不器用だから、書くことで初めて素直になれる。

最近は自分の人格障害の発覚で、病んでいた。まぁ、病んでいない時が無いほど、私は病んでいるが。


カウンセリングでは日本に行ったことで、症状を悪化させたといわれている。
紛れも無い事実。

私はあっちで、現実を思い知らされ、思春期に生きた苦い思い出、身を引裂かれる想いを再度生きた。

その結果、今の私は楽しい事なんて思い浮かべない。

でも、思い出せない。いつも、そうだった?

こんなにつまらない人だった?

誰かといて、心のそこから楽しいと思えなくなってる。

皆、悩みを抱えているから、あんまり話さないようにしているけど、話す事が無いから、だまって時が流れるのを待つ。




空虚感が襲ってくる。

友人の裏切りがデジャブーする。

人々の不要な嘘に傷つく。

大切な人の些細な行動で深く傷つく。

生きている価値も見当たらない。



私の大きな間違いは誰かが助けてくれるって本当は信じていること。

けど、知ってる。

誰も助けに来てはくれないって。

私が閉じているから。

窓から覗くことはしているんだけど。。。

なんで…こうなっちゃったんだろう。

私。

羨ましいんだ本当は。悩みを抱えながらも明るく、楽しくできる人が。

今の私には考えられない。

光がうっとおしく思えてくる。

すべての明かりを消したくなる。

こうして、独りになって行くんだね。

唯一、自分を感じられるのは人の悩みを聞いて、心配しているとき。

解決してあげたくて。解決したら、私も良くなるのかなって。思って。

矛盾だね。

良くなりたいのに、このままでいたいって願う。

皮肉なものだね。

めんどくさい人間だよ、私は。
Doeu perceber e presenciar a dor do Lucas...

perguntei como ele conheceu a Nayra e ele disse, foi uma coisa bastante rápida e intensa, que normalmente demora muito p construir uma amizade.
aí ele fala,
-eu e a Nayra,era que nem o Vitor e a Milk


hj não é mais?

deu medo d perguntar...
精神病は世界一般的に勘違いされやすい。

特に21世紀の病とも言われている、鬱病はいつも勘違いされる。

メインとされる症状は
やる気が出ない、
性欲がない、
孤独感、
生きる気力が薄れる、
睡眠障害(多く眠るか、眠れない)
食欲が無くなる

等で。

特にこの病特有の考えもあるわけで、ソレは、


~私は一人で誰からも愛されていない~


鬱病で苦しんでいる人なら、分かると思うが…
好きでこんな考えにならない。


本当は明るく振舞いたい、本当は太陽の光をもらって、輝く月ではなく、太陽になりたい。
そう、思うことも少なくは無い。

そして、次に来る考えはコレは特に鬱病の症状が重たい人に起きるのだが…

太陽になれないなら、死んでしまおう。


この、一人っていう、考えは誰かと一緒にいても、付きまとう。
コレがまた厄介で、せっかく、友人ができたのに、その人の自分に対する好意も感じることができない。

だから、誰からも

~愛されていない~

っていう、結果に結びつく。

この悪循環は食い止められるが、より深くカウンセリングし無ければならない。
時間がかかる。
鬱病の発症の原因を付きとめて、ソレを克服する。
コレは薬を飲んでいても飲んでいなくても、全く同じ。

薬のみの治療は原因を突き止めたとしても、克服はしない場合が多いので、一生薬に頼り続けないといけなくなることもまちまち。

ここで、カウンセラーとの最低でも週1の治療が絶対必要となる。