今回僕は風見しんごさんの功績や魅力やエピソードについてをしんごさんご本人を前にして語らせていただくという役で出演させていただいたわけですが、この番組に重要な役割を常に果たしているお二人、MCの今田耕司さんとアシスタントの指原莉乃さんに関する話を抜きにして、この「風見しんごさんと夢の共演」シリーズを終わらせるわけにはいきません。そういうわけで、今回の記事ではMCの今田耕司さんにスポットライトを当てて語らせていただきます。テレビでは見えない、現場でしか知り得ない部分について話します。オンエアーはされていませんが、収録が開始すると、トークの冒頭から今田さんはしんごさんのエピソードを語られました。まだ吉本で新人だった頃、たまたま、しんごさんと番組で共演することになり、しんごさんが新人の今田さんに対して深々と頭を下げて挨拶に来られたそうです。しんごさんの方から。既に大スターだったしんごさんが新人だった今田さんに深々と頭を下げるものですから、当然今田さんは慌てました。「やめてくださいよ~そんな~!」と。すると、しんごさんは「自分は芸人の方々を尊敬していますから!自分には芸がありませんから。」と言って、常に低姿勢で謙虚な姿勢を崩さなかったそうです。爆笑問題の太田さんも同様の経験をされたようで、今でも太田さんは風見しんごさんを尊敬している芸能人としても有名ですよね。しんごさんが多くの同業者の方から尊敬の眼差しを受けているのは、僕もテレビを観ていても分かります。それは芸能人に限らずテレビ局や番組制作スタッフの方々も同じで、やはり、しんごさんに良い印象を抱いていると思います。しんごさんが出演されると視聴率が上がるそうですが、それも同じで、老若男女誰からも良い印象を持たれているのではないでしょうか。我が家でも独裁者のような親父がリモコンを片手にテレビのチャンネルを落ち着きなくパチクリ変えていると、偶然しんごさんが出ているのを目にして、「お!風見しんごだ!」と持っていたリモコンを置き、その番組を観ている、といった場面をたびたび目にしました。今田耕司さんも風見しんごさんを尊敬するファンであろうことはトークの冒頭からも容易に想像がつきました。かつて別番組でも共演されていましたし。しんごさんは先輩であり、当時ブレイクダンスで一世風靡した大スターですから。今田さんもここぞとばかりに、しんごさんに関する知識やエピソードを出してくるだろう。でも、それはそれで面白いだろうと思いました。これまで何度も共演したからこそ知りえる㊙エピソードだってあるでしょうし、視聴者も知りたいはず。脱線による流れの修正は指原姉さんが何とかしてくれることを信じて。たしかに番組のコンセプトはファンが芸能人の魅力を伝えることですが、レギュラーMCの今田さんが偶然その芸能人のファンであるというイレギュラーな展開も十分考えられるわけだし、となれば面白おかしく喋るのが仕事の方ですから当然喋りまくるはず。でも、それはそれで僕らが臨機応変に合わせれば面白くなるんじゃないかな、とも思いました。番組製作側にしてみたら、この本番までに情報収集やその日の番組の構成等を時間をかけて準備したわけですから、30分という短い枠の中で出来る限り準備したネタを詰め込みたいという思いもあることでしょう。ただ事前に準備したことの何パーセントしか出せない、という場面はモノづくりに限らず、人生のあらゆる場面で当たり前のように起きます。僕らは「練習で125%、本番で75%出せれば御の字」とよく言います。これはステージに限らず、人生のあらゆる場面で共通することだと思っています。製作側のプロとしての拘りもあるでしょうし、今田耕司さんも喋りのプロとしての拘りがあるでしょう。お互い譲り合いながら、共通目標を設定し、ベストを目指すのが1番だと思います。そのためには事前によく話し合ってお互いが妥協ではなく、お互いの意見を尊重しつつ、譲り合う形で合意しなければいけません。そして、よく段取りを話し合い、確認しながら最終的な構成、台本、カンペ等を作成する必要があると思います。ですが、そのためには時間が必要です。本番中、現場にいる全員から真剣さが伝わってきました。みんなが一生懸命であることをあの場にいるとビシビシ感じるのです。番組制作スタッフの気持ちカメラマンたちの気持ち演者の気持ちみんなが真剣勝負しているのです。今田さんの隣にいて、凄く感じた事ですが、今田さんは面白おかしく機関銃のように喋っていますけど、その今田さんから放たれる本気オーラと言うかパワーには圧倒されるものがあります。よく「笑われるのではなく、笑わせろ」というフレーズを聞きますが、まさに言葉の通りです。真剣に面白おかしく話しているのです。もちろん僕らは今田さんに完全に圧倒されてしまっては、言うべきネタは出せなくなってしまうので、常に言い出すタイミングは見計らっているわけですが。今田さんの隣にいると、そういうプロ意識がもろに感じられるのです。カンペを構えるスタッフは二人いて、僕ら出演者の左前方(今田さんの手前)には僕ら用のカンペがあり、間にモニターを挟んで右前方(指原さんの手前)には、今田さんのカンペがあります。台本に詰め込んだ内容を出来る限り順序良く話題に出してもらうようにカンペでトークを誘導しようとしているわけですが、今田さんは喋りに夢中でカンペを見ません。敢えて見ないと言ったほうがよいかもしれません。まあ、当たり前と言ったら当たり前なわけですが、カンペばかり気にする司会進行だったら視聴者からの印象も評価も下がります。すぐバレますので。(アイツ、仕事真面目にやってるのか?準備してないのか?カンペ見なきゃトークも司会進行もできないのか?)と思われてしまいます。これは僕ら教員の仕事も同じです。公開授業の時や管理職による授業観察などの時は指導案(この番組で言う台本みたいなもの。さらに細かくしたバージョン)を作成して、授業観察者に渡しますが、それを気にして計画通り進めるなんてことはしません。生徒と生のコミュニケーションを取りながら臨機応変に進めていくのです。指導予定時間10分の箇所を15分になったり、生徒の理解状態や知識によっては指導案に書かれていない学習内容、たとえば中学校の時に習った単元をもう一度教えたり。そうやってライブで臨機応変に対応するからこそ、まともな授業になるのです。これを(管理職が見てるから指導案に記載された通り、今日教えるべき内容はなんとか終わらせなきゃ、時間配分に気を付けなきゃ、そうそう時計を手元に置こう、あ!タイマー機能使えばいっか!)といった感じで若い先生方はやりがちです。予定通りに進まないと不安に陥るのでしょう。ですが、それでは生徒の理解能力、学習内容の定着度がおざなりになってしまいます。指導案に書かれたコンテンツをなんとかこなそうと必死になるあまり、目の前の生徒が見えていないのです。これでは生徒は置き去りです。教員の自己満足でしかありません。僕は今田さんを見ながら、今田さんを「教師」に、そしてカンペや台本を「指導案」に、さらに視聴者を「生徒」に置き換えて観察していました。そうすると今田さんはどういう教員像になるのか?おそらく、授業は面白くて、でも脱線が多く、テスト前にテスト範囲を終わらせられない結果、テスト範囲を狭くする事態となり、生徒は大喜び、でも授業進度を他クラスと比較して不満を感じる生徒もいたり、でも基本的には大人気の先生、といった感じでしょうか?各先生方が放課後に自由選択の補習を開くとすれば、今田先生のところに多くの生徒が集まるでしょう。そして今田先生を司会、生徒を視聴者に戻すと、講座に集まる生徒の数は視聴率といったところでしょうか。(この番組の場合、今田さんだけでなく、指原さん、ゲストの方、そのゲストの方に関するエピソード、を目当てに視聴者は集まるわけですが。)そんなことを思いました。ただ、授業と異なるのは、授業の場合、その日やろうとした範囲が終わらなくても次があります。しかし、番組の場合、マンガやドラマと違って「つづく」がありません。30分1本勝負なのです。「風見しんご特集」はこの1本しかないのです。しかも30分という50分授業より短い時間だからこそ、目一杯ネタを詰め込んで充実した内容の物を視聴者に届けたい。これはスタッフも僕らも同じ気持ちでした。僕のやるべき仕事、それは、しんごさんの魅力やエピソードを伝える事。この準備にかなりの時間をかけてきたわけです。僕らもFさんたちも。しかし、不自然な形で話を遮るのだけは避けたい。話しの流れでカンペに書かれた話題に近づいたところで、話を切り出す。何だか子供の頃、自然の川に生息する魚を手づかみで捕まえていた時の感覚に似ていますね。(静かに!ほらきたきたきた!今だ!)みたいな。絶妙なタイミングで瞬時に獲物を捕まえる感覚。でも今田さんは喩えるなら流れの速い急流の川です。川の流れが、つまりトークですね。絶え間なく流れる急流の川の流れなんです。ここですばしっこいニジマスを捕まえるのは容易ではありません。カンペを構えるスタッフはバケツを持って「父ちゃん、早く捕まえてよお!」と魚をとってもらうのを待っている息子そして、僕は獲物を捕まえようと泳ぎまわる魚に対し、必死に狙いを定めるお父さん。「待ってろよ~。今捕まえてやるからな~。獲ったら塩焼きにして喰おうな~。」と言いながら焦っている。カンペを構える製作スタッフの困った顔。カンペを一切見ず、機関銃のように喋り続ける今田さん。カンペを見ることを忘れているわけでもないでしょう。敢えて見ないのかもしれません。僕らが指導案に捉われないのと同じように。今田さんは今田さんなりに喋りのプロとしての拘りがあるのでしょう。製作側のプロ意識と今田さんのプロ意識の戦いを観ているようでした。お互い仲良くベストを目指したチームプレーが理想の形ではあるのでしょうけども。僕は収録後Fさんから「話題に出して欲しい内容を入れられなかった。やっぱり圧倒されちゃいました?」と言われました。今田さんのトークはたしかに圧倒するものがありますが、圧倒されて言い出すタイミングを逸したわけではないのです。いくら「素人が主役です」と謳う番組であっても、その道何十年のベテランの司会者のトークを遮るわけにはいかなかったのです。もし、途中で話を遮って別の話題を切り出したら、おそらく僕が切り出す話を自然に入れるためにそれまで今田さんが話していたトークの大部分がカットされてしまうでしょう。それを幾度となく繰り返せば、おしゃべりな今田さんが黙り込んで妙な空気になると思います。ファンが出しゃばりすぎてしまうと、同じファンが見れば痛快かもしれませんが、そうでない視聴者が見たら「あれはちょっとやり過ぎじゃない?」とひんしゅくを買ってしまいます。今回の番組のオンエアー後の視聴者の反応を見ると、ファンではない人も「私も風見しんごのファンになった!」といった声もたくさんありました。高校生ぐらいの若い層からもしんごさんの支持率が上がっているぐらいです。番組そのものに対する反響も良い物ばかりで「見ていて温かい気持ちになる」「誰も傷つかない良番組」「毎回泣いてしまう」といった高い評価がたくさんありました。僕は出したい内容は70%しか出せなかったとしても、あれはあれで大成功だったと思います。更に放送翌日にはギャラクシー賞受賞で大、大、大万歳じゃないですか。トーク番組に限らず、どんなトークイベントでもそうですが、出演者の話がダラダラと長引いた時に話を遮ったり、話が脱線した時に修正したり、本題を切り出すのは本来、司会者やMCの役目だと思うのです。僕は僕らファンにしか知りえないような、しんごさんの魅力であったり、エピソードを語るのが仕事であって、トークを生業として生きて来たプロのMCのトークを遮る権限は無いと考えています。敢えてトークの流れに乗りながら、出来る限り自然な感じで切り出せる話題は出してきたつもりです。常に今田さんの目線と二つのカンペに目を配りながら。もし、カンペで今田さんを誘導しようとしてもできないのなら、アシスタントで入っている指原さんにしか直接声に出して誘導することはできないのです。ファンが強気に出しゃばりすぎてMCの今田さんの存在が小さくなってしまうような事は避けたかったのです。やっぱり自然なトークの流れこそが、目に見える良好なコミュニケーションであり、それが成立しているからこそ視聴者は安心して観ていられると思うのです。この番組はそういう安心感も一つの売りだと思うのです。純粋にファンと芸能人の垣根を超えた絆を見られる番組。誰も傷つかない温かい気持ちになれる番組。それが僕の中での「いまだにファンです!」なのです。

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  • 22May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その14 ~リハーサル~

      リハーサル前のスタジオでひとつ面白いことがありました。スタジオの端の方に今日の出演者のプロフィールと顔写真が載った紙が置かれていたのです。その紙はスタッフの皆さんがその日出演する出演者の名前と顔を覚えるために置かれていると聞きました。ところが、(あれ?あれれれ?)風見しんごさんのプロフィールの下に僕のプロフィールがあったのですが、なんと僕のプロフィール写真に別の方の顔写真が!しかも、そこに貼られた写真のお顔はどこかで拝見したことがあるお顔でして・・・(あっ!これは以前、サンプラザで行われた歌謡祭とチバテレビでご一緒した俳優の寺西優真さんだ!)なぜ寺西さんの宣材写真が僕の所に貼られていたのか今もって謎なのですが(笑)なぜか、この方とは偶然関わることが連発しています。去年の歌謡祭でもサンプラザの外でたまたまお見かけした方が実はこの方で、さらに今年の3月にチバテレビに出演した際は偶然ゲストにこの方が招かれていて、そして、今回テレ朝のスタジオに置かれていた僕の写真の所になぜかこの方の写真が貼られているという・・・思わず、僕 笑っちゃいました。そして、僕たちはセットの方へ移動してリハーサルに入りました。リハーサルと言っても軽い流れ確認みたいなものでした。むしろ、前日にやった想定問答の方がリハーサルっぽいものでした。ここで本番を想定して細かくやったところで、実際予定通りにはいきません。臨機応変にタイミングを計りながら用意して来たネタを話す。それしかありません。ふと地面を見ると、スタッフの方が用意していただいた「白い舞台」は撤去されていました。本当に申し訳ないことをしました。せっかく用意していただいたのに。本当にスタッフの皆様には頭が下がるばかりです。

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    • 風見しんごさんと夢の共演 その13 ~スタッフの方々の恩情~

      観ました?風見しんごさん、sexy zoneの合宿に「涙のtake a chance」を踊りながら登場!↑sexy zoneに「涙のtake a chance」のブレイクダンス指導されていましたね!イントロの振りの定番は昔ながらの連結ウェーブ↑定番のサビの振りから~LAスタイルからの~バックスピン!↑定番のフリーズ!(キメポーズ!)こんな元気な56歳(今年57歳)いるでしょうか!あと3年で還暦ですよ!若い子たちからの反響も凄いようで!「背中で回れる56歳!」「凄すぎる!」「56歳でなんであんなに踊れるワケ!」「56歳で現役!」「56歳でダンスのキレヤバイ!」などなど最近、あの時代を知らない若い世代の方まで、しんごさんに興味を持ち始めたようで!ここのところ、しんごさんブレイクダンスを披露する機会が激増していますね!ダパンプの番組いまだにファンです!sexy zone絶好調じゃないですか!カープもどん底から単独首位まで巻き返したし。このまま再び風見しんご旋風が起きて欲しい!紅白に出場して欲しいです!夢見るぐらいいいですよね?今の活躍をアメリカにいる奥様とふーちゃんに見せてあげたい!えみるちゃんとこころくんはそばで見てくれているはず!きっと満面の笑顔で応援しているはず!こんなイキイキと輝く56歳、本当にかっこいいと思います。僕もこういう風にかっこいい大人になりたいです。今年44歳ですが、(俺はまだまだ若造だな・・・)と先日ご一緒させていただいて、つくづく感じました。これからも風見しんごさんを目指して成長していきたいです。では、本番当日の話に戻します。本番収録前夜は午前3時半までひたすら踊り込んで、その後も一睡もしませんでした。眠れなかったわけではなく、ここで中途半端に寝たら体が動かなくなるからです。若くてもそうなりますが、歳をとると尚更そうなるのです。本番当日の事についてネタバレしない範囲でおおまかに書いたのが 【風見慎吾さんと夢の共演 その9 ~地底世界にドールハウス~】です。よろしければ、そちらもご覧ください。現場の雰囲気が少しはイメージができるかもしれません。僕たちのスタジオ入りは12時でしたが、早めに到着してスタッフの方に迎えられ楽屋に行きました。WさんもFさんも僕の楽屋に集まり、本番用の確定版の台本を渡され、軽く流れの確認をしました。最終的な確認はこの後のリハで行うので、ここでは軽い確認でした。リハの前に僕にとって大変重要な事がありました。床の状態確認です。これを確認しなければ、僕がどの技を披露するか、どういう流れにするか決定できないからです。そして、その確認をしにCスタジオに向かいました。(ここでは本番の衣装は着ていません。本番前に汗で湿らすわけにはいかなかったのです。バックスピンもやりますので。)何日か前にFさんが僕の為に専用のフロアシートを用意していただけるとおっしゃっていました。そのシートが既にセッティングされていたのです。(僕のために本当に用意してくれたんだ・・・本当にありがたい!)白一色のそのシート見た目はホワイトボードを床に寝かしたような感じ。しかし、材質は見た目ではわかりません。フロアマットの多くはキッチン用として作られ、キッチンですから当然水をよく使うので床が濡れやすいわけです。ですから少しでも滑りにくい材質のものが多いのです。あるいは、逆に何のためか分かりませんが、滑りすぎる素材の物もごく稀にあります。僕らがストリートでこういった物を使う場合、買った時のままの状態では使いません。ニスを塗ったり、シリコンスプレーを塗ったり、何日も日干ししたりして、程よい材質に加工します。一番手っ取り早いのが段ボールで、段ボールの場合、加工はいりません。大きめの段ボールを何枚か広げてガムテで地面に固定するだけで出来上がりです。僕は予算の事もあるでしょうし、(ある意味段ボールの方がいかにもストリートの踊りっぽくてリアルでいいかも)とも思いました。ですが、いくらかかったのか分かりませんが、立派なホワイトボードみたいなステージを用意してくださったのです。僕はどうせやるなら自分の得意技でいきたい、一切の手抜きや妥協はせずにベストのものを見せたいと思ったんです。得意技とはハンドグライドから体を真横に倒したサイドグライドへと移行する技です。このサイドグライドはかなり難易度が高いのです。ヘッドスピンよりもはるかに。体を真横にすることで重心とバランスの安定が非常に難しくなるのです。回転系は速度が速ければ速いほど安定させるのは簡単です。簡単な例で言うと自転車です。自転車は一定の速度以上で走る分にはまっすぐ安定させて走らせるのは簡単です。しかし、自転車でノロノロ運転をすれば、バランスもとりずらくなりますよね?速度が遅ければ遅いほどヨロヨロとまっすぐ走ることが困難になります。それとブレイクダンスのスピンは同じ理論です。回転スピードが遅いほど安定させるのは難しいのです。逆に遅いスピードでも安定してスピンできればスキルや能力が高い証拠です。しかし、遅ければ遅いほど安定が難しくなり技の成功率は比例して低くなります。回転の速度が遅くなる原因となるのが床の状態です。滑りにくい床ほど抵抗力が働いて、回転速度がつけにくいし、無駄に体力も消耗します。たとえるならブレーキを握りながら自転車のペダルを一生懸命漕いでるようなものです。僕らブレイカーは知らず知らずのうちに物理の法則を体で実感しながら覚えているんですよね・・・フィギュアスケーターも同じかもしれません。たとえば回転中に体を中心に絞るとスピンの速度が上がったり。これは物理学で証明できます。説明が長くなりましたが、そういう経験と知識があっても実際に触れてみないとわからないものです。それで早速床を触ってみたのですが・・・(あれ?ヤバイかも・・・)ここが床選定の難しいところで、見た感じや軽く撫でた感じだとツルツルしていて滑りやすそうなんですけど、実際は先ほど述べたように、滑らない加工をしたものがほとんどなのです。それは当然のことで、見たまんま滑りやすくて本当に滑ってケガ人が出てしまったら、欠陥商品になってしまいますし、下手すればリコール対象です。ですから僕らはなるべく「欠陥商品」に近い、滑りやすい物(スピンやスライドしやすいもの)を経験と勘を頼りに選び、さらに加工を加えるのです。ですが、実際に用意していただいた真っ白い舞台は残念ながら、びっくりするほど滑らなかい材質だと触った瞬間、直感的に感じました。ですが、せっかく用意していただいたわけですから、さっそく回ってみました。予想通りブレーキがかかりまくって、コンティ(勢いがつくまでサーフィンのパドリングのように漕ぐこと。)を何度も繰り返さなければならない。しかし、コンティをいつまでも続けるわけにはいかない。なぜなら流れる音楽も制限時間も決まっているワケだから。与えられた時間の中でコンティを終わらせ、ハンドグライドに持って行き、そこから体勢と軸を移動させサイドグライドへ繋げなければならないのです。実際やってみたのですが、失敗はしないものの自己採点で30点でした。(これは技を変更しなきゃダメかな・・・)という思いが頭をよぎりました。その後の踊りの流れも一通りやってみました。やはりネックとなるのがグライドでした。これがキマるのとキマらないのとで気分的には天国と地獄に分かれます。僕はせっかく僕のグライドのためだけに用意していただいた、この「白いステージ」を、スタッフの方の努力、そしてこれにかけていただいたお金を無駄にしたくはありませんでした。そのためにもやはりグライドはやらなければならないと思いました。ところが、ふとおびただしいカメラや機材のコードの下にあるスタジオの床が目に入りました。(ひょっとしたら何も敷かない方がマシかも・・・)「ちょっとあちらで回ってみてもいいですか?」とスタッフの方に言って、スタジオの隅で、何も敷かれていないスタジオの床で回ってみました。驚いて「ああ・・・やっぱこっちの方が滑る!」とうっかり声に出してしまいました。それを聞き逃さなかったスタッフの方は、「すぐにシートを剥がせます」と・・・「いや、いいんです。せっかく用意していただいたんですし。」と言うと、「大丈夫です。すぐ剥がせます!」と・・・(ああ・・・何という事を言ってしまったんだろう・・・せっかく時間もお金も?ない中、用意していただいたのに!俺はなんてバカ野郎なんだ!)この後リハが始まる前に一旦昼食休憩という事で楽屋に戻りました。お弁当を用意していただいていたのですが、僕が口にしたのは、この日これで3本目となるグロンサン内服液だけでした。そして衣装に着替えました。ただでさえキツいコルセットを3重巻きに腹部に巻いて、その上にネームベルトを巻く。どこに軸となる肘をあててもコルセットの上になってしまうのが気がかりでした。この軸が滑れば、スピン中に地面にクラッシュしてしまうからです。スピードが付くほどクラッシュのダメージは大きくなるのです。僕は以前、派手にクラッシュして肩の骨にヒビを入れてしまったこともあります。そんな放送事故は絶対に避けなければなりません。慣れない床慣れない衣装ストレッチやアップする時間も無い果たして今年44歳になる僕はこの悪条件の中あの技をクリアすることができるのだろうか?いや、しなければならない!しんごさんのためにも迷惑をおかけしたスタッフの方々のためにもそして自分のためにもそして、僕はリハーサルに向かいました。リハが終われば、そのまま本番収録開始です。

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  • 21May
    • この香りはどこから

      たった今もそうなのですが、最近、不思議な事に僕の周囲に花の香りが突然漂うのです。家の中でも外でも。出先でも。家の中には花もありませんし、雨戸を締め切った部屋の中でも突然花の匂いがしてくるのです。(嗅覚が先日の手術でおかしくなったのだろうか?)(香水がこぼれているのか?)(あるいは、飴でも落ちていて溶けているのだろうか?)(洋服についた洗剤の匂い?)確認しても原因がわからないのです。本当に本物の花の香りなんです。香水のように人工的な香りではなく。薔薇やキンモクセイやくちなしの花みたいな。匂いがしてくるたびに辺りを見回すのですが、その匂いの源は見つかりません。まあ、良い匂いであるから良しとしましょう。かつてのバスケ部顧問時代のマネージャーからのメールで来月出産予定との報告が来ました。さっそく令和生まれが身近に!新しく生まれてくる子のためにも良い時代になるといいなあ!

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    • 風見しんごさんと夢の共演 その12 ~溢れ出る涙と決意~

      13時から僕とWさんとFさんと放送作家のYさんで本番を想定した想定問答の練習を始めました。職場でも仕事として面接試験を直前に控えた生徒を相手にこういった事はやっていますが、今回は自分が面接を受ける受験生になったみたいで最初は妙な気分でした。おもしろいのは埼玉の小川町出身のYさんがこのロールプレイと言うかリハーサルに近い想定問答で関西弁を使って今田耕司さんの役をするのですが、それが全然違和感ないのです。今田さんならそう言うだろうなぁと思うことをしっかりやってくれるんです。本当に埼玉出身かと疑うほど上手に今田耕司さんを演じてくれるのです。これは本当にやりやすかったですね!この日、台本は持ってきてはおりましたが、ほとんど見ませんでした。台本に捉われて話の流れを切れば絶対に不自然になるのは明白です。視聴者側に「台本通りしゃべるだけ」とか「やらせ」と思われてしまうからです。視聴者はその辺は割と敏感ですから。もう言うべきネタは頭に知識として入っているのだから、司会進行役である今田耕司さんに合わせながら用意して来たネタをタイミングを見計らって喋ろうと思いました。この日この場所で行われた想定問答は、ほぼリハーサルと言ってもよい内容でした。しんごさんに関する80年代当時のエピソードブレイクダンスの解説しんごさんの神対応の紹介ここらあたりはマイペースに話せたのですが、、、やはり、最初のFさんと電話でお話した時のように、えみるちゃんの事故の話となった瞬間、僕の心はあの場所へ飛んでいき、これまでの事、あらゆる事が一気に押し寄せてくるように目の前に浮かんできて、つい先日の「ゆるら」の話に至ると、突如言葉が詰まってしまい、口が開いたまま、宙を見つめたまま、何も喋ることが出来なくなってしまい、やはり涙がとめどもなく溢れ出て・・・実は今この1文を打った瞬間にも涙が溢れ出ているのです・・・先の電話でも本番ではこうならないとFさんに約束した矢先にこの有り様でした。そこでこの想定問答はストップとなりました。Fさん、Yさん、Wさん、その節はご迷惑おかけしてすみませんでした。この後の練習では、この話題に関しては触れませんでした。本番直前のリハーサルも。(とにかく、本番では涙を堪えろ、しんごさんの目の前にいる俺が堪えなければ、はるかに辛い思いで語られるしんごさんがもっと辛くなる!)これだけは絶対に失敗しないと固い決意をしました。

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  • 20May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その11 ~プロ根性と拘りの戦い~

      4日の土曜日この日、11時半にテレ朝1階の徹子の部屋の前でFさんと待ち合わせ徹子の部屋の前で到着を伝えるとすぐFさんが迎えに来て局の中へ。向かったのは何のセットも置かれていない、だだっぴろいスタジオでした。その空間はどことなく庄和町の地下神殿(首都圏外郭放水路)に雰囲気が似ていました。スタジオの隅は側溝みたいなくぼみがありました。あれはどういう役割をしているのか聞けばよかった・・・あの側溝みたいなやつは翌日の本番収録のスタジオ(本番は六本木1丁目にあるアーク放送センターのCスタジオで収録しました。)にもありました。あれは何なんでしょう?しんごさん↑スタジオ。写真は撮りませんでしたが壁際に側溝というか塹壕みたいな溝があるんです。↑庄和町の地下神殿スタジオに着くや僕は真っ先に床の状態を確かめました。ブレイカーの習性ですね。この床の状態からどう踊るか、何の技をやるか決めるのです。実際にスピンしてみるとかなり引っかかる。スピンしにくい。当然ムーンウォークなどのスライド系もひっかかる。しかし、ブレイクダンスには不向きな床でも、それが当然だと思いました。カメラマンやスタッフの方が本番中に滑って転んだりしては大変ですから。安全上を考えれば、よくできた床なのです。そしてFさんと本題に入りました。短い枠の中、曲の編成をどうしようか?と。僕の中で曲を編成する上で押さえておかなければならない大事なポイントは決まっていました。・どんなに短いパターンで曲を編集するにしても「涙のtake a chance」をやる以上、誰もが「これぞ涙のtake a chance」と思う部分のメロディーと振り付けを入れなければならない。・ターゲットはあの時代のしんごさんを知る世代である。視聴者の中で大きく共感するのは、あの時代を知る世代の方たちであり、その方たちの大きなリアクションに釣られて、あの時代を知らない若い世代も(そうなんだ!風見しんごってスゲーな!)と反響が世代を越えて波紋のように広がっていく。そういった現象をネット時代になって目の当たりにしたからです。ユーチューブの影響が大きいと思います。この現象は先日のダパンプのインターネット番組にしんごさんが出演された後の新生ダパンプの若いファンの方々のネットでの反響を見ても一目瞭然です。僕たちが今回出演するのはネット番組ではなくテレビ番組ですが、同じことだと思います。もはやテレビはネットと連動していると言っていいのではないでしょうか。テレビでやればネットの実況や、放送後のツイッターなどで何らかの反応が起きますから。うまくいけば神回ともてはやされ、視聴率もアップにつながるでしょう。僕は製作側ではなく出演者ですが、やるからにはどうしてもそこに繋げたいと思いました。うまくいけば、それはしんごさんの人気や評判、そして出演の機会を与えてくださった番組に還元できる、恩を返せるからです。・となると絶対に見せ場はサビの部分と曲の間奏部分でのブレイクダンスは外せない、という結論に辿り着く僕は時間的にも2番のサビから始めて、そのまま間奏に繋げて、ソロパフォーマンス終了と同時に曲をフェードアウトさせてみませんか?と提案しました。そうすればDJがやるような技術は必要なく、原曲をサビから頭出ししてそのまま流せばいいだけだからです。で、実際にやってみました。観ている人はFさんだけです。思えば一人のお客さん?を前に踊ったのは、これが初めてかも?なんだかいつもと違う雰囲気に戸惑いつつも、サビからやってみたわけです。しかし、Fさんはどうも納得いかない様子。Fさんがおっしゃることを要約すると視聴者はまずブレイクダンスが見たいのであるから、「ブレイクダンスをやってみせて!」とふられたからには、サビの立ち踊りではなく、最初から派手なブレイキングの技が見たいそうなのである。しかし、テイクアチャンスをやる以上、技は間奏のインスト部分でないと絶対におかしい。そしてサビを定番のルーティーンで踊らなければ、それはテイクアチャンスではなく、単なるブレイクダンスになってしまうのである。番組では主役はファンであるということになっていますが、僕の中では、あくまでファンは、ファンしかわからないマニアックなファン目線で好きな芸能人の魅力を最大限に伝える担当者なのである、という認識でした。ですから、もし、単に僕がブレイクダンスを見せるだけだったら、「風見しんごさんを見てブレイクダンスができるようになりました」というだけの薄っぺらいものになってしまうと思っていたのです。しんごさんのブレイクダンスと言えば、真っ先に浮かぶのがテイクアチャンスであり、テイクアチャンスで必要な要素、サビからの間奏でブレイキングという流れは崩せないと考えていました。となると、単純に考えると曲を編集で切り貼りして、間奏を先に持ってきてブレイクダンスをやり、その後にサビで定番の振り付けを踊るという頭でっかちの奇妙な物しかありません。最初に盛り上げて、後半は静かに終わる、ダンスに関わらず、あらゆるショウや演劇などのエンターテイメント全般において、そんな流れなど有り得ないと思いました。やはり物語と同じで起承転結が大事だと。僕は製作側でもない素人であるのに一丁前に「ここだけは譲れない」というこだわりみたいなものがあって、きっとFさんを困らせたと思います。あらゆるパターンを試行錯誤しながら作るわけですが、どれもしっくりこない。それはFさんが1番感じていたことだと思います。編集して、切り貼りして出来上がった曲を流すたびに「ああダメ!気持ち悪い!」と嘆いていました。その姿からはFさんのプロ根性が溢れていました。こう言っては失礼ですが、何だか文化祭を思い出しました。Fさんの姿が文化祭の準備で遅くまで頑張る生徒会の生徒の姿と被ったのです。(ああ・・・俺が受け持って来たあの子たちも今はFさんぐらいの歳だ。こんな感じでやっているのかなぁ・・・いつか文化祭で一生懸命物作りを頑張っている生徒たちにFさんたち製作側の働きぶりを聞かせてあげよう。今頑張っていることが、そのまま役に立てる業界がある、もし、今やっていることを楽しいと感じているなら・・・きっと彼らのモチベを上げられることだろう・・・)と思いました。↑スタジオでもくもくと曲の編集作業をしているFさん。隣に散らかっているのは僕の私物。そんなことを考えながらFさんの編集作業を見ていると、ふと僕は昔を思い出しました。(たしか、しんごさんはバックダンサーを付けないで一人でテイクアチャンスをやっていたことがあるな・・・今もそうだけど、あの時は回転系を入れて一人で歌っていた・・・)(あの時、しんごさんはウィンドミルを曲のイントロと間奏で回っていた・・・そうだ!これっきゃない!)僕はFさんに曲のイントロをサビの直前にくっつけて欲しいと頼みました。(ジョイント部分は少し違和感があるけどイイ感じ!)(44歳の体力的にはかなり無理があるが、やれないことはないだろう・・・)「イントロでいきなり回ります。その後、サビにつないでサビを踊って、そのまま間奏でまた回ります。」とFさんに伝えました。で、即席に作ったイントロ~サビ~間奏(フィニッシュ)バージョンのテイクアチャンスで踊ってみました。意外とイケるかも!でも苦しい!息が出来ない!体力が持たない!でもやるっきゃない!こんなハードな踊り方は若い頃もしたことはありませんでした。教員になってからステージで一人で見せるブレイキングのショーケースも何度かやりましたが、あれは体力をうまく回復できるよう曲や踊りの構成に自由に小細工を加えたからできたようなもので、今回は一切の小細工無しです。なんとかギリギリで完成しました。Wさんもテレ朝に到着したようで、Fさんは他のスタッフの方にWさん夫妻を迎えに行くよう携帯で指示しておりました。これからが、この日のメインイベントだというのに僕は既に疲れ切っていました。実際にやる技は当日のスタジオの床次第。スタジオはここではなく、六本木1丁目のアークスタジオなので、翌日のリハまで床の確認もできない。ただ、必ず間奏というかフィニッシュでやる技はウィンドミルからのバックスピンでしんごさん定番のフリーズ(定番の決めポーズ)、ここは絶対に抑えなきゃならないポイント。バックスピンを入れるとなると床の状態も関わってくるのですが、少しでも汗で湿らせて滑りが悪くなるのを防ぐためにゲネリハ(衣装を着た状態でのリハーサルでの本番を想定した踊り)はやらない旨をFさんに伝えました。ゲネリハをやらないで技をやるとなると、テイクアチャンスの衣装を着てブレイキングをやる場合、問題となるのがサイドグライドという技。衣装の腹周りに滑りやすい素材のコルセットを3重に巻いており、尚且つゴツいネームベルトを更にその上に巻いている為、サイドグライドをやる際の肘の置き場に困るのです。腹のどの部分に引っ掛けても肘が滑って回っている途中でクラッシュするのです。この衣装でなければ100発100中で成功できる技も、このコルセットと床の状態で成功率は30~40パーセントに落ちます。でもやるからには1番の得意技をやらなければ申し訳ない!手抜き、妥協は許さないのが僕の主義です。少しでも技の成功率を上げるよう帰宅してからも踊り込みました。徹夜で。この独りよがりな拘りこそが僕の最大の弱点でもあるのです。

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  • 19May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その10 ~試行錯誤~

      放送が終わったところで、収録前の打ち合わせの日に話を戻します。番組内容と重なる部分もあるので、ネタバレしないよう敢えて放送終了後に記事に載せることにしました。この日の打ち合わせが終わり、次回はテレ朝でリハと言うか想定問答を行うため、4日(土)の13時に集合ということになりました。帰宅後、台本に目を通すと以前電話でFさんから言われた通り、僕が「涙のtake a chance」を踊る場面がありました。衣装については問題ないのですが、僕が1番気になったのは床というか地面と尺の長さでした。何しろ30分という短い枠の中に目一杯ネタを詰め込むわけです。素人目で考えてみても踊りで使える尺は数十秒~1分程度。DJがいれば曲を切ったり繋いだりBPMを合わせたり何かを挟んだりして自然な流れで1分程度の曲は仕上がるでしょうけど、その専門的な技術を収録日までのほんの数日の間にFさんに求めるのは酷です。ですが、尺の長さを決めなければ、当然曲は作れません。4分半の曲をどこから始めるのか、どこをどう切って、どう繋げるのか、そして実際に繋げて見て不自然ではないか、ここまでやって初めて曲が出来上がるわけです。そして曲が出来て初めて振り付けを考えられるわけです。ですが、僕たちにはその時間がありませんでした。この件に関して4日までかなりの頻度で僕とFさんは連絡のやり取りをしていました。ブレイクダンスという踊りを言葉で伝えるのはかなり無理があり、Fさんも相当理解するのに苦労されたと思います。それも僕はあらかじめわかっていました。ブレイクダンスで怪我をして病院に行った際、必ず医師から「どのようなことをやって怪我をされたのですか?」と聞かれるのですが、いくら言葉と身振り手振りも交えて説明しても伝わらないのです。そもそもブレクダンス自体、ほぼすべての動作が人間の本来やるべき動きではありませんので、当然と言えば当然です。技の特製を伝えられない以上、床の選定は不可能だと感じました。ですから、床に関しては、当日現場の床を触ってみて、臨機応変に技の選択をしようと思いました。キッチンマットやらリノリウムやらパネル式のフロアマットなど色々のパターンがあげられますが、ブレイカーでもない製作スタッフの方々がブレイクダンスに適した素材の床を揃えるのは、あまりに無理がありすぎるからです。技の問題はこれでひとまず解決?で、残るは曲の編集でした。これが決まらなければ振り付けもできないし、流れのイメージが掴めないのです。結局、決まったのは何パターンか踊りのパターンを用意してくるということでした。3日の夜、急きょ予約の入っていない時間帯だけダンススタジオを借りました。本来完全予約制なのですが拝み倒して何とか押さえました。ただし、与えられた時間は1時間半だけ・・・ここでまずやるべきこと、それは「涙のtake a chance」の1曲をひとりで踊る場合のフリを考えなければならないということでした。本来バックダンサーを従えて複数で踊るこの踊りを一人で踊る場合の構成をどうするか?しんごさんは80年代はテイクアチャンスを基本的にバックダンサーを従えて複数で踊っていました。ですが、現在はほぼ毎回ひとりで踊られています(ダウンタウンの番組やクイズ番組ではバックダンサーも使いましたが)。そこに着目しました。80年代の香りのする定番の振りを残しつつ、現在のしんごさんが単独で披露されている見せ方を融合してみよう。体力を考慮して可能な限り省エネな振り付けにして、見せ場で技をきちんと見せられるような構成にしよう。編集された曲を戴いていない以上、まず放送では絶対ありえないけどフルサイズで踊るパターンを考えよう。歌えと言われた場合に備えて片手がマイクでふさがった振り付けにしよう。ここまで考えを整理したところで早速作り始めました。スタジオは暑くて湿度が高い上、エアコンも使用できず、床がベタベタ。尚且つ社交ダンスの方たちが付けたであろうマツヤニでムーンウォークもサイドスライドもやたらと足がひっかかる。靴底までベタベタになる。本番でも使う靴だけど、もう仕方がない。(ダンスの場合、特にブレイキングの場合、普段履き慣れていない靴を本番で履くのはご法度。思わぬ失敗につながるからです。)振りの構成は80年代にしんごさんが見せていたテイクアチャンスの定番の振り付けと現在のしんごさんのテイクアチャンスの振り付けを融合し、さらに全体的に80年代テイストを感じさせる構成にしようと頑張りました。いくらフルサイズを踊るとはいえ、1番2番それぞれ振りを変えるなんて時間はありません。ですから1番の振りを考えて、それを2番でも使う。それと似た流れで自然にまとまるように間奏以降の振りを作る。そんなことを考えて踊りながら振り付けを考えたのです。とりあえず、完成したところで忘れないうちに動画を撮ることにしました。これがスタジオ撤収時間20分前のことです。そしてその時撮った動画がこちらです。↓ぶっつけ本番1本撮りでした。完成度も低いですし、ところどころ失敗だらけです。ですが、細かいところは気にしていられません。動画を撮り終えるや急遽予約も無しにスタジオを強引にお借りしたことを詫び、いそいで帰宅しました。Fさんは音作りの為、一刻も早く踊りの構成が見たいでしょうから、動画をユーチューブに公開することにしました。尺の長さは3パターン。ひとつはフルサイズ。ふたつめは2番から間奏の終わりまで。3つめは2番の後のサビから間奏の終わりまで。Fさんに動画を確認していただくよう伝え、翌日のテレ朝の練習、すり合わせの予定時刻だった13時よりも1時間半早い11時半に徹子の部屋で待ち合わせをして、開いたスタジオを確保して、踊りを実際に見せる、そして曲を編集する、ということになりました。そして、夜中から本番当日の朝の3時半までひたすら練習しました。本番は徹夜で寝ていないので目の下のクマがやたらと目立ちます。キョンシーみたいに。コンシーラーでも塗ってごまかせばよかった・・・↑予告映像

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    • 【ブレイクダンスの神様】風見しんごさんの神対応

      【いまだにファンです!】ご覧いただけましたでしょうか?番組の内容全体に関する細かなエピソードに関しては、後ほど詳しく書こうと思います。まだリハーサル前日の出来事について公開しておりませんので。オンエアー前に番組内容がネタバレしないように、オンエアー後に公開するつもりでしたので。リハーサル前の事は後ほど公開いたします。そして今日オンエアーされた内容について詳しくは、その後に順を追って書こうと思います。とりあえず、放送直後のここではブレイクダンスに関するエピソードに絞って書こうと思います。ああ・・・幸せだなあ!えみるちゃんきみのお父さんは、あれほど辛いことを経験されているのに、今も十分辛いはずなのに、それでも人にこうして幸せを与えている。夢と希望を与えている。きみのお父さんには本当に感謝と尊敬の念が止まない。きみのお父さんのおかげで、これまでどんなに救われてきただろう。僕は一生かけてでも恩返ししていきたいと思う。風見しんごさんとテレビで共演でき、しかも、日本全国の風見しんごファンを代表して風見しんごさんの魅力や功績、㊙エピソードを語らせていただけたなんて!しかも、しんごさんと一緒に「涙のtake a chance」でブレイクダンスを踊れるなんて!人生で1番幸せでしたし、誰が何と言おうと、日本中の風見しんごファンとブレイクダンサーの中で最も幸せだと思います。ゴールデンウィークはほぼ全てこの日の為に費やしたと思いますが、その1日1日が毎日充実して幸せでした。収録当日も徹夜でスタジオ入りした僕をFさんが心配されていましたが、「大変だとも辛いともこれっぽっちも思っていないです。好きでやっている事ですから。」と答えました。それが偽らざる本心でした。本番でも緊張はもちろんありましたけど、緊張を遥かに遥かに上回る喜びがありましたので、その緊張感すら幸せに感じていました。それと、これだけはどうしても伝えたかったのですが、安心感も感じていたのです。しんごさんが後ろにいらっしゃることで。どう喩えたらいいでしょう。幼稚園ぐらいの時、遠足や運動会に母親が来てくれると安心感を感じた覚えがありませんか?あの感覚に非常によく似た感覚です。しんごさんがいるから大丈夫!みたいな。あるいは、後ろに用心棒がついているみたいな安心感も感じましたね。ウルトラマンみたいな正義の味方が現れて安心できるみたいな。とにかく、うしろにしんごさんがいらっしゃることで安心感を感じていたんですよ。ちょうど後上方ですから、何だか天から見守られてるみたいな。僕は幾度となく後ろを振り向くのですが、そのたびに、しんごさんが優しい笑顔で返してくださって、何だか僕の心は再び10歳の子供の頃に戻っていくような不思議な感じでした。キラキラと輝くネームネックレスを付けていてくださった事も嬉しかったです。本当にえみるちゃんも一緒に見守ってくれているようで。キラキラの笑顔で。しんごさんがtake a chanceで登場された時も嬉しさと同時にやはり安心感といか心強さを感じました。しんごさんがこちらを振り返りながら踊ってくれるんですよ。なんだかスキーを始めたばかりの小さい子供が、お父さんの後ろをついていきながら、お父さんが振り向くたびに安心するような。ブレイクダンス関連の話に入りますが、実は放送された過去のしんごさんのブレイクダンス映像は「泣き虫チャチャ」や「BEAT ON PANIC」やレッツゴーヤングの映像など色々あったわけですが、収録日はゴールデンウィークの5月5日、しかも、今年は今までにない大型10連休という事もあり、権利を持っている関係各所と連絡が繋がらなかったんですよ。映像使用許可を得るための。しかも昔の映像ですし、そこに映っている一人一人とコンタクトして許可を得るというのはほぼほぼ不可能。という事で、番組収録中に使われた過去のしんごさんのブレイクダンスシーンと実際に流れたしんごさんのブレイクダンスシーンは異なるものとなったわけです。ですから僕の解説と映像が合わなかったり、指原さんがおっしゃった「決めポーズ」と実際に流れた映像、そして僕が踊って再現した決めポーズに若干のズレがあったわけです。↑昔の映像。定番のキメポーズ↑現在もあの頃と同じ定番のキメポーズかつて無いゴールデンウィークだったのもあって、やむを得ず収録中と実際の放送とで異なる映像が流れたわけなんです。フットワークの入っていない部分でフットワークと聞いて困惑されたダンサーの方、実はそういう事情があったのです。ですが、僕は逆に放送で本番と別の映像が使われて良かったですね。僕はかなりしんごさんの80年代のブレイクダンス映像は所持しているのですが、あの映像は少ししか持っていなかったんですよ。なので嬉しかったですね。新しいコレクションが増えたので。↑放送で使われた方の画像。衣装もかっこいいですよね。それと僕の学校での様子や僕の子供の頃の写真が流れていましたが、あれは収録後に学校での写真や映像、そして、しんごさんに影響を受けた小学生時代の写真から中学校、高校、そして現在に至るまでの写真を提出し、そこから抜粋したものです。↑教室でブレイクダンス↑三送会でブレイクダンス↑技↑涙のtake a chance↑問題。僕はどれでしょう?こういった映像や画像をその都度提出していました。そして、僕がしんごさんと踊った時の話ですけど、本当に知らされていませんでした。ひとりで踊るものだと思っていました。そのためにカメラ前、センターの立ち位置まで指示を受けておりましたので。トークの流れの中「今ここで踊れますか?」と振られ、「スペースさえあれば」ということで、たくさんあったカメラと無数の配線コードを移動していただいて即席に僕が踊るスペースを用意していただきました。しんごさんの前でテイクアチャンスを躍らせていただけるだけでも、この上ない大変光栄な事だと思っていたんですよ。カメラの準備ができるまでカメラの前の中央でスタンバっていて、後ろでは今田耕司さんが「涙のtake a chance」を歌っているんですよ。思わず振り返って「今田さん、しんごさんのファンですね!」と言ったら、やはりそうだと。収録中もやけにしんごさんについて詳しいので今田さんから風見しんご愛を感じていたんです。(この方も間違いなく風見しんごファンだ。)と。かつて別番組でも何度かしんごさんと共演されていましたが、しんごさんに対する敬意を凄く感じていたんです。今だからぶっちゃけて言いますが、今回はファンが3人並んで座っているようなもんだったんです。今田さんと僕とWさんと。これで爆笑問題の太田さんとか入ったら、「アメトーク!」みたいになっちゃいますね。今回は「風見しんご芸人」みたいな。でも、実際アメトークに近い物がありますよね。素人が語るという点を除けば。でも、内容はアメトークよりもコアでマニアックだと思います。単なる「~好き」では、長年のファン代表としての責務は全うできませんから。自分が追いかける芸能人に関する「知識」だけでなく、その芸能人を追い続ける中で得た自分なりの経験談、エピソードも必要なんです。そのことによって、どんな人生を歩んだのかとか。今の生活にどう影響しているのかとか。もちろん30分という短い尺ということもあり、それをオンエアーすることはできませんが、かなり濃くて深い話をしていたんですよ。アメトークではそこまで求めませんから。熱しやすく冷めやすいという日本人特有の、いわゆるミーハーが多い芸能人ファンの中で、ひとりの芸能人だけを応援し続けるには、それなりの理由があるはずなんです。僕の場合、しんごさんに完全にハマったキッカケは34年前のしんごさんのブレイクダンスでした。当時の小中学生の男子は僕と同じようにハマっていたのです。ですが、僕は他の誰よりもその熱が熱かった。そして、いつまでも冷めなかった。僕自身、拘りが強い性格もあると思います。今思い返してみると、僕は1度好きになったもので、後に嫌いになったり興味を失った物がほとんどありません。ドラえもんもそうです。(ちなみに今この瞬間もドラえもんのTシャツを着ています。)ウルトラマンもそうです。キン肉マンもそうです。車もそうです。愛車はCOPENですが、発売した年に買って、いまだに乗り続けています。バイクも何十年もSRに乗り続けています。飛行機の操縦もそうです。いまだに足を洗えません。言うまでもなく、ブレイクダンスも。しんごさんに影響されてブレイクダンスを始めて以降、様々なストリートダンスが生まれてきましたが、僕はずっとブレイクダンスだけしかやっていません。そして妻もです。妻に関するエピソードはしんごさんのラジオでも語らせていただきましたが、いずれその事についても書こうと思います。番組では語りませんでしたが、僕のそういう性格も長年ファンを続けてきた理由のひとつだと思います。それにしても、僕は本当に信じられないぐらい幸せ者です!タイムマシンで過去へ行って、10歳の僕に教えてやりたいです。「おまえは将来最高に幸せ者になれるぞ!テレビに出れるんだ!風見慎吾さんとテレビでブレイクダンスを踊れるぞ!たっちんと!」僕は複数の夢を叶えることが出来たんです。こうしてテレビにしんごさんと一緒に出たこともそうですし、↑僕の小学校の卒業文集。卒業文集なのにテレビについて書いています。子供の頃からテレビ大好きの根っからのテレビっ子だったんです。字も子供の頃から下手です。今も変わらない字ですよね?しんごさんしんごさんと「涙のtake a chance」を踊ったこともそうですし、↑絵馬にも願い事して書いていたんですね・・・願いが叶ったんです!字も下手ですね!小学生の時と変わりません!毎年あちこちの神社などの絵馬にこうやって書いていたんです。そして、日本全国の風見しんごファンを代表して風見しんごさんを語れたことは、あの頃だって夢見たことも無い夢のような話でした。それが現実となるなんて!僕はなんと幸せ者なんだろう!フラッシュダンスに影響を受けてブレイクダンスを真っ先に始めたしんごさんやアキラさんや原田さんやSAMさんが日本におけるブレイカー第一世代だとしたら、僕らは第2世代に当たるわけですが、90年代アンダーグランドを支えた核となったのが第2世代だと思います。第2世代は皆オーバー40ですが、この歳でまだ続けている人は一体どれほどでしょうか?少なくとも僕の周りはとうの昔に皆引退して今は僕だけです。ブレイカーとして上を目指していた連中やプロを目指していた仲間はとうの昔に辞め、僕よりずっと後に始めた後輩たちも大半が辞めていきました。他のジャンルのダンサーの事情は知りませんが、ブレイカーの場合、暴走族やアイドルじゃありませんが、それぞれが「引退」を意識するようになって辞めていきます。引退の理由は様々です。職について練習時間がなくなったり、怪我であったり、家庭を持ったり、他のジャンルへ移ったり、年齢や体力に限界を感じたりと色々。僕もいわゆる「官製ブラック」と呼ばれる職業ですから練習時間の確保は本当に難しいし、もう44歳になるわけですから体力的にも無茶苦茶厳しい物があります。ですが、辞めようと思った事はありません。これまでも周りがどんなに辞めろと言っても辞めませんでした。おそらく、職場の上司から「辞めろ」と命令されたとしても辞めないでしょうね。しんごさんもおっしゃっていましたが、出来る技はどんどん少なくなるけれども、ワクワクする気持ちは何歳になっても変わらないんです。たとえ、今後六歩しかできなくなっても僕はブレイカーを辞めません。諦めずに続けてきたからこそ、こうして風見しんごさんと踊れたわけですから。今でも鮮明にあの時の感動がよみがえります。左後方からしんごさんがやってきた時のあの興奮を!本当に打ち合わせも何もしていないんですよ!まさかの!まさかのtake a chanceですよ!本当に驚いたし興奮しました。舞い上がりましたよ!サビを一緒に踊りながら最高に幸せな時間を噛み締めていました。イェー!Come on ! come to me !当初は僕一人で踊るつもりでサビの振り付けも別の物を用意していたのですが、しんごさん登場と同時に、急きょ80年代のバックダンサーと同じものに変えることにしました。しんごさんに主役を譲ろうと思ったからです。そして、間奏のブレイクダンスのソロパフォーマンスで先に踊った後、しんごさんにフィニッシュの締めをキメていただこうと考えたのです。ところが、しんごさんはそんな僕の気持ちを読んでいたのです。そして間奏が始まるや「さお!行くぞ!」とソロに飛び出そうとした瞬間、真っ先にしんごさんがブレイキングを始めたんです。あの80年代のブレイクダンスをそのまま再現する形で!真っ先にソロに入り、ウェーブを流し始めるしんごさんかなりエグイ80年代スタイルのウェーブ!そしてLAスタイルからの~バックスピン!いぶし銀のバックスピン!これぞ80年代!オールドスクール!フィニッシュはしんごさん定番のフリーズ(キメポーズ)!芸術的!見事なソロパフォーマンスでした!となると僕がフィニッシュのおいしいところをもらってしまうことになるわけです。しんごさんは僕を主役にするために敢えて真っ先にソロを始めたわけです。そして華麗なバックスピンをキメた後に「さあ来い!」と。↑しんごさんがソロを終えるや僕を指さして「俺を超えてみろ!さあ、来い!」バトル開始です!もはや師弟対決です。↑「では本気でいきます!」とトップロッキングからスタンディングのニューヨークスタイルからの~ウィンドミル!ウィンドミルからバックスピンにつなげてしんごさん定番のフリーズ(キメポーズ)!本当に驚きと感動と感謝でいっぱいの思いで僕も飛び出しました。こんな気持ちでフロアーに入ったのは何十年のブレイカー人生で初めてです。あの場面でも、しんごさんから神対応というか、神がかったお心遣いをいただいていたわけなんです。一緒に踊っていただけるだけでも神対応なのに、さらに主役を素人の僕に譲ってくださったという・・・しんごさんの1番の専売特許であるブレイクダンスで素人の僕に主役を譲ってくれたんですよ。本当に心の優しい思いやりのある方なんです。風見しんごさんという方は。僕はこの恩に報いようと、バトル形式で、しんごさんのバックスピンに重ねるように、全力でウィンドミルからのバックスピンそして、しんごさん定番のフリーズ(決めポーズ)をやることで「80年代の風見慎吾」を演出しました。VTRをご覧になった方もお気づきでしょうけど、床は何も敷かれていないスタジオのフロアです。大勢のスタッフの方々が土足で歩いている普通の地面です。当然汚れもあるでしょう。それなのに、しんごさんは立ち技ではなく、敢えて背中で回って洋服を汚してまで僕のために尽くしていただいたのです。本当に感謝しかありません。長年ブレイカーをやってきましたが、やはり大御所の先輩の中には、同じストリート出身でも服や手を汚したくないからと、滅多な事が無ければフロアーに入らない方もよくいましたが、あの風見しんごさんが、日本ブレイクダンス界のレジェンドで神様みたいな存在の風見しんごさんが素人の僕のために体を張ってここまでやってくださるという・・・きっとこのオンエアーを見ていた全ブレイカーが感動したと思います。しんごさんの神対応に。本当にブレイクダンス界の神様ですよ。そして、僕が踊り終えると・・・なんと!しんごさんから握手を!人生で最高に幸せを感じた瞬間でした!今日のオンエアーまで、(本当にあれは現実に起きたことなのだろうか?)と時折自分自身を疑ってしまうほどでして。それぐらい凄いことだったんです。取り急ぎ、放送直後のブレイクダンス裏話ということで。この後は、ネタバレしないよう公開していなかった本番収録前日の裏話に続きます。

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  • 18May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その9 ~地底世界にドールハウス~

      5日の日曜日いよいよ本番収録当日本番ではどんな地面か分からないため、敢えて条件の悪い場所でひたすらサイドグライドを練習明け方3時半までやりました。この後、寝てしまうと体がダルくなるので、そのまま起きていることにしました。(どうせ起きているなら台本でも見よう・・・)と思ってもダメです。文字を見ると、どうしても眠くなる。なので、台本に書かれた1番大まかな流れだけをチェックし、あとは今日話すべきことを何も見ずに頭の中で思い浮かべ、整理しました。(とにかく俺の役目は風見しんごさんによって人生がこんなに変わった。その風見しんごさんの魅力と影響力を目一杯伝えることだ!)(なにも難しいことは無い。ありのままを伝えればいいだけだ。関西弁の陽気なおじさんとノリのいいカワイ子ちゃんに。)そう思うと緊張も薄れ、気が楽になりました。集合は12時に六本木1丁目にあるアーク放送センター。集合時間より1時間早く着くように家を出ました。アーク放送センターに着くと、外は何やらイベントが開催されているようで、家族連れのお客さんでいっぱいでした。携帯で到着した旨を告げるとスタッフの方が迎えに来てくれ、中へと案内されました。つきあたりの壁には、この日にスタジオを使う番組と演者の名前が書かれた紙が貼ってあり、どうやらドラマか何かの撮影も来ているようで、出演者の名前に天海祐希さんの名前も入っていました。「天海祐希さんだ!あの人、今でもめっちゃ綺麗ですよね!」と思わず案内していただいたスタッフの方に本音を言ってしまいました。あの人はなぜ老けないのでしょう?不老不死の薬でも飲んでいるのでしょうか?不死鳥でも食べたのでしょうか?いまだにファンです!でも呼べばいいのに。宝塚時代からのコアなファンが来るだろうな。。。その天海祐希さんたちの名前が書かれた紙の横には、僕たち出演者の名前が書かれた「いまだにファンです!」の紙が貼られていました。そして楽屋に案内されると入り口には大きく僕の名前が書かれた張り紙が!これぞ「ザ!楽屋!」って感じ。↑僕の楽屋でも紙には自分の名前しか書かれていなくて。ということは・・・(え?まさか俺一人に一部屋?VIP過ぎる!)楽屋はまさかの一人部屋でした。↑This is my room.部屋も結構広くて驚きました。僕はこれまでも色々なステージに立ちましたが、どこの楽屋もタコ部屋みたいな相部屋がほとんどで、そこでみんなとギャーギャー騒いでいたのですが、今回はまさかの一人一部屋。Wさんはご家族で来られるので1家族一部屋となるわけですが、この高待遇には驚きと同時に感謝しかありません。イチ素人のためにここまでしていただけるとは!部屋には真新しい本番用のカラーの台本とお昼のお弁当まで用意されていました。(グルグル回るから本番前は食べられないけど、ありがたい!本当にありがたい!)至れり尽くせりで本当に感謝しかないです!ありがとうございました!そして、FさんやWさんたちと一緒にスタジオを観に行きました。学校の放送室のような小部屋を抜けると階段があり、遥か下の方にスタジオがあるといった感じ。(こんな下にスタジオがあるんだ!しかし、暗さといい、まるで地底世界じゃん!)前日に音作りで使ったテレ朝本社のスタジオもそうでしたが、どことなく雰囲気が庄和町の地下神殿に似ていました。↑庄和町の地下神殿(首都圏外郭放水路)そこにいるたくさんのスタッフの方々はまるで地底人といった感じ。ドラえもんの映画で地底世界を扱った「のび太と竜の騎士」を思い出していました。かなり高い位置からスタジオ全体を見回せました。暗いスタジオの中、番組のセットだけが煌々と輝いていました。喩えるなら夜間に照明に照らされて闇夜に映えるパチンコ屋の看板のようでした。(よくできているな~!)と感心して、見ているだけでワクワクしてきました。階段を降りようと何歩か降りると空気が変わったと言うか、気圧が変わった感じがしました。これは飛行機のように高度変化で感じる気圧の変化ではなく、スタジオ内の空気密度が外と比べ、かなり薄いことによる気圧の変化だと感じました。(これはブレイクダンス踊ったら相当息が切れるだろうな。かなり体力を奪われるだろうな。一発で決めなきゃ・・・)と直感的に感じました。階段を降りると無数のカメラ地面にはおびただしい数のコード。カメラマンなどたくさんのスタッフの方々が動き回っている。(こんなにたくさんのプロフェッショナルな方々が今日僕らのために動いてくれているんだ・・・)もう手を合わせたくなるほど感謝しかありませんでした。(こういった方々に支えられて初めて演者は輝くことが出来る。健、忘れるなよ。当たり前だと思うなよ。この人たちに感謝しろよ。)と今は売れっ子俳優となった後輩に心の中で語り掛けました。テレビで観る分には趣味で集めたグッズに囲まれたポップな感じの部屋ですが、実際現場で離れた位置から見ると、家を半分にパカーンと割って、その断面から家の内装を見えるようにしたシルバニアファミリーのドールハウスのようでした。(ここで喋るのかぁ。嬉しいなあ!まるでドールハウスに入れるみたいだ。ある意味子供の頃の夢が叶うなあ!)と思いました。この後のリハで伺ったのですが、このセットはこの番組のためだけに作られたセットだそうです。かなりお金をかけて。凄いですよ。奥行きもあって、テレビ画面には映らない奥の方まで、インテリアできちんとデコレートされていて。思わず「このセット、番組が終わったら2、3年後にまた使えばいいのに。みんなが忘れたころに。」と本音が口から出てしまいました。それぐらい素晴らしい造りなんですよ。こういうポップな雰囲気、好きなんですよね。僕がこの歳になっても未だに原宿が好きな理由も同じで、原宿の明るいポップな雰囲気が好きだからです。50’sっぽい小洒落た街並みの入間も好きですね。アメリカングラフィティーとかの60’sも好きです。とにかく明るいポップな雰囲気が昔から好きなんですよね。夢で溢れたおもちゃ箱みたいな世界が。テレビ朝日【いまだにファンです!】司会:今田耕司    指原莉乃ゲスト:風見しんご放送は今夜!25時30分~26時00分(正確には日付変わって日曜午前01:30~02:00)しんごさんとブレイクダンスやりますよ!永久保存版ですよ!絶対にお見逃しなく!

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  • 17May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その8 ~衣装~

      明日の土曜深夜「いまだにファンです!」の予告映像をご覧になられた方はお気づきかもしれませんが、僕が着ている衣装、あれは80年代、風見しんごさんが「涙のtake a chance」でブレイクダンスを踊られていた頃の定番の衣装を真似て作ったものです。↑歌のトップテンの時の模様80年代、しんごさんはトップテンに出演するということで番組に感謝の意を込めて胸にトップテンと入れています。90年代後半、とんねるずの生ダラのブレイクダンス企画に出演された時は胸に「生ダラ」と入れていました。そこで僕もその真似をさせていただいて、衣装の胸と背中に文字をいれることにしました。まずは、胸の拡大写真です。じゃん!何て書いてあるか読めますか?そうです。SHINGOKAZAMIと書いてあるのです。続いて、背中の画像です。じゃん!う~んこれはちょっと難易度が高いですねぇ。読めますか?ヒント日本語の意味は「伝説のB BOY(ブレイクダンサー)」です。正解は、LEGENDARY B BOY「レジェンダリー ビーボーイ」と読みます。つまり、この衣装には、このブログのタイトル「伝説のB BOY 風見しんご」と書かれているわけです。では、予告映像をご覧ください。腹部には黒のコルセットを3重に巻いています。更にその上にネームベルトを巻いています。ちなみにベルトは僕のB BOYネームである「 LUPIN (るぱん) 」と書かれています。放送は明日の土曜日の深夜25時30分~26時00分(つまり日付変わって日曜の午前01時30分~02時00分)【テレビ朝日】【いまだにファンです!】司会:今田耕司    指原莉乃ゲスト:風見しんご絶対お見逃しなく!

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  • 16May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その7 ~理由~

      共演者のWさんも到着して早速打ち合わせに入りました。もう既に仮の台本を渡され、台本を見ながら流れの確認をしつつ、僕らの提供する資料や情報、思い出、知識などの確認、すり合わせ。スタッフの方々にしんごさんについて80年代の過去まで遡って説明するわけです。他のアイドルと風見しんごさんの違いであるとか、どういったところが魅力であったのかとか、なぜファンになったのかとか、当時の番組でどのようなキャラでどのような活躍をされていたのかとか。この番組で1番重要なところなんですよね。そこが。なぜ風見しんごさんなのか?他のトシちゃんや郷ひろみじゃダメなのか?しんごさんがデビューしたのが82年。僕がしんごさんのファンになった理由を述べるには、更にそれ以前まで遡ります。以前ブログの記事にも書きましたが、僕には知的障害のある兄がいます。そして、僕には幼少時代ずっと僕の面倒を見てくれたトシくんという近所に住む歳の離れたお兄ちゃんがいました。トシくんには妹がいますが、面倒見の良いトシくんは僕に対しても弟のようにかわいがってくれました。ウルトラマンや仮面ライダーのカードを何冊もアルバムごとくれたり、ウルトラマンの消しゴムやスーケシ(スーパーカー消しゴム)やミニカーをくれたり、僕の持っているおもちゃのほとんどはトシくんから戴いた物でした。いつもトシくんの家で遊んでいたのですが、ある日、トシくんの父親が亡くなり、トシくんは引っ越してしまいました。僕はまだ幼いから、引っ越しがどういうことなのかわからなかったのです。いずれ帰ってくると思っていたのです。僕はトシくんが引っ越した後も空き家になったトシくんの家の庭で一人で遊んでいました。いつかまたトシくんが帰ってくることを信じて。やがて、その家に一つ年下のマーくんが越してきて遊ぶようになるのですが。(まーくんのお母さんは大の細川たかしファンで、いつも爆音で細川たかしさんの歌が流れていました。)そして僕が小学校に入ると風見しんごさんがデビューしたのです。僕の小学校で圧倒的に人気だったのは欽ちゃんファミリーの中でも「こにたん」こと小西克幸さんでした。草食系イケメン男子がモテる現在の価値観と当時の価値観は真逆でした。こにたんは筋肉質で男くさい人で、当時ああいった感じがモテたのです。僕が高校時代までその風潮はありました。モテる男の条件は吉川晃司さんのような逆三角形ボディー。今でいう草食系イケメン男子は当時は絶対にモテない部類に属し、「もやし」とか「割りばし」とか言われて馬鹿にされる時代でした。そうならないために中学入ると筋トレする男が多くなったのを覚えています。運動会の組体操でガリガリボディーじゃみっともないからです。ちょっと話がそれてしまいましたが、そんな時代でしたから、こにたんは人気があって当然だったのです。ですが、僕は「こにたん、こにたん」言っている女子たちに対して、「いや、風見慎吾だろ!」と断固、風見慎吾推しだったのです。それはなぜか?しんごさんの醸し出す面倒見が良さそうな優しい雰囲気がトシくんと被って見えていたからです。僕はトシくんの喪失感を引きづったままだったわけですが、そんな時にしんごさんが現れ、しんごさんにトシくんの面影を見出していたのかもしれません。夜、テレビでしんごさんを見ると安心したものです。近所のお兄ちゃんがテレビに出ているような親近感を感じていたのです。しんごさんがもともと持っている優しい面倒見の良い雰囲気はもちろんのこと、欽ちゃんの番組が持つ特有のアットホームな雰囲気も後押ししてその印象を高めたのかもしれません。そのしんごさんがやがて「僕 笑っちゃいます」でヒットを飛ばしてアイドルになるわけですが、もともとそういうイメージのある方ですから他のアイドルと違って見えたのです。ジャニーズみたいなアイドルだったら普通は「手の届かないあちら側の人」といったイメージを大抵の男子は持っていると思うのですが、しんごさんは違うのです。「手の届きそうなこちら側の人」というイメージ。近所のお兄ちゃんがアイドルになっちゃったみたいな。下手な喩えかもしれませんが、「あしたのジョー」の泪橋の子供たちがジョー兄貴を応援しているみたいな。↑レッツヤンで「泣いちっちマイ・ハート」を歌うしんごさん。この独特の雰囲気に凄く親近感を感じていたのです。そのこちら側の人だったしんごさんが、やがて、それまでジャニーズすら出来なかったブレイクダンスをやっちゃったわけです。当時、日本人には絶対無理と言われていたブレイクダンスを。だから僕たちは喰らったワケです。「スゲー!こりゃ俺らもやるっきゃねー!」と。これがトシちゃんだったら僕らはそうはならなかったでしょう。「スゲーな。さすがジャニーズじゃん。」で終わりです。(どうせ俺らには無理無理)と諦め、真似することもありません。一般的な男性アイドルに対して僕らは、(彼らは顔が良くて当たり前、歌えて当たり前、踊れて当たり前、どんなに俺らが努力したところでああなるのは無理)と思っていました。だから、彼らがバク転したって僕らは誰も真似しませんでした。唯一真似したのは光GENJIのローラースケートやスケボーぐらい。あれは簡単そうだし面白そうだから真似しただけで、彼らみたいになりたいと思って真似したわけではなかったのです。やはり僕らの手の届きそうな存在の人がやらなければ僕らは影響を受けないのです。しんごさんのブレイクダンスを世に知らしめるキッカケとなった「涙のtake a chance」の振りの構成演出を決めたのは欽ちゃんだと、しんごさんはおっしゃっていました。「かっこいいな」じゃダメ。「僕も踊ってみたい。練習したら僕にも踊れそう」という振り付けにしろ、と欽ちゃんに言われたそうです。そして、それが正解だったわけです。僕らの手の届く存在が僕らにも頑張ればできそうなことをやってくれたから僕らはやり始めたのです。そしてこれこそが僕がしんごさんを目指すキッカケとなったのです。それまでの僕は単なる風見慎吾推しのファンだったワケですが、しんごさんのブレイクダンスに影響を受けたことをキッカケに普通のファンじゃなくなったのです。しんごさんが目指す対象になったのです。今でもしんごさんは目指す対象です。ダンス以外の面も含めて。これは本当に特殊な例なのかもしれません。「34年間、風見しんごという人を目指している人」正確に言うと、そういうことになります。もちろん番組では尺の関係でここまで話せませんが、もし、あの番組をご覧になられた方で、たまたまこの記事をご覧になられた方がいらっしゃれば、どうしても、ここだけは知って欲しくて長々と書き連ねてしまいました。すみません。打ち合わせの話に戻します。その他、当時の映像を紹介する際のいくつかの候補にあがった映像を観ながら、その映像について説明させていただいたりしました。映像の確認では、当然のことながら、しんごさんのブレイクダンス映像がたくさん流れたのですが、担当のFさんや放送作家のYさんはもちろん、ファン歴37年のWさんだってこれに関してはわからないところだらけです。ですが、僕の場合、専門ですから、ここは僕がほぼひとりで説明したのですが、自分でも驚いたのが、しんごさんのブレイクダンスシーンのどの映像が流れても自然に踊りの解説が口からスラスラと出てくることでした。この後どういう流れでどうするのかとか全て頭に入っていたのです。泣き虫チャチャの茶の間のブレイクダンスのワンシーンをとっても完コピしていて手足が自然に動くのです。34年間しんごさんを追い続けた結果、自分でも気づかない間にこんな芸を身につけていたことに我ながら感心しました。(映像の使用許可の関係でG/W中だったこともあり、関係者と連絡が付かず、収録中に使われた映像と放送で使われた映像は全く異なる物となってしまった為、映像と僕の解説が一致しなかったり、しんごさんの定番のキメポーズが映らなかったりと申し訳ありません。異例の10連休であった事と映像があまりに古いため、関係各所すべてに連絡がつかなかったのです。)そして、映像を観ながら、しんごさんの得意技などを解説している時にウィンドミルの映像が流れて、Fさんが「これ、できますか?」とおっしゃられたので、「スペースさえあれば」と答えました。そして、僕たちはそのブースの外の廊下に移動、スペースはかなり狭く、下はカーペットで滑らない。その時着ていた服も滑る要素全くなし。かなり厳しい条件でしたが、(やれないこともないだろう)と思い、そこでやってみることにしました。Fさんが動画撮影のためスマホを構え、僕もストレッチや準備運動も無しに早速回り始めました。いざ回ってみるとさすがにカーペットの摩擦で熱い。壁とのクリアランスもないので、1点を軸に回らないと壁を傷つけてしまいますから、わずかでも軸をずらさないよう集中して回りました。カーペットですからバックスピンには入れずに勢いの付いたウィンドミルを強引にストップさせて終わらせていただいたのですが、顔を上げると通行しようとしていた方がビックリしてこちらを見ていたので恥ずかしいやら申し訳ないやら・・・まさか初めてテレビ朝日の局内に入れてもらったこの日に、局内の廊下でウィンドミルをやることになるだなんて夢にも思いませんでした。テレ朝の局内に入った数十分後には廊下でブレイクダンスを踊っているという・・・そう言えば、学校でも同じようなことをやっているなぁとふと思いました。しかし、よくあの厳重な警備の局内でブレイクダンスをやって警備員が飛んでこなかったものです。僕のやっていることは今でも、ありえない場所、ありえないシチュエーションでブレイクダンスを踊る「ヤヌスの鏡」で風見しんごさんが演じた「たっちん」と同じなんですよね。↑教室でウィンドミルからのバックスピン↑予告映像放送は5月18日(土) 25:30~26:00 (つまり日付け変わって19日の日曜01:30~02:00) 【テレビ朝日】【いまだにファンです!】司会:今田耕司さん、指原莉乃さんゲスト:風見しんごさん永久保存版 間違いなし!お見逃しなく!

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  • 15May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その6 ~違い~

      今回のオンエアーで注目していただきたいところがあるのです。それはもうひとりの共演者であり風見しんごファンであるWさんと僕との違いです。以前しんごさんの番組で共演させていただいたNさんもそうですが、NさんやWさんはいわゆる正統派と言いますか、一般的なイメージでの「ファンとはこういうもの」にガッチリ当てはまる方だと思います。レコードや写真集などのグッズを集め、コンサートには必ず行き、雑誌を買っては切り抜いてスクラップブックに貼り、収録の情報を得れば出待ちなどに足繁く通い、本人が出てくれば遠くからキャーキャー声援を浴びせて、近くに来れば手紙やプレゼントを渡したり、サインや写真をねだる、これが僕の中での芸能人の一般的なファン像です。ですが、僕は今もそうなのですが、そういうタイプではありません。もちろん当時僕は小学生で、しかも家は極貧ですから、そのような一般的なファン活動はできないわけですが。僕の場合、子供の頃からちょっと変わっていて、好きなもの、憧れるものに会いたいという気持ちよりも「それになりたい!」という気持ちが勝ってしまうのです。もちろん会いたいのは会いたいわけですが、(俺もそうなりたい!)という気持ちが人一倍強いと言いますか。。。ですから幼少の時なんかは帰ってきたウルトラマンの郷秀樹になりたがっていましたね。で、自分がウルトラマンであることを白状してウルトラの星へ帰るというのが当時の僕の夢でした。しんごさんに対しても同じでした。僕はしんごさんのようになりたい!という強い意志が34年間ずっとあります。最初はしんごさんのブレイクダンスを見て、(オレもあんな風に人前で踊りたいなあ!ディスコや街中で踊ってキャーキャー言われたいなあ!)という気持ち、おそらく当時しんごさんに影響された僕と同世代の男は誰もがそう思った事でしょう。ですが、僕はその気持ちが誰よりも強かったと自負しています。しんごさんに会いたくてアイドルの追っかけという意味でしんごさんを追いかけて来た、いわゆる正統派ファンのWさんとしんごさんを目指し、しんごさんのようになりたくて、しんごさんの背中を34年間追いかけて来た僕との違いどちらもファンではあるけれど、大きな違いがあるということが放送からも見てとれるかもしれません。(放送は今週土曜日の5月18日 テレビ朝日にて深夜25時半~)↑予告映像思い返すと、高校や大学時代、仲間にはプロダンサーを目指している奴もいましたが、僕はプロダンサーになりたいと思った事は1度もありませんでした。当時、僕の中でのプロのダンサーとはイコール誰かの後ろで目立たぬよう踊るだけの人だったのです。僕はしんごさんに憧れてブレイクダンスを始めたわけです。そして、そのしんごさんは常に1番目立ったところでスポットライトを浴びて注目を集める人でした。そのしんごさんに憧れてブレイクダンスをやっていたわけで、バックダンサーに憧れてブレイクダンスを始めたわけではなかったからです。当時、僕の中ではそのバックダンサー=プロのダンサーだったのです。高校生、大学生になるとやがてニュージャックスウィングやハウス、ヒップホップ(ニュースクール)といった立ち踊りが出てきて、プロのダンサーを目指す人はそういった新しい踊りを吸収しなければなりません。ですからプロ志向の高い奴ほどブレイクダンスを辞めて次のステップを踏み出していきました。でも僕はブレイクダンス以外の踊りなどサラサラやる気はありませんでした。しんごさんもブレイクダンス1本だったからです。僕は(風見しんごになれればそれでいい!)常にそういう気持ちでした。ブレイカーとして上を目指しているわけでもなく、「風見しんご」を目指していたのです。仮にブレイカーとしてトップランカーを目指してガムシャラにやっていたら、この歳まで踊れなかったと思います。おそらく30歳までに体壊してブレイカーを引退していたと思います。僕がこの歳でもブレイクダンスを続けられるのも、やはり目標をあくまで風見しんごさんに設定していたからだと思います。放送は5月18日(土) 25:30~26:00 (つまり日付け変わって19日の日曜01:30~02:00) 【テレビ朝日】【いまだにファンです!】司会:今田耕司さん、指原莉乃さんゲスト:風見しんごさん永久保存版 間違いなし!お見逃しなく!

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  • 14May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その5 ~思い出す昭和の時代~

      小さなブースで放送作家のYさんと雑談しながら待機していると、やがてもうひとりの共演者の方がご主人と娘さんを連れて現れました。実を言いますと、僕はテレビ局に入ることやFさんたちテレビ局の方々にお会いするよりも同じ風見しんごファンであるもう一人の共演者の方にお会いすることの方が緊張していました。おそらく80年代からしんごさんのファンをやっている中で僕は最年少クラスです。当時のファンクラブの方や、いわゆる親衛隊と呼ばれる方々は当時僕にとっては「大人な存在」であった中高生。この方々と貧乏家庭で育った小学生のちんちくりんだった僕とは同じファンでも大きな違いがあったのです。経済力と言う僕らチビッ子には努力しても解決できない壁が。風見しんごファンに限らず、他の芸能人のファン、あるいは現在ではアニメキャラのファンでもそうだと思いますが、この方々がファン活動で費やすお金と労力がどれぐらいのものか多少なりともわかっているつもりです。たとえば、好きなアイドルが雑誌に出たと聞けば、即その雑誌を買い、そのアイドルの記事を切り抜き、スクラップブックに貼る。コンサートがあると聞けばコンサートに行く。番組収録の情報を掴めば電車に乗ってテレビ局へ行き出待ちをする。レコードを出したと聞けば即予約してレコードを買う。当時のアイドルは約3か月ごとにシングルを出していたとレッツゴーヤングのイベントでしんごさんはおっしゃられていました。それだけのお金を捻出できなければファン活動は続けられないのです。現在自衛官の甥っ子はいわゆるオタクですが、彼が中学生の頃から、好きな物にかける金額はハンパじゃありませんでした。両親や祖父母にせびってお金を捻出していましたが・・・やがて心移りして別のアニメが好きになり、それまでのコレクションは手放すという・・・これは芸能人のファンも同じだと思います。別にその芸能人が悪いのでも何でもなく、時代と共に常に新しい人、若くてかわいい子が出てきたら、そっちを応援したくなるという心理なのでしょう。以前AKBのファンの方がテレビで言っていましたが、「彼女たちは劇場時代から自分たちが育てた感があって親近感もそれだけ感じる」と。若くて無名だけど将来性がありそうな子に目移りして、そのタレントさんが有名になるとファンの方々も達成感のようなものを感じるのかもしれません。しかし、一方で僕のように何十年も同じ芸能人を応援し続けるファンもいます。特にこの傾向はバンドやミュージシャンのファンに強くみられるように思います。音楽性に惚れてファンになった場合、そもそも売れる売れないとか、新しい古いとか関係なく、好きな物は好き!だからだと感じています。僕と共演するもうひとりのファンの方はきっと僕とは比較にならないほどお金をかけてファン活動をされていたであろうことは容易に想像がつきましたから、それだけ苦労された方と肩を並べるのは何だか申し訳ないような気がしました。。当時、僕の家は自分の家と祖父母の家の2軒のローンを抱えており、80年代バブルの全盛期に貧乏のどん底。お小遣いは無く、お金を手に入れるには母のビラ配りの仕事を手伝うしかありませんでした。当時、背の順も前から数えて1番か2番のチビだった僕にとって、ビラ配りはかなりハードでした。家のポストに手が届かないので、塀や門によじのぼって投函するのです。中にはポストの裏ブタが壊れて無くなっていて、何度ビラを入れても後ろからヒラヒラと落ちてしまい、それをひろっては落ちないようにまた入れるという・・・手の甲はポストで切れて傷だらけとなり、ピンク一色の安いビラのインクで手のひらも着ている服もピンク色になる。冬は寒く、夏は暑く、雨の日は傘もあるからなお大変で・・・それを最初から最後まで手伝ってお駄賃は200円だけ・・・思えば小学生の時からブラック労働していたわけですね。あの景気の良い時代に。そんな僕がどうやって欲しい物を手に入れていたのかと言うと、もっぱら中古ですね。今みたいにむやみやたらにプレミア価格なんて無い時代です。中古=激安 の時代レコードもそう。ゲームもそう。マンガ本もそう。とにかく中古ばかり。ちなみに着ていた服は姉のお下がりの服。カーディガンとかボタンが男と左右逆だし、女の子っぽい絵や柄がついていて嫌でした。中古と言えば、よく覚えているのは、レコードからCDの時代に変わる時のこと。僕は小学生の頃からちょくちょくレコードレンタル屋さんに通っていました。当時、僕は洋楽も聞いていたんですよ。アニメや仮面ライダーなどキャラクターものの服や靴を履いているような子供だったのに。そっと親にバレないように夜な夜な見ていた音楽番組の影響ですね。MTVとかベストヒットUSAとか。それでボンジョヴィとかガンズアンドローゼズとかハノイロックスなどが好きになって、レンタル屋で借りていたのです。店員さんもませたガキだと思った事でしょう。それでレンタル屋のお兄さんに一目置かれるようになって。で、レンタル屋にちらほら入り出したCD.レコードとCD、同じジャケットなのに収録曲がCDの方が多かったりすることがよくありました。そうすると、どうしてもレコードに収録されていない曲も聞きたくなるんですよ。でもうちにはCDプレーヤーがない。するとレンタル屋のお兄さんが「じゃあ、今ここでカセットにダビングしてあげるよ!」と言って、店のCDプレーヤーでそのCDを店で流しながらダビングしてくれたのです。僕はダビングが終わるまで店内でレコードを漁りながら、その音楽を聴いているといった感じで。今じゃあり得ない光景かと思いますが、この人情味あふれる人と人との触れ合いが当たり前のようにあったのが昭和という時代でした。その他、新しいレコードや初回限定版などに付属していたポスターなどが余ると「好きなの持って行っていいよ!」と言って、一銭もかけずに限定版のポスターを手に入れたり。本当に自分は子供の頃から人脈というか人との出会いに恵まれていると思います。風見しんごさんとの出会いはその最たるものでしょう。中学1年の頃でしょうか?ある日、レンタル屋のレコードを一掃して全てCDに切り替わるという情報をレンタル屋のお兄さんから聞きました。「ええええええっ!おれんちCD無いのに~!」「大丈夫!今まで通りダビングしてやるから。それより更にいいニュースがあるんだよ。店の棚にあるレコードを全部安く売るんだよ。シングル100円、LP200円で!」「えええええっ!」シングル100円、LP200円ですよ?シングルはB面も含めてせいぜい2曲ですけど、LPは10曲ぐらい入っているのにたったの200円。これは買うしかないですよね。で、覚えているのですが、たしか雨の日ですよ。ありったけの金を握りしめてレンタル屋に行きました。(よーし、買いまくってやるぜ~!)と。ところが、時すでに遅し。ほとんどのレコード、特にLPはハイエナ共の餌食に。LPはわずかに喰い残しが残っているだけでした。で、今も実家の部屋に飾ってあるのですが、その時に買ったLPがボンジョヴィの「夜明けのランナウェイ」とBOOWYの「ジャストアヒーロー」。シングルは結構残っていたので、しんごさんや吉川晃司さんやチェッカーズのレコードを買いました。その後しばらくしてCDプレーヤーを買いました。当時ロックバンドのBUCK-TICK(バクチク)がCMで「重低音がバクチクする!」のフレーズで宣伝していたビクターのCDian(シーディアン)というラジカセでした。すると先輩や同級生の女の子たちがたくさんCDを貸してくれ、何だか「ようこそ!こちら側へ!」と歓迎ムードと言うか、お祝い状態になっていました。そう言えば、ファミコンを初めて買った時も似たような経験をしました。僕は今もガラケーユーザーですが、僕がガラケーを卒業してスマホを買ったら同じように祝ってくれる人はいるのでしょうか(笑)期待はしていませんが、ちょっと楽しみです。実は共演者であるもうひとりの方ともリハーサルの日に当時のレンタル屋の話となり、「友&愛(ユー アンド アイ)」というフレーズを何十年ぶりかに聞きました。僕が通っていたのは、まさに「友&愛」、そして「リバティー」だったのです。↑予告映像放送は5月18日(土) 25:30~26:00 (つまり日付け変わって19日の日曜01:30~02:00) 【テレビ朝日】【いまだにファンです!】司会:今田耕司さん、指原莉乃さんゲスト:風見しんごさん永久保存版 間違いなし!お見逃しなく!

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  • 13May
    • 風見しんごさんと夢の共演 その4 ~扉の向こう側~

      局の中に入ると中は灰色一色というか、いかにもオフィスって感じ。僕は前任校のK高校の雰囲気に凄く似ていると感じました。前任校は自治体が10億円プロジェクトと銘打って校舎も一新し、最新設備を揃え、最新技術の粋を集めた学校でした。その校舎内の雰囲気と凄く似ていたのです。窓のないグレーの壁に囲まれた廊下、床ではなくじゅうたんが敷かれた廊下を見て(ああ・・・K高校だ・・・)と感じました。そして、僕が案内されたのが小さな簡易面談ブースのようなところでした。これもK高校そっくりで、K高校も廊下の各所にこういったブースがあったのです。ただ、K高校と違うのは、この面談ブースは予約制になっているらしく、何時から何時は誰が使うみたいな感じで、時間が来るとアラームが鳴るのです。分刻みでかなりの頻度で使われていると感じました。一方K高校のそれはほとんど使われたためしがありません。僕の記憶の限り、副校長と話した時と主任と話した時の2回だけ。生徒が利用している所も見たことがありません。聞いた話によるとK高校を設計された方はそれまで学校をデザインしたことは無く、こういったオフィスビルを専門に手掛けていた方だそうで、(どうりで学校では使いようのない無駄なスペースが多いわけだ。無駄なスペースを省いて教室を増やしたり広くしてくれた方が良かったな)と思っていました。やはり、会社は会社に合うデザイン、学校には学校に適したデザインというものがあるようです。↑予告映像放送は5月18日(土) 25:30~26:00 (つまり日付け変わって19日の日曜01:30~02:00) 【テレビ朝日】【いまだにファンです!】司会:今田耕司さん、指原莉乃さんゲスト:風見しんごさん永久保存版 間違いなし!お見逃しなく!

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  • 10May
    • 【動画】高校教師のブレイクダンス【テレ朝さんへ】

      いつもお世話になっております。動画は以下の3本です。宜しくお願い致します。授業中にブレイクダンス三送会(三年生を送る会でブレイクダンス)技の動画↑涙のtake a chance ↑予告映像製作スタッフ、撮影スタッフの皆様右も左も分からず色々とご迷惑おかけしたと思いますが、最初から最後まで優しく丁寧親切にご対応いただき、ありがとうございました。風見しんごファン代表として自分を番組に起用していただいたこと、本当に感謝しております!ありがとうございました!番組制作の裏側も拝見できたこと、皆様の並々ならぬ努力に支えられていることを凄く実感しました。本当に貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。↑番組の予告で流れていました!放送は5月18日(土) 25:30~26:00 (つまり日付け変わって19日の日曜01:30~02:00) 【テレビ朝日】【いまだにファンです!】司会:今田耕司さん、指原莉乃さんゲスト:風見しんごさん永久保存版 間違いなし!お見逃しなく!

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よくいろんな人から個性的って言われます。 校長先生から「あなたは人と違うというか、型にはまらないとい...

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