こんばんは
前の記事で
歌舞伎のルパンのことを書いていましたが
配信もあるそうですー
わーい
(というかわたし
ルパン観れないと思っていたから
戸部さんのインタビュー記事(ややネタバレ含む)読んでしまったけど
見れることになるなら
読まなきゃよかった、、笑)
そしてここ何日かわたくし
寝不足気味の日が続いておりますが
やっぱりなんか歌舞伎が
どうしても観たい気持ちが
去っていってくれなくて!😵
(いつもいつもではないけど
めちゃくちゃ観たい波がある…🌊🌊)
先月放送されていた
猿翁さんの追悼番組
『ヤマトタケル』
を録画していたので
そちらを観たんですね。
昨日の深夜に。
(寝不足の原因そういうとこ)
ヤマトタケルも
いつか生の舞台で出会いたいなと思っていて
ご縁があるときまでは
映像観ないでいようかと
わたしの中では思っていたのですが
前からずっと観たかったし
いいか、、この際、観よう!!!と
急に謎の衝動で
録画を見始めたのですが
うおーーん😭😭👏👏👏✨
深夜に嗚咽でした🔥😭😭😭🔥✨
作品やお芝居の素晴らしさもですが
ヤマトタケルを観ていたら
時空を超越してるような
不思議な感覚がありました。
初演は1986年とのことですが
(放送されていたのは1995年の収録)
2020年代を生きているわたし自身が
ここ数年
強く思っていることが
ヤマトタケルの作品の中に
あれこれ詰まっていて
わたしの中での
社会や何かに対しての
悔しさだったり憤りだったり色々
表にはあまり出したくないような感情が
(いやたぶんブログ上にもちょいちょい出てましたけど…🙇♀️💦)
そういう、わたしの気持ちを
この作品の中で
歌舞伎の中で
沢山言ってくれていた😢😢😢😢
2023年の人間(わたし)がまさに思っていることを
なぜ
この作品の中では
とっくの昔から
全部言ってくれているんですか!
みたいな。。
それに
猿翁さん、三代目猿之助さん
なんだかまるで
ご自分の死後のことまでも考えて
このヤマトタケルを
作られていたんですか、、、
とも
思えるような作品で
感動しつつ
色々と驚き、、
時間や年代の概念を
飛び越えているかのような
不思議な感覚のある作品でした。
凄いなあ。
今の時代にも
今の感情にも
わたしの中では
すごくぴったりくるもので
心揺さぶられ
涙し
感動しましたー!!!
わたしは
スーパー歌舞伎や
色んな、新しい歌舞伎の作品が
既にこの世の中に存在する状態で
この作品を観ましたが
初演時に
スーパー歌舞伎がまだ何にもない状態で
初めて『ヤマトタケル』が
バーーーーンと
世の中に出てきたときの
当時の客席のお客さんの
衝撃度を考えると
当時のお客さん達が
わたしは結構うらやましいとも
思いました。笑
すごい衝撃だったのでしょうねきっと。。
それに
わたしが1番最初に歌舞伎と出会ったのは
『阿弖流為』でしたが
(あの作品も新しいタイプの歌舞伎ですよね)
やっぱり
わたしが歌舞伎と出会えたことと
猿翁さんがずっとなされてきたことと
全くの無関係というよりは
そこに何らか遠く繋がりはあるのではないかなと
ヤマトタケルを観ながらも
わたしは勝手に感じたりもしましたm(__)m
(そしてわたしは蝦夷に何かあるのかなと😅
ヤマトタケルの火の場面も大好き、
めっっちゃ泣いたし
阿弖流為のときも、何かにとりつかれたように、急にめちゃくちゃハマったし
何かあるのかなと笑😂)
何にしても
めちゃくちゃ感動でした。
はー
寝不足だけど満足だ、、、
やっぱり
良い作品とは
時代を選ばないもの。
人間の本質を捉えているもの。
なのですわねきっと🙏
本当に良い作品の前には
時代がどーのとか
そのときの常識がコンプラどーのとか
そんなのは
たぶん全く関係なくて
いつの
どんな時代であったとしても
人間の本質の本質には
そうコロコロとペラペラと
時代や時の◯◯などには
簡単に左右されない
いつの世でも
人間にとっての
変わらないものが
コロコロのペラペラなどでは
決してないものが
人の中のどこかには
いつの時代のいつの世にも
きっとあるものだと
わたしはそこだけは
どうしても
信じていたいんですね。
ていうことを
ヤマトタケルを観ながらも
思いました。
栄枯衰退、諸行無常が世の常で
それが当たり前の状態だと思っていますが
(永遠の繁栄、とか
永遠の覇権、とか
永遠の健康、とか
そんなのは無いし、そんなのは不自然です。
生まれて死んで生まれて死んで、、
栄えて滅んで栄えて滅んで、、
が、自然な状態ですよね。)
なのですが。
本当に良い作品に限っては
半不滅だと
わたしは思いたくて。
江戸時代に作られた歌舞伎の演目だって
いま2020年代を生きているわたし達が観て
「凄い!!!!!!」とか
「泣けるーー好き好きー😭✨」とか
共感できたり
感動するもの
色々あるし
歌舞伎じゃないけど
枕草子も源氏物語も
いまだに読み続けられているし📕
バッハもモーツァルトもベートーヴェンも
きっとこの先も演奏され続けるし✨
人の心の何かに届いているものは
いつのどんな世の中であっても
きっとずっと素晴らしいもの。
だと
信じたいです☺︎
猿翁さんが作られた
ヤマトタケルも
そういう作品だといいなと。
思いました
初演から何十年後のわたしが観たって
素晴らしい
感動する
「なんでわたしが今思っていることが
この中には詰まっているのですか」
てなるのは
何もわたし単体だけではなくて、
人の中にある
どんな時代でもどんな世でも
きっと変わらないものを
作品の形にして
この中に
残してくれているからですよね。
例えばこれを100年後の人達が観て。
今まで以上に
価値観とか
すっかりすっかり変わり果てていて
「昔の人はこういうものを良いと思っていたんだなあ(へえ)」
でもいいのだけど
それでも
どこかに1人くらいは
わたしみたいに深夜に号泣しながら
「なんで100年前の人たちが、自分が今まさに思っていることを、この中で全部言ってくれているのか!!」
みたいな人が
100年後にも
もしも世界のどこかにいてくれたら
なんか楽しい、嬉しいかもと
わたしは思うのです笑
同じ時代の
横の人との共有もですが
時代や年代を超えて
縦の何かでも
同じ想いや、同じ感情を共有できる人が
何十年何百年前の過去にも
何十年何百年先の未来にも
わたしと同じものを見て
わたしと同じような気持ちである人が
どんな時代にも
どこかに1人くらい
いてくれたら
なんか嬉しいなーー
ていう
わたしの妄想SFワールドです☺︎笑
でも
本当に美しいものや
(自然の景色とかもね)
良い作品って
たぶんそういう事なのではないかなと
思っております
はい。
ブログも書いたし
今日こそは早めに寝よー