先週の『コウノドリ』を見たことから、ある本を読み直した。
待ち望んだべべさんとの日々が苦しく感じたり、二人目について考えを巡らすことができなかったり、今後の不妊治療についてなど、その手がかりとして本を手に取った。
今朝、べべさんには申し訳ないが朝寝坊ついでにページを進めた。
産婦人科医、池川明先生の『ママ、さよならありがとう』だ。
池川明先生と言えば胎内記憶である。
この本は空に帰っていった赤ちゃんたちとそのご家族について書かれている。
私は3年前に思いを巡らせた。
私はべへさんを妊娠するまで不妊治療をした。
当初考えていなかった高度生殖医療までトントンとステップアップし、気がつくと4年の月日が流れた。
不妊治療をした多くの方が経験するであろう悲しい出来事もあった。
そんな時にこの本を読み、まだ初期の小さなお腹の赤ちゃんから彼女の命と引き換えに愛を教えてもらったように感じた。
彼女。
彼女の心拍が弱くなった頃、私は夢を見た。
小さい頃の私のようなおかっぱの女の子が夢なのにハッキリと幼児の声で私を「ママ」と呼んだ。
でも、その子は耳に虫が入って怖がって私を呼んだのだった。
私は夢の中でなんとかしてあげたかったけれど、何もできなくてとても悲しかった。
私はまだとてもとても小さな卵のような赤ちゃんは女の子だと確信した。
翌朝目が覚めて、悲しい予感がした。
夢クリの受診で、心拍が止まっていることが判明した。
稽留流産の手術後、しばらくしてまたその女の子の夢を見た。
なぜか何人かの小さな赤ちゃん達がうちの窓から空に飛び立って行った。
赤ちゃんたちを見送るように女の子は居て一人で遊んでいた。
そして、まだ生きている私の祖母にひっついて祖母経由で私にメッセージを伝えた。
「"私もう大丈夫だから"って言ってるわよ」
確かそんなような事だったと思う。
3年前なので、その夢の輪郭はだんだんとぼやけてくる。
大事な女の子の夢だったのに、もっと鮮明に覚えていたかった。
1ヶ月ほど経ってから、心拍が止まってしまった小さな小さな赤ちゃんの染色体検査の結果が出た。
私は染色体の最後のXXを見つめた。やはり女の子だった。
なんとも言いようのない悲しみだったが、この本を読み救われた。
私は悔やんでいることがある。
手術後、小さすぎる赤ちゃんの姿を見るという発想がなかった事だ。
今思えば、ちゃんと姿を見届けたかった。
べべさんは私達夫婦の元に来てくれた。
べべさんも私達に愛を教えてくれる存在だと思う。
なのに私はまだまだ赤ちゃんのべべさんにイラつく。
自分が嫌になる。
私はべべさんを存分に愛せているのか?
自分からでる愛という慈しみの心は本物なのか、不安でいた。
しかし、考えを変えた。
べべさんがくれる愛をキチンと受け止めたいと思った。
べべさんが愛したいように愛されようと思った。
夫との関係もしかり。
二人目については、また別の機会に。

