ぼくの歴史”
私は小学校入学前にパパがしんだ。
そこからママが女手ひとつで兄と私を育ててくれた。毎日苦しくて辛いはずなのにそれも見せず私達兄妹を名の通る私立に通わせてくれた。
それなのに私は勉強も出来ないし努力もしなかったから高い塾にブチ込まれたけど、ただ無駄金を払わせてしまっていただけだった。
しかも反抗期でただママに酷い言葉を浴びせ傷つけていた。本当に自分はゴミだった。
兄は頭が凄く良くて優秀だったので毎日"勉強しろ"と叱ってくれたけどそれも反抗した。その頃お互い思春期で毎日喧嘩をしてた。殴り合ったし物ぶつけ合ったり傷ができるくらい取っ組み合いした事もあった。
正直しんどかったけど、まだその頃は家族3人と犬一匹で、辛いけど楽しく生きていた。
中学3年生の夏、ママは倒れた。
その時に頭を強く打ってそこから植物状態になった。
秋になって私は叔父の家に住むことになった。
5歳年上の兄は一人暮らしする事になってその時私はもう喧嘩しなくてすむという安堵の気持ちで溢れてた。でも叔父の家は私にとって辛い環境だった。
家族三人幸せそうでキラキラしている叔父の家庭は
私の心を押し潰していった
高1の冬辺りから私は、食卓にも顔を出さず会話もせずほぼLINEで連絡を取っていた。
その頃から"幸せ"というものにとても敏感になっていった。
気を紛らわそうと勉強に没頭した。
個別指導塾の自習室や授業が私の居場所になっていた
高2になった。
女子校だから周りはお金持ちで当たり前に両親も居てお嬢様でキラキラで余裕そうな友達や先輩を見るのが辛くなっていた。
限界でリスカもODもした。
自分を傷つけるのが快感になっていた。
不登校気味になった。
遅刻もよくして先生に目をつけられリスカも耳にタコができるくらい止められたし、異端児と言われて周りの友達がどんどん離れていった。
自殺しようとした。
5月になって毎日登校中に線路に飛びたいと思っていたけど、しようと思うと足がすくんだ。
毎日アイドルと音楽に縋り付いて救われてた。
自律神経失調症と躁鬱と言われた。
でも皆んな"甘え"とか"気の持ちよう"、"自分次第"だと受け入れてはくれなかった。
6月になった。
留学してる友達に"死なない為に夢を作りな"と言われたそれがアイドルになろうとしたきっかけでもあった。自分と同じ境遇の人を救いたくてアイドルになりたい
!と本気で思った。
でもその頃通ってた女子校は芸能活動がダメだったから、兄や叔父に本気で頭下げてアイドルになりたい情熱を伝えて学校を通信に転校した。
7月地下アイドルになるけど8月デビュー前に解散した
9月から寮で一人暮らしを始めた。
自炊も家事も全部一人でするのは初めてだから最初は上手くいかなかったし、寮の個室は壁が薄すぎて生活音がストレスになった。
色々なことが重なってまた5月の時と同じくらい病んだでも病みは止まらずまた死にたくなったから140錠ODした。本当に苦しくて死にかけたけど死ねなかった。
死の擬似体験をしてもう少しだけ生きようと思った。
年が明けて3月 兄と二人暮らしを始めた
そしてまた事務所が決まってアイドルに全身全霊になった。
でも私の病みは周期的でまたいつ堕ちるか分からないし怖いけど元気な時は全力で人生をアイドルに注ぐ決意をした。
こんなにも努力したいと、人生を賭けて成し遂げたいと思えた物はアイドルが初めてだ。
だから本気で努力してる所を見せてやるし這いつくばってもがいて生きてやるって思った。
でもデビューして3ヶ月私の心に限界がきた。
躁鬱が悪化した
アイドルを辞めた。
私は何も続けられないんだって自責の念で心が蝕まれた。
ODしてラリって深くリスカして縫って本当に生きる価値を見失った。
それがまだ今も続いてる
でもなんとか精神薬と音楽に生かされてる。
自分は表現する事が好きだ。
例えば踊ることや作詞をすること。文字に起こすこと
だから今は何か感じた時作詞をしている。
これからも自分を表現し続けたい。