認知症介護の吐き出しブログです。暗い話もあるけれど、気持ちはみんなで明るく生きたい!
先日、1号2号3号を連れて面会に行ってきました。・・・が、ツヨシはリクライニング車椅子で寝た状態で現れて。夜間の睡眠もとれているのにその日は異常に眠かったようで。声を何度かけても起きないようで。面会時間30分3号「じぃじ!遊ぼう!!」って寂しそうに言うんだけど、ツヨシは目を閉じたままほとんど反応なく。ツヨシ「目が重くて動かない」そう言ってそこからはずっと目を閉じて話しかけるとうなずいてはくれるけれどまったく動かなくてケアマネさんから「傾眠ですね」と言われ。1号はツヨシに目を開けて欲しくて1号「ビール!ビール!刺身!YouTube!」と、ツヨシの耳元でツヨシが好きだったものを大きな声で言って目を開けて欲しくて頑張っていました。結局目を開けることはなかったんですがかろうじて反応はしてくれて。来週は起きているといいねーってことで次も子どもたちを連れて面会の予約を入れました。傾眠・・・前々からウトウトしだすことはあったんですが。今回は普通に寝ちゃって起きなかったのでほんとビックリしてしまって・・・精神薬とか安定剤とかが聞きすぎちゃっているのかなぁ?どこか具合悪いのかなぁ?心配でした。ケアマネさんからは様子をみて何かあれば連絡します、と行って頂きました。ちょっと心配なままその日は帰宅。グループLINEでカベ男にも報告カベ男、傾眠をただの居眠りだと思っているのか特にツヨシを心配するコメントはありませんでした。軽度の意識障害なんだけどね・・・・次の日、ケアマネさんから連絡をいただき。なんとツヨシ、面会のあと38度の高熱を出し。明け方に37度、食後に36.8度と熱は下がったのだけど尿路感染症だったことが判明それと精神薬と眠剤を見直し変更しますと連絡いただきました。病院から施設に戻ってきて落ち着いた環境で生活できているツヨシ前より緊張することがなくなったからか入院中で使っていた薬は今の環境では強すぎたのかも知れませんね。二つのことが重なったから今回のことが起きたのかも知れません。来週の面会には孫たちともう少し楽しくお話ができる感じだといいなぁ・・・
この前、1人でツヨシの面会に行ってきました。前の時間の人が7分押してしまい。次の面会者の関係で私の30分の面会が20分になってしまいました・・・押した家族の方は「7分か・・・」と呟きながら私の前を素通り。「遅くなってすみませんでした」とか、何か言うことはないんか!?謝らない家族のせいで自分の面会時間が短くなるのは納得いかないのだけど。次の面会する家族には罪はないんで仕方ないです。施設のスタッフさんも忙しいので面会時間をみながらっていうのは大変だと思います。できれば利用者家族同士で譲り合って面会できたらいいんだけどなぁと思います。ツヨシは車椅子に薄い座布団やらダンボールを6段くらい積んで偉い背の高い状態で座っていました。足がフットレストに乗せてもすぐに下ろして自走始めちゃうから足がつかないようにしているのかな?ツヨシは相変わらず元気そうで。近況を報告すると泣いて喜んでいました。面会15分すぎたところでスタッフさんから「そろそろお時間です」と言われ。じゃぁ、また来るねと帰ろうとしたら。自分の足でフットレストをあげて床に足を延ばして歩きはじめてエレベーターまでお見送りしてくれました(笑)結局そうなるなら危ないから車椅子の座布団抜いたほうがいい気がしつつ。次回は孫の1号が会いたがっていたので、1号2号3号を連れて面会に行く予定です。会える時に会いに行きたいと思います。
家族とツヨシの面会にいってきました。孫たちの顔を見て嬉しそうなツヨシ。アキくんも居たのだけど誰だか分かる?と聞くと忘れていました…かべ子「かべ子の旦那だよ。1号2号3号のパパだよ」と伝えると嬉しそうに笑い。役職はなんだ?とアキくんに聞いて。アキくんが答えると満足そうに笑いツヨシ「それは出世する」ずっとニコニコしていました。家族5人、かべ子が家族で幸せそうにやり取りしている様子をずっと嬉しそうに見ていました。1年ちょっと前までアキくんは敵だったのに。もうそんなことを忘れてしまい。今はただ、目の前にある幸せな風景を幸せだと感じで過ごしています。よかったなぁと思うけれど。心の隅にはやっぱりどこか寂しい気持ちがあります。今はまだ、かろうじて私のことを覚えてくれています。だから行ける時に会いに行こう、そう思っています。
こんにちは。段々夏の陽気になってきました。夜も暑苦しい日が出てきました。かべ子は更年期障害でおかしくなるかなーと思ったけれど。軽いホットフラッシュやイライラはあるものの漢方がよく効いているのか最近は割と穏やかに過ごしています。ヘルパーの仕事は相変わらずしていて。腰を痛めて週に2~3回整形にリハビリに行っています。利用者さんのベッドから車いすへの移乗の仕方を何度も職場でレクチャーしてもらって大分身についてきてからは腰の痛みも段々落ち着いてきました。夜も自律神経を整えるヨガを始めたりして。介護福祉士の実務者研修を受けることを決めて。申し込んで今は課題をコツコツといています。ここまできたら介護福祉士の資格まで取ってしまいたいなぁと思うけれど。試験は苦手なのでそこは考え中です。末の娘が今朝言いました。3号「3号ねぇ・・・妹が欲しいな!!」御年50歳になり、今回は生理も2ヶ月きておらず。次は来るのか、このまま1年来ずに終わるのか。そんな状況下なので、赤ちゃんはちょっと…3人帝王切開で出産して3号産む時に先生から「今回子宮の膜が薄くて中が見えてました。次の妊娠は危険が高くお勧めしません。今度妊娠して出産するつもりなら20週過ぎから管理入院になります。」って言われているので体力や資金があったとしてももう4人目とかないわけなんだけど。まぁ3号の気持ちもわかるけど仕方ないです。従弟の凜ちゃんがいるので凜ちゃんを可愛がってあげて欲しいです。
またまたお久しぶりです。更年期障害からくる気分の落ち込みが先月まですごくて・・・漢方の薬をちゃんと朝昼晩と飲んで無理しないように生活していたらようやく落ち着いてきました。そんな時にツヨシが退院。前の老健に戻れることになりました。立ち上がりが多かったツヨシですが。入院中は車椅子は抑制。ベッドで入眠時もおそらく抑制。そんな環境下で半年いたので。老健は抑制も拘束もないんだけど体に染みついているのか立ち上がって何かをしようって考えがでないようです。老健に戻ってからの様子を聞いて驚いたのは。相談員「夜間の見回りでベッドにいくと1本の棒のようになって真上を向いて微動だにせずに入眠なさっています」っていうお話でした。その話を聞いて恐らくだけど入院中も夜は拘束されてたかなーと。そうやって入眠するスタイルが叩き込まれちゃってるのかなと。老健に戻ってからは穏やかに過ごされているみたいです。面会にいっても病院で面会している時は表情も全然違います。でも、私が会いにいって誰だ?って聞くと困った顔をして「俺の彼女?」と言います(@_@)いやいや・・・・娘だし!と伝え、孫たちの名前を出すとゆっくりと記憶が戻っていきます。思い出せないけど孫がいて名前を思いだして大分認知症進みました。一番辛かったのはこのブログを書き始めて去年膵炎で倒れる頃まででした。振り返ると沢山の自分の意思を伝えられなくなる前に沢山沢山ツヨシは叫んでいたんだなーと。今はもう、難しいことはわかりません。簡単な話をして些細なことで笑顔になり穏やかな時間を過ごしていてずっと望んでいたことだし良かったと思うんだけどツヨシは次のステージに行ってしまいました。良くも悪くも打てば響いてきたツヨシはもうそこにはいません。周りがツヨシのペースに合わせて穏やかに過ごしています。よかったんだけど・・・ツヨシが覚えていたかべ子が小さい頃の話話をするといつも一緒に懐かしそうに笑ってくれたエピソードを話して聞かせると寂しそうに「覚えてない」って笑います。もう、共有できる思い出もなくなっちゃった。ツヨシは忘れているんじゃなくて頭の中にある記憶を引き出せないだけなんだと思うけどなんだか悲しいとても寂しい面会の帰り際入院中はいつも泣いていたのに老健は温かくて寂しくないからなのか普通にまたーと手を振って見送ってくれました。ツヨシは車椅子で、もう歩けません1日でも長く元気に長生きできますように。
近況を詳しく書きたいと思いながらなかなか書けないでいます10月に老健を退所したツヨシ。3ヶ月の医療保護入院が延長されて今も認知症病棟に入院中です。病院は高校生以上じゃないと面会が許されておらず平日にかべ子が週1回15分の面会に片道40分で行っていました。年が明けてからインフルの関係もあり面会は控えて欲しいとのことで2週間に1回くらいのペースになっています。ツヨシは車椅子から立ち上がってしまうので勝手に立ち上がって歩き回ることがなくなれば老健も受け入れをしますと言われていて。ツヨシの足は今、細く棒のようになっています最近は自分から立ち上がることもあまりないようで去年の今頃はまだ口も達者で毎日金をよこせと騒がれて歩いてヘルパーさんと買物にも行っていたし毎日ヘルパーを入れて様子をみようって話だったのに重度の急性膵炎になってから症状が落ち着いて退院となった3月~5月くらいまではまだ元気だったしめちゃくちゃアキくんの悪口も言っていたし私が揃えた洋服もセンスが悪いとケチつけるほど元気だったのに脳梗塞起こしたあたりから急激に牙を抜かれたようになっていき転倒して大腿骨骨折したことで体力低下に拍車がかかっていきました。認知症病棟に転院になってからは初めの2ヶ月くらいは心配になるくらいガリガリに痩せてしまい3ヶ月経つと生活に慣れたのか少しふっくらしてきました。でも、以前のような元気はなくちょっとしたことで涙ぐみでも「家に帰りたい」とは言いませんきっと帰りたいと思うんですけどね諦めちゃったようなそんな表情にも見えますヤバイ感じではないけれど楽しく生活しているようにも見えません一緒に住んで世話をしてあげられたらそれが良いのかも知れないけれどたぶん、寝たきり車椅子でオムツ交換もしなければならない高齢者の世話をして3人の未就園児と児童を育てるのは現実的ではないし私の精神がきっともたないから全部の希望を叶えることはできないから仕方ないんですよね・・・あ、私の転職ですが不採用だったのでまたしばらくヘルパーのお仕事を頑張る予定ですアキくんの試験はこれからなのでまだわかりませんコロナの前までは未就園児でも面会できていた病院が今では全然ダメなのでツヨシはこのまま生きているうちは孫に会えないんじゃないかとそんな風に思ってしまいますグループホームも1件見学に行ってきました。退院できて部屋が空いていればツヨシは受け入れ可能というお返事は頂いていますがグループホームのお金を捻出するのも厳しい感じです不動産を売るという方法もあるにはあるんですがツヨシが住んでいた場所も物を片付けて賃貸に出そうかなという案もあり借り手がついてある程度の貯蓄ができればツヨシの選択も増えそうですどうなるかはまだわかりませんこの1年のうちに驚くほど衰退してしまったツヨシ骨折って怖いな・・・骨折がなかったら今も老健にいたのにな膵炎になるほど数値が悪くなる前にもっと早く気づいてあげられてたら今も悪態つきながら買い物歩いて言っていたかもしれないし骨折して歩けなくなったとしてもなんとか在宅で頑張れていたかもしれない私が無理だって老健に入れちゃったから悪化しちゃったのかもしれない在宅に戻して頑張ってあげられたらもしかしたらまだまだ元気に在宅にいたかもしれない考えても仕方ないんだけどもう選択して起きることは起きて今の状況があるのでツヨシのことを思ってベストだと思って選んできたんだからあんまりウジウジしないようにしようそう言い聞かせてますお題と関係ない私の更年期障害のお話ですが漢方をちゃんと飲むようにしたら落ち着いてきましたあと、やることが沢山になってくると不安で押しつぶされそうになるのでやることリストから落ち着いてやっています絶好調とはいかないけれどまぁ元気です若い時もストレスあったし頭痛とか吐き気とかそういうのもあったのだけど若いときの気分の落ち込みかたと今の落ち込み方が全然違っていて予告なしにズンッて気分が不安定になるので今までにない感じだなぁと生理、まだあるのでこの感じがあと5年以上あるなんてちょっと耐えていけるかわかんないです悪化するかもしれないしいつか落ち着くっていうけど辛いのは今なんだよー(´;ω;`)これはあの感じに似ているといつも思うんだけど赤ちゃんの世話やイヤイヤ期がメチャクチャしんどい時に年寄りのおばあちゃんとかに「今だけよ~」みたいに言われるアレイヤイヤ期がいつ終わるかなんて個人差あるからわからない終わりがいつかあるって言われても終わりは見えてないそして今、めちゃんこしんどい。いつか楽になるっていうのは今の気持ちを楽にする薬にはならず・・・でも声に出すんですイヤイヤ期しんどい!!!ってアピールして誰かに伝えているその瞬間はほんのちょっとだけ楽になれる自分の辛いのを聞いた人が「辛いんだね」「かべ子は今辛いのか」を知ってくれるだけでmg程度は楽になれるそんなことを考えながらイヤイヤ期を乗り切りました今は更年期障害もうね、辛いって(´;ω;`)口に出しちゃう!言ったところで解決しないのはイヤイヤ期でしんどかった時に体験してるこれからも辛いことは吐き出していこうツヨシの今後をどうしようとか不安なことは吐き出していきたいここまで読んでいただきありがとうございました
かべ子はツヨシと家族信託をしているので。半年に一回、お金の収支を家族信託で間に入ってくれた業者さんに提出して不正ないよーの証明として不穏なお金の動きがないか第三者の目を入れているということをしているんですが。その他にもこの時期毎年しているのが税務署への申告です。個人で家族信託している人の申告は大きな声じゃ言えないけどやってもやらなくても違反にはならないといった話をふわぁっと聞いてはいるんですが私は私名義の家族信託口座に入金されているツヨシの不動産収入なんかを毎年届け出ています提出しているのは信託の計算書合計表信託の計算書元々は法人の信託向けに作られた書類だそうで1年目わからなくて税務署の受付に聞きにいくと受付の人も知らんといって確定申告の列に並んでくださいと言われる。確定申告の行列に並び1時間まって記入台でスタッフのお兄さんに聞きながら記入お兄さん、見慣れない書類に戸惑うそんなお兄さんに私も戸惑う(笑)大丈夫なのか?!と不安になりながら提出2年目税務署の受付に持っていってもわからないと去年言われたのでlineで予約をして確定申告の列に再び並ぶ待つこと約30分で自分の番に去年同様に、受付のスタッフさん見慣れない書類に戸惑う(苦笑)去年の提出の写メを撮っていたのでそれをみせて「これでいいと思います!」と微妙に教えてあげるみたいな事態に信託の計算書って確定申告で並んで出す書類ではないんじゃないだろうか・・・そうだとしてもどこに出したらいいかわからない・・・3年目再び確定申告の列に予約して並ぶスタッフさんが知らなくても私は3回目知らなくても教えてあげられるもんね!(何)40分くらい並んで自分の対応をしてくれたスタッフさんなんと少し信託の知識のあるお方でしたスタッフさん「うーん・・・これは・・・確定申告で並ぶ必要のない書類ですね受付で提出するだけでOKの書類です」4年目(今年)1年目と同じように税務署の受付に前に二人ほどいたけれど10分もしないで呼ばれる受付「はい、ご提出ですね」受付の紙を書いて、書類渡して3分で終了もちろん、事前予約は不要。4年前、受付で聞いた時。2人くらいで困った顔をして申告なら確定申告の方へと回されて毎年1時間近くかけて提出していたんですけどね・・・受付提出で良かったなんて・・・あの時の時間返して(´;ω;`)ベビーカーに子ども乗せていったりして大変だったんだよーでもまぁ・・・最近は増えてきているのかもしれないけれど法人じゃなくて個人で家族信託する人っていうのは4年前はまだまだ少なくてわからない人も多かったのかな確定申告の時期のスタッフさんなんて短期アルバイトの人もいただろうし・・・でもさ、去年、たまたま知識のある人に出会えてよかったよねそうじゃなかったら今年も順番予約みたいなことして無駄にならんで前後にならぶ医療費と年金控除の紙を握りしめたジジババとお話しながら並んでたんだよねそれはそれで楽しかったけどアメちゃん配ってみんなで食べながら「毎年混むのよねぇ」って話をするのは楽しかったからまぁいいか。ここまで読んでいただきありがとうございました
この間、ツヨシにあってきました。かべ子の名前も、かべ子の子供である1号、2号、3号のことも覚えていて。よかったなーって思ったんだけど。過去の孫たちとのエピソードは全部忘れていました。話して聞かせると寂しそうに笑うツヨシ。かべ子「1号さ、お父ちゃんがよく世話してくれたじゃん?泣いてる1号のベビーカー押して散歩してくれてさ。あの1号が今年小学校4年生で10歳になっちゃうからね~大きくなったよねぇ!」と話して聞かせると目に涙をためて泣いており。カベ男の娘の凜ちゃんが2歳なんだけどほとんど関ってこなかったツヨシは凜ちゃんの存在を覚えておらず。でも、カベ男と凜ちゃんが触れ合う動画やお歌を歌っている動画をみてボロボロ泣いていて自分の記憶には残らなくても孫がいてスクスク育っているのは嬉しくて。会わせあげられたらいいんだけど病院は高校生以上じゃないと面会できない病院で。今、ツヨシは医療保護入院なんだけど。老健の時には請求されなかったセンサー代とか毎日のお着換え代とかおむつ代とかそのあたりの請求金額が地味に痛い。こんなに取られるならグループホームでもいいんじゃないかと思い。近所のグループホームに問い合わせてみました。すると・・・ツヨシは車椅子で要介護4なんですが。近所のグループホームは車椅子の人の受け入れは積極的でなく風呂の浴槽はまたげますか?と聞かれうーーん・・・という感じで。施設紹介サイトから問い合わせしたのでサイトからも連絡がきてお勧めの施設として車椅子でも受け入れられそうな施設をと紹介されたんですけど。高い・・・・っていうか電話を切ったあとに紹介された施設のHPをみたら「高級高齢者住宅」でした予算が無理すぎる・・・・アキくんにかべ子、数万くらいなら自分の稼ぎから出してもいいからもっと孫と会いやすい環境にしてあげたいって相談してみたのだけどかべ子の思いに寄り添いながらも慎重に言葉を選んで・・・・アキくん「俺の仕事もかべ子ちゃんの仕事もまだどうなるかわからないし・・・(実は二人は狙っている職場があって採用されれば私は次年度、アキくんは来年度から仕事が変わる可能性があるのです)カベ男くん達の都合もあるし・・・ジックリ考えて決めたらいいと思うよ」一応、老健に帰る予定で病院でも動いてはいるのだけどねまぁ、選択肢は広い方がいいかなーと思って。特養とか色々調べてみようかなと思っています。ツヨシは、医療保護入院の期間が3ヶ月延長されたので。まだしばらくは病院ですが。ずーーーっと病院だったら嫌だな・・・その可能性もゼロじゃないんだけどそれだと孫に会えないまま亡くなってしまうので。会話ができるうちに1回でも多く会わせてあげたいそんな風に思っています。面会時にLINE電話できないかは先生に確認してもらっているところで。それが叶えばとりあえずいいなぁ・・・ここまで読んでいただきありがとうございました。
またまた大分と間があきました。お元気ですか?私は生きています。毎日普通に朝起きて家事育児をして仕事をして。でも夜になると子どもと寝落ち。ただ生きているだけな気がする。元気とは言わない気がする。そんな訳で元気です!とは言いたくない今日この頃。あれから色々あったのであったことをゆっくり書きたいです。11月に伯母のツヨ子と病院で再開しました。施設に戻ることが決まったとの事で退院の前日にも会いにいきました。2回会いにいったんだけど1回目は意識がなかったので2回目にやっと意識もあり笑顔もみられ。「わかるー?」って聞くと笑顔でうなずいてくれて。病室から出る時、私は姪っ子だから、次は生きているうちには会えないかもしれないと何となく感じて後悔したくなくて最後に声をかけました。かべ子「おばちゃん、ありがとうね!」目に涙がたまった私の顔を不思議そうに見つめる伯母の顔が最後になりました。12月に伯母の訃報の知らせが届いて。お通夜も告別式も行きました。従弟に「かべ子姉ちゃんにお願いしたい」と言われ火葬場までの花束や写真を持たせてもらいました。お坊さんのお話で「亡くなっても耳は聞こえる」そんな話を聞いて悲しさが溢れ。耳を失った訳じゃないから話しかけた言葉は音は耳に震えて届いてる。最後の最後までみんなで「ありがとう」って声をかけました。かべ子の実の母親はかべ子の晴れ着姿が見たかったとメモを残し成人式の10日前に失踪し(見てから失踪しても良くないか?とメモに突っ込んだことを思い出す(==;)その12年後に縁もゆかりもない土地で亡くなりました。実母もよく自分を育ててくれたと感謝はしているけれど。どことなく自分勝手で世間知らずなところが成長と共に目に付くようになりあまり尊敬できない母親だったので自分の母が亡くなったと薄っぺらい行政の手紙で届いた時だってたいして涙もでませんでした。伯母は、母親のいなくなった私を心配してよく声をかけ、手紙をくれてスパに行こうと誘ってくれたり電話をしてくれたりなかなか嫁に行かなかった20代後半のかべ子にそっと「ツ○ァイ」の広告を手渡してきたり(笑)本当に色々気にかけてくれて本当の母親より母親みたいでした。アキくんとかべ子の結婚式の披露宴ではツヨシと一緒にお酒を注いでまわってくれて母親代わりとして色々してくれました。だから、いまでも沢山涙がでます。また、この件については別でゆっくりかかせてください。ツヨシは、ツヨ子伯母さんに通夜に行ったのに2週間後に病院の面会で会ったら忘れていてうっかり「会うのはお通夜ぶりだね!」と声をかけてツヨシに心底驚かれてツヨ子が亡くなった話をして本人は忘れているのでお別れもできずに亡くなったという意識なので泣かせてしまうというツヨシに要らない悲しみを与えてしまったことにちょっと凹んだりしてだから、ツヨシの前では亡くなった人の話をするのやめました。ツヨシは相変わらず認知症病棟にいて医療保護入院の追加継続がきまりました。年明けに会いにいったらちょうどインフルエンザが蔓延しはじめていて面会禁止の手紙を出したところだと受付でいわれて危うく面会できないところだったんですが私は知らず、手紙も届く前のことだったのでガラス越し面会を5分、特別に許されました。ツヨシは以前より少しふっくらしていてそれは良かったなーって感じなんですがかべ子の顔をみて必死にガラスの扉を開けようとして開けられないと知って悲しい顔をして泣いてしまって。務めて明るく話をしてまた来るね!挨拶してきたけれど。なんか思うようにいかなくて辛いです。家族を入院させている家族はきっとみんなそう思っていると思うけど自分が面倒みられないんだからちゃんとお世話してくれてありがたいんだけど自由にさせてあげられないってことはやっぱり辛い。そして私自身の体調普通と思うんだけどメンタルはやや不穏かなと思ってます。前は怒りやすくて困っていたんですが今は沈みがちなのが厄介です特に明け方から朝にかけての沈み具合がヤバくて。一日が回り始めるとなんでそんな沈んでいたのか不思議な感じになって。更年期障害からきてるなーって思うけどこれ、あと何年付き合うんだこの不調、何年続くんだ?癒しはまさかの仕事ですヘルパーのお仕事をしているとまさに更年期を乗り越えた方々色々教えてくれます。言われたことを思い出すとちょっと元気でます(笑)また、時間取れたら更新します。ここまで読んでいただきありがとうございました
気分転換でどうしても外でお茶がしたくて1人パンケーキしてきました。家で昼ご飯をしっかり食べてきてしまったので、実は食べ切るのがしんどかった苦しみながらパンケーキ食べるとかリフレッシュしに来たのか修行しに来たのか謎だわ普段、家では余裕がなくて開かないテキストもゆったりとした空間で勉強するとはかどりました毎日、ヘルパーに家事育児にツヨシのKPやらとそれなりに忙しい日々を過ごさせてもらってますが。実は自分の住む地域で小さなダブルケアの活動もはじめてまして。1人じゃ無理なんで、子育て支援センターやら地域包括やらを巻き込んで色々やっちゃおうと話を進めています。メンタルは、先月くらいまでヤバかったんで色々できる状況ではなかったんですが。以前話した不動産関連の問題も落ち着き、ツヨシも割と安定していて子どもたちも人様に迷惑かけない程度に落ち着いていて。今はエネルギーみなぎっています。やっぱり心の余裕がないと上手くいかないんだな。ゆっくりする時間大切。何かに取り組んでいる時やりがいや生きがいを感じます。上手に息抜きしながらいきます
お久しぶりです。更新したかったんですが、PCが調子悪くて…スマホでポチポチやるのは辛くてずっとできませんでした。今日もスマホで更新してますツヨシは精神科認知症病棟に転院しています元気…ではあるけど、痩せて筋力も落ちて馴染んだ?諦めた?落ち着いた感じです。顔つきは変わってしまいました。また、この話はゆっくりします。本題に戻って、今年結婚10周年なんです。旦那さんにおねだりして、2人でお祝いしてきました。サービスがめっちゃくちゃ良かったです。アニバーサリーケーキはロウソクに火をつけてくれて、2人で火を消すシーンを動画に撮ってくれました。帰りはCostcoに行って買物をして帰宅。楽しい結婚記念日でした。
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っていた…んですが今度は転倒して骨折これからどうなるんでしょうね【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、7歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転院前の面会に、カベ男と行ってきました。カベ子が顔を見せても割と普通なのにカベ男の顔をみたツヨシはすんごい嬉しそう。カベ子は無理だけど自分より下だと見下していて自分の言うことを聞きそうなカベ男が来て自分を引き取ってくれて同居で面倒みてくれるとでも思ったかな?凛ちゃんの写真を見せるとカベ子の子か?と聞いてくる。カベ子には子どもが3人いてツヨシの中では子沢山のイメージがあるのかもカベ男が嬉しそうに凛ちゃんの写真を見せてエピソードを語ってもツヨシはピンと来ていませんでした。ツヨシ「幸子さんは子どもいないだろう?」先日、みんなで遊んだ時の写真に映る幸子さんを指差してツヨシはそう言いました。カベ子「凛ちゃんはお父ちゃん(ツヨシ)の内孫だよ」そう伝えてもピンとこない顔。思い出せない、わからないことが辛い顔にも見えました。凛ちゃんは、ツヨシの中で1番関わりの低い子です。幸子さん妊娠中はすごく喜んでいたツヨシだけど、ツヨシは片手に余る程しかあったことがありません。1番に誰だかわからなくなるのは凛ちゃんだろうなとずっと思っていました。カベ男、3月にツヨシが老健に入所した時と、5月の深夜に脳梗塞を起こしたツヨシを一緒に迎えに行った2回しか老健には行ってません。凛ちゃん連れて行く機会は幾らでもあったのに。自宅にいる時だって機会はあったのに。カベ男は深く考えてないのかも知れないけれど、凛ちゃんにはわからないからどうでもいいのかも知れないけれど。凛ちゃんのことを1日でも長く覚えていて欲しいし、凛ちゃんの話をすると嬉しそうな顔、幸せな気持ちに1日でも長くさせていたい。凛ちゃんが大きくなった時認知症だったけど凛ちゃんの話をすると嬉しそうな顔をしてねって話してあげたい。だから、沢山会わせてあげて、話してあげて、自宅に色んな写真貼ってあげてって伝えていたのに。ツヨシ、このまま凛ちゃんを1番はじめに忘れてしまいそうです。被害妄想は相変わらず健在で、いつも敵と思っていた人のことはすぐに思い出しベラベラ喋っていました。なんか寂しかったです。幸せなら記憶だけが最後まで残れば良いのに。ここまで読んでいただきありがとうございました
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っていた…んですが今度は転倒して骨折これからどうなるんでしょうね【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、6歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー老健にツヨシの持ち物を取りに行ってきました。9月の利用料金も支払いました。10月は3日利用しているのでその請求は来月になります。なのでもう一度老健には行くことになりそうです。3月下旬から今まで、本当にお世話になりました。勝手に動き回る問題が解決したらまた施設を検討することができるのでまずはそこを目指していきたいです。あとは…今1番頭の痛いトラブルが…アメンバー日記、考え中です。条件は申請者もブログを書いていてコメントでのやりとりがある方申請時にだいたいのお住まいの地域を教えていただける方簡単な自己紹介ができる方そんな風に考えています。愚痴はこぼしたいけどやっぱり顔見知りの身バレは困るんですよ…トラブルの愚痴は結局はトラブルの相手の悪口と同じじゃないですか。言われた相手の目に触れたら不快な気持ちになるだろうし穏便に解決できそうなことも解決できなくなってしまうかも知れません…それなら外に発信せずに口をモゴモゴさせて我慢かなとも話を聞いてくれる友人がいない訳ではないし今回抱えているトラブルってカベ男は頼りないけど幸子さんがすごい頑張って不動産担当にも相談してくれて。それでも不安だからブログに発散したくて…悩むブログで話したら共感したり怒ったり助言くれたり助けてくれる人はいるって思うんですけどね…話すにしても、話が終わってからかも知れません。ここまで読んでいただきありがとうございました
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っていた…んですが今度は転倒して骨折これからどうなるんでしょうね【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、6歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー転院予定の病院の相談員から連絡がありました。退院時期はまだわからないけれど行先がちゃんと決まるまではいられるから心配しないでと言ってくださいました。とりあえずの目標は元の老健へ戻ること。要介護があがるなら特養も目指すこと。精神科なので急変の対応が難しい。酸素と点滴対応しかできない為、心不全のようなことが起きると専門の科に緊急搬送とかではなくそのまま看取りになることもあると言われました。そこは連携を取って死なせないみたいなことはしないのか。延命もする気はないしそこで何かが起きるならご先祖様か亡くなったじいちゃんばあちゃんがそろそろ連れて行こうと決めて迎えにきたんだなと思うしかないなぁ。そんな風に心の中で言い聞かせました。そこで死にたくなかったらもっと健康だった時に自分で回避できたと思うので時の流れに身を任せなるようにしたいと考えています。ほら、ツヨシはケセラセラ好きだし。月の入院費を聞くと高く見積もっても老健より3万円くらい安くて。お財布に優しいのは助かります。その代わり、おやつなんかはないみたいなので。リハビリもあんまりないのかな?あっても老健ほどじゃないんだろうか。認知症進むかもって言った話もしていたのだけど。そういう運命だって受け入れる覚悟なんだけど。最近面会したツヨシは在宅に居た時のように生命力のある目をしていて最近、私が困っているトラブルについても昔の時のように話を聞いてくれて昔みたいにしっかりとした口調で話す。そんなツヨシをみるのは今が最後なんじゃないだろうか。今まで色んなツヨシとお別れしてきました。子ども達や近所に配るほど作っていた家庭菜園。子ども達にリンゴをむいてくれたツヨシ。一緒に昼ごはんを作って炒めものをしてくれたツヨシ。自分でうどんを作っていたツヨシ。帰りたくても帰れない後悔しないようになるべく逃げないようにしてきたし共依存してるとアキくんに言われるくらい自分でも自覚できるくらいにツヨシとの距離が近くて向き合い過ぎて気がおかしくなりそうになった。何度も警察に相談に行かれたし弁護士に訴えるも何度もいわれた。心底ウンザリして介護から逃げ出したくなって。何度も認知症進んでもう少し静かになってもらえないかなとなんども思ったりした辛い状況は永遠ではないけれどもう少し長く続くだろうと思ってた。悪くなる時は一気に悪くなるってわかってたのに。いつまでこんな生活続くんだって思っていた時はなんだかんだと悪くなる未来はまだまだ他人事だったんだなと思う。いつかはそうなるだろうけど、今じゃないって。いつかは死ぬだろうけど、今じゃないって思うみたいな。家で見られないかな…って一緒頭をよぎったけど。そんな風に思えるのはケアマネさんやヘルパーさんや老健の人や色々な人が入ってくれて適度な距離感で接することができているから。今の自分は前よりも介護に余裕があるからそんな事を思うんだろうな。後悔しないようにいきたいけど思うようには行かないから難しい。ここまで読んでいただきありがとうございました
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っています】【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、6歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーツヨシは老健を退所になり、認知症病棟に転院の方向で動くことになりました。転院後はずっと入院という訳にも行かないだろうから、次のことも考えないといけません。その件について相談する為に、カベ男と幸子さんと凛ちゃんが我が家に遊びにきました。方向性がある程度決まったところで話は不動産の件に。まだ、現在進行形なので詳しく話すのは避けておこうかなと思いますが…どうしても書きたかったらアメンバーにするかもしれません。理不尽な要求に毎回動悸と手の震えが止まらず、メンタル病んでいます。今はだいぶ気持ちは落ちついています。話がついて解決したらお話聞いてください。ここまで読んでいただきありがとうございました
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っています】【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、6歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーツヨシ、骨折でその日のうちに手術になり、今は元気に過ごしています。でも、なぜ自分がそこにいるのかもわからないし、手術したことも忘れている。点滴を抜かないようにミトンをして柵でベッドを囲っているけれど、今のところベッドからの抜け出しや転倒はないらしい。でもそれは骨折部分が痛くて動けないからで、痛みが引いてきたら自分で起きてトイレに行こうとしたりするんだろうなと想像はしていました。また転倒して骨折するリスクはあるだろうなと。老健のケアマネさんから連絡があり。やはり私と同じことを考えていて、今回の入院は2週間の予定だけど、元気になって動けるようになったらツヨシの安全を確保できないって言われました。動きがゆっくりな方や「待っててください」と声を掛けると一瞬でも動きを止められる方なら良いらしいのだけどツヨシはとにかく機敏で素早いらしくて今までもベッドの配置なんかも色々考えてくれていたんですが骨折するほど骨が脆いツヨシが変わらない元気さで帰ってきたら確実にまた骨折しちゃいますよね…ってことで今、施設ケアマネから勧められているのは系列の精神科認知症病棟でした。そこならば、ある程度は安全を確保できると。施設では身体抑制ができないことはわかっているし、老健に戻ってまた骨折してしまっても仕方ないって思っていたんですが。利用者に怪我をさせる訳には行かないのでまずは転院して様子みましょうとのお話で。精神科認知症病棟は、徘徊や多動だったり情緒が安定しない人が入院するイメージで。ツヨシは「トイレ行きたいな」とか「散歩しよう」とか自分が歩けないことを忘れて歩き出してしまうので。そのあたりをコントロールする為に入院するならば安定剤入れてボーっとなってもらってから受け入れ可能な施設に行くのかなと。ツヨシ、この間会ったら在宅の時みたいにハキハキ話していて。なんか嬉しかったんだけど。認知症病棟に行ったらちゃんとお話できなくなってしまうんじゃないかと不安になり。老健の担当ケアマネは、以前イライラさせられたケアマネさんで。心配ごとを話してみたけど心落ち着く言葉は何もなくまあ、行ってみないとわからないよね。病院ってそんなに長く入っていられるわけじゃないだろうから。特養探すにしても見つかるまで入っていられるのかとか。ツヨシはお金がないので。認知症病棟に入院したら月に幾らかかるんだろうとか。病院のHPみたら個室か2人部屋らしいので。個室になって月に30万ですとか言われたらもう死んでしまうわ…精神科認知症病棟ってどんなところなんでしょう?薬で強制的に静かにさせて意思疎通が難しくなってしまうイメージが強いんです。知っている方が居たらこっそりでも良いので教えて欲しいです。まあ、現時点でも意思疎通は厳しい感じだけど反応は普通にあるので。今の老健に戻るなら指示が通るようになるか動き回れなくならないと厳しいと言われ。なんか、どうしたらいいかなって悩んでます。他にも実家の不動産関連でトラブルもあり。色々精神参ってしまいます…ここまで読んでいただきありがとうございました
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っています】【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、6歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーたまたま3号が風邪で幼稚園をお休みしていまして。平熱なんだけど大事をとって静かに過ごしていた時にツヨシの老健から連絡が入りました。ツヨシの為にあちらこちらにセンサーをつけて転倒防止に手を尽くしてくれていたんですがツヨシが転倒して骨折疑いの連絡がきました。3か所に着けていたセンサーが電池は切れていないのに何故か作動しなくてそのままフラフラと居室の外に出てきてしまい転倒。居室の前で倒れているツヨシを発見してことの事態が発覚したそうで。3つ全部センサー反応しないってことある?電源切れていたって言ってた気がするけど、ツヨシが全部電源切るとも思えない。誰かほかの入居者さんが居室に入ってきて消しちゃうみたいなことはありそうだけど。カメラがないので事実を確認することはできず。その話を聞いて驚いたのは。普段、車いすで生活していて足で上手に操作して自走していたツヨシ(笑)ユニットの部屋の窓際でドアまで数メートルの距離を自分の足で歩いたと思われる。3月の脳梗塞で左麻痺が強くなり立位の維持が難しいといわれていたのに。老健でのリハビリと本人の執念?がそこまで回復させていたことに驚きました。そして毎日リハビリしてくれていた老健さんに感謝です。怪我がないように対策しながらも体力付けて歩けるようにリハビリしてくださって施設だからできたことで在宅だったら難しかったと思います。連絡した当初、車いすに乗れるレベルだと思っていたので。かべ子「私迎えにいきます!」って言っていたんですが。自宅から徒歩の総合病院で受け入れ可との返事を受けて施設の方が「お連れします」と言ってくださり。病院で待ち合わせになりました。病院で待っていると福祉車両のワゴンがやってきて。ストレッチャーに寝かされたツヨシが下りてきました。寝かされた人間はウチの車では乗せられなかったなぁ・・・結果は大腿骨転子部骨折詳しい名称はわからないけど鉄の棒を骨に入れて固定するという手術をすることになりました。手術がうまくいけば次の日から負荷をかけてリハビリがはじまるそうで。運が良いことに手術室に1枠空きが出たとの事で。受診して2時間後には手術になりました。手術は立ち会いナシでOKとのことだったので入院手続きをして内金支払って帰宅して術後の連絡を待つことに。手術も無事に終わり今は順調です。病み上がりの3号を連れていたのでちょっと大変でしたツヨシが入院した病院5年くらい前にアキくんが胆のう摘出手術で入院した病院でその頃は2歳の1号を連れて病室にいくのも面会時間内に何時間いても毎日病室に通っても良かったのに。コロナを境にガラッとルールが変わってしまって。1人患者につき面会は週2回まで1回10分で前日までに電話連絡で予約制ビデオ通話も可面会は中学生以上からみたいになっていて・・・今年の5月に脳梗塞で入院していた病院は毎日行っても面会時間内なら何時間いても良くて小学生以上から面会がOKだったのに。ほんと病院によってルールが全然違う・・・カベ男は相変わらずツヨシに会う気はないようなので週2回の面会枠は私が使わせてもらおうかなと思います!ここまで読んでいただきありがとうございました
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っています】【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、6歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーツヨシは2月の半ばまでは普通に生活していました。急性膵炎で死にかけていた間は昏睡状態みたいなこともあったけど3月に老健に入所する時はリハビリパンツに切り替える?ってタイミングで。体力が戻って1.5kmくらい歩けるようになったら在宅に戻れそうだなーって印象でした。初めの1ヵ月はかべ子のことを「施設に押し込んだ娘」とでも思っていたのか敵を見るような目でみてきたこともありました。でも、周りの目があるから怒鳴ってくるようなことはありませんでした。4月下旬からGWにかけて起こした脳梗塞で自分でもこれは自宅は難しいと体で理解したのかそこを境に静かになりました。身体レベルが落ちたなーでも頑張っているなーっと思っていたら気付いたら認知レベルが落ちていました。施設に入ったことで本人なりにストレスがあったり絶望したり落ち込んだり思うことはあったかも知れませんそれで認知症が進んだのかもしれません。どんどん悪化していくので落ち込んだりもしたんですが今はやっぱり老健で良かったかなと思います。だって在宅にいる時よりも全然清潔だし身綺麗だし栄養状態も良いし常に人がいるから寂しがりのツヨシは寂しくないし認知が進んだことで難しいことを考えられなくなった分今いる環境の中で自分の居場所を見つけられているのなら良かったと思います。話をしていても穏やかで生活に不便を感じているようにはみえないので安心しています。従弟は伯母が特養に入所したら数か月でまともに会話が成立しなくなってしまったと施設はちゃんとやってくれているのかと不審に思ったこともあったそうです。施設に入るってメリットばかりじゃなくてデメリットだってあるんだろうなと思います。入所したから悪化したのかもしれない。でも、在宅では限界だったわけだし。伯母も認知は進んだのかもしれないけれど食事も衛生面もちゃんとしてもらっていて本人は幸せそうだったと従弟は話してました。在宅で認知が落ちないように頑張っていたとしても介護者が健康でいられたか伯母の食事や衛生面が施設よりベストに保たれていたかって言えば難しかっただろうと思うし。従弟は在宅は難しくて施設にお願いするしかなかったとでも、それで良かったのかと看取りになってから自分の選んだ結果を後悔したり悔んだりしていたので。悩んだ末に選んできたことは誰に文句を言われる筋合いもないしそれがベストだったんだよとお話しました。そんな話をしたからかツヨシの特養、悩んでいます。今いる老健は長く居ても良いですよって言われているんですよ。なんなら最後まで面倒見ますよって感じなんですよ。先日もお話しましたが、長谷加式が5点で確実に認知低下は進んでいてもところどころ自分で出来ることが多いのは老健でのリハビリのおかげなのかなと思うのです。私は高齢者介護に関して詳しくないのですが特養に行けば今ほどのリハビリ回数ではなくなってしまうと思うので落ちずに維持できる部分は維持してもらいたいんです。本人もできることが多くあるうちは洋服一つ着替えられることだって自信になると思うので。何が一番なのか。相談して決めていかないといけないなと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました。
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っています】【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、6歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーツヨシの面会の日にツヨシの姉(伯母)の写真を用意していきました。写真を見せてかべ子「誰だと思う?」と聞くと。ツヨシ「カヨコ!(伯母の名前)」と即答。白髪も増えてガリガリに痩せて表情もあまりない写真でしたが姉のことはすぐに分かったようでした。送ってもらった動画を見せながら伯母はもう看取りで長くはないこと会いに行きたくても身近な家族しか会いにいくことはできないだから私たちは会えないんだよと説明しました。するとツヨシは「あぁ~・・・」と同情するような声をだしツヨシ「親より先に死ぬなんてなぁ・・・」祖父は35年前に亡くなり祖母は12年前に亡くなっています。でも、その時のツヨシは自分の両親は生きてい居ると思っていて自分の姉だけが亡くなってしまうと思っている。ツヨシ「軽の車を貸している駐車場の隙間に停めさせてもらったら父親も母親も乗せられるんじゃないかな?」4年ほど前に手放した自分の軽自動車がまだあると思っているツヨシその車で生きていると思っている両親を乗せてお見舞いに行こうと言っているツヨシ本当は伯母がなくなったらツヨシは1人になっちゃうのに娘のかべ子やカベ男や孫たちはいるけれど4人家族だった自分の家族はみんないなくなっちゃう両親が生きているってそう思えるのは幸せかな認知症でよかったのかな孤独じゃないもんね動画を回してビデオレターを撮りました。何か話しなよ!とツヨシに言うとツヨシ「うーん・・・」かべ子「ちょっと!カヨコ!って声かけてやってよ!(笑)」ツヨシ「カヨコ~!」ツヨシ「・・・・」話すことは何も思い浮かばないらしい。かべ子「最近どう?」ツヨシ「片目が見えないんだよなぁ・・・」と、自分の片目を触る。そんな感じのビデオレターでしたが、「またビデオレターするね!」と終了。従弟、ちゃんと動画をまわして声を聴かせて説明をしたら伯母はうなずいて返事をしてくれたと教えてくれました。まだ入院中で伯母のベストな状態で施設に戻るとの事次の動画も送れたらいいな・・・ここまで読んでいただきありがとうございました。
【ツヨシは今、認知症の診断を受けて要介護2。生存率10%と言われた重度の急性膵炎から持ち直し落ちた機能を復活すべく老健に入所・・・していたんですが20数年ぶりに脳梗塞を起こし左麻痺悪化。落ちてしまった機能はなかなか戻らないので少しでも維持回復ができるように老健でリハビリ頑張っています】【登場人物】ツヨシ…カベ子の父親。老健に入所中。認知症要介護2。カベ子…ブログを書いている人。アキくん…カベ子の旦那さん。カベ男…カベ子の弟。電柱みたいに何にもしてくれない。幸子さん…カベ男のお嫁さん。凜ちゃん…カベ男と幸子さんの赤さん1号、2号、3号…9歳、6歳、5歳になるカベ子の子どもたちーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーかべ子の従弟から久しぶりに連絡がきました。内容は「母(伯母)が看取りに入った」と。伯母の子供はみんな男の子で娘がいなかったからかべ子のことを気にかけてくれました。かべ子が結婚もしないで好き勝手に人生を楽しんでいた20代そっと新聞の切り抜きを渡してきて結婚相談所の「ツ〇ァイ」に入ったらどうか?と嫁に行かないかべ子を心配してくれたり悩みを聞いてくれたりもしてくれましたでも、伯母が認知症になり伯母の家も色々あって家を引き払い夫婦二人で団地に住むようになってからは伯母の旦那さんとは連絡先を交換していなかったし家に行きづらくかべ子も子どもが1人、2人、3人と産まれた忙しさでいつか、いつかと先延ばしになっていました。一昨年くらいに一度従弟と話をする機会があり。従弟「もうかべ子姉ちゃんとツヨシおじさんのことお母さん覚えてないと思う」と言われたこともあり、会いにいくタイミングを失っていきました。今回連絡を受けて在宅が難しくなり去年の年明けに特養に入所したこと入所した時は自分で歩いて一緒に入所前の健康診断に行ったり普通に会話もできていたのに入所して2か月もしたらグンッと認知症が進んでしまって会話もなにも難しくなってしまったと夏には胆のう摘出手術をうけて入院したことがキッカケなのか食事も上手に取れなくなり去年の年末から怪しい状態が続いていたと一時回復の兆しもあったけれど今はもう点滴で栄養を入れている状態で元気だった頃「寝かされて死ぬのはいやだわ」と言っていた伯母の言葉を思い出し。特養さんが看取り前提での引き受けをしてくれるということになり今、それで動いているんだけど退院したら数日か1週間かで1ヵ月超えることはないだろうと言われたそうで病院も施設も緊急連絡先で登録した家族しか面会には行けないらしくその話を聞いた時なんで行ける時に会いに行かなかったんだろうと後悔で一杯になりあんなに私の為に心配して色々してくれたのにいつでも会えると思っていたけれどそんなことはないんだ電話口でもっと早く会いに行けばよかったできることをもっと伯母さんにすれば良かったと泣いてしまい従弟も泣いていました。可能性はとても低いのだけど施設でかべ子姉ちゃんの面会ができるかどうか再入所の時に施設に聞いてくれると従弟は言ってくれました。まぁ・・・難しいでしょう。電話を切ったあと、私はツヨシの写真を従弟は伯母の写真や動画送ってくれました。ツヨシの面会の時に伯母の写真や動画を持って見せに行ったんですがその話はまた次の機会に。ここまで読んでいただきありがとうございました。