前回のブログで、フルウィッグからカバーピースになったと書きましたが
フルウィッグデビューは、高校卒業して専門学校へ行くのを機会に家を出た時でした。
オーダーで自分の頭にぴったりなのを作ってもらったのですが
数十万円
して、それに対しても父親は不満なようでしたが
そこは母親が頑張ってくれました(笑)
当時は抜毛症なんて認識はまるでなく、脱毛症との診断で頭に注射
を打ち(めっちゃ痛い)
注射でボコボコになった頭におっちゃんのヘアトニックみたいな匂いのする
緑色の塗り薬を塗っていたんですけどね。(しみるのよ、これが)
同じような経験をされた方もきっと多いのではないでしょうか。
でも脱毛症ではないので、それで良くなるはずもなく 
父親と離れたこと、新たな土地での生活、友達、彼氏も出来て
髪を抜く暇がないというか、抜きたいと思うような状態にならないことで
病院にはまったくかかっていませんでしたが、ほんと、みるみる回復したんです。
でも、ここでもまた『親元を離れて生活している以上、さすがお姉ちゃんやと思わせなければ』
と、自分で自分のハードルを上げてしまったんですよねぇ
どんなに夜遊びしても、専門学校を休んだりすることなく皆勤で卒業して
就職して、それまでの仕送りを自分から止めてもらい(笑)生活が苦しいと夜にバイトしたりして。
たまに家に電話をすると、父親は『妊娠するようなことはするなよ』と・・・
頑張っても私の努力なんて親には認めてもらえないのかなぁ、報われないなぁ
(あ、でもハードル上げて頑張ったお陰で専門職の仕事に関してはメキメキ上達、昇格しましたけどね
)
なんてぼんやり思ってるときに、実家から勤めに出ていた妹が1年も働かないうちに
妊娠したとの連絡。はい~???
私には、『頑張ってるな』のねぎらいの一言もなく、『妊娠したりするな』と言ってた父が
自分の手元に置いていた妹が妊娠して、出来ちゃった婚。
父は激怒するどころか、手放しで喜んでいたとか。(妹が嬉しそうに報告してきました)
これを境に、私の抜毛症はまた始まってしまったような気がします。
ヤケクソみたいに働いていたら、運悪く体まで壊してしまって、仕事にドクターストップ
かかり
私は実家に帰らざるを得なくなってしまったんです。
1年養生して、体はすっかり良くなったものの、抜毛症は良くなるはずもなく
まぁ、妹が結婚で入れ替わりに家を出たので、子供の時のような精神的負担は少なく
まだマシだったのですけどね。
私自身、一度は家を出た後なので精神的に自立していたし、私にとってかけがえのない
守るべき存在、心のよりどころもありましたしね。
長くなったので、続きはまた次回にしますね


やゴルフ
というようなメジャーなスポーツではなく、ある意味マニアック(?)なので
)
