昨日、ふと気づいたことがありました。
朝から夫の機嫌が少し悪そうで、その瞬間に、無意識に
「私、なにかしたかな・・・」って思ってしまったんです。
夫は特に何も言いませんでしたが、明らかに不機嫌。
お互いにそのまま仕事に向かったんですが、頭の中ではずっとモヤモヤ。
帰ったら何か言われるかも、その時はこう言い返そうかな・・・と思ったり、「なんで私がこんなモヤモヤしなきゃならないの?」と腹が立ってきたり。
まだ何も言われていないのに、頭の中で勝手に想定問答が始まっていらだちが募っていました。
そのせいか、出先で会った人に「なんか疲れてる?」って言われてしまい。
その時、思わず口から出たのは「いや~夫が最近休みが多くてずっと家にいるから疲れちゃってさ~」という言葉。そしたら「わかる~!!あるあるだよね!」と共感してもらえて、少しスッキリしたんですね。
さらに少し占いができる(視える)方に「家の中に何か気になるものある?」って言われました。
そこでふと思ったのは、過去に取り寄せた資料やテキスト。昔の私が選んだものがまだ捨てずに棚の奥にしまわれていて、「それかな?」と思いました。そしてその棚は夫の部屋にありました。
だからまた「片付けたいんだけど、棚が夫の部屋にあって、夫が休みだから片付けにくくてね~」と口から出ていました。
「それだね、手放そう!」そう言われて、さらにスッキリした帰り道、一人で考えていて「あれ?」と思ったんです。
私、嫌なことも、うまくいかないことも、自分の気持ちが揺れることも、全部「夫のせい」にしていたなって。
モヤモヤするのも夫のせい。
片付けられないもの夫が休みで家にいるから、夫のせい。
もう条件反射のように、全ての前提が「夫」が中心になっていたんです。
過去の私は、確かに窮屈さを感じていました。
出かけたいと言っても「誰とどこに行くんだ、いつ帰るんだ」と聞かれ、出かけた先でもしょっちゅう電話が鳴り、夜の外出や泊まりなんてもってのほか。
面倒で諦めることも多々ありました。
子ども達と海へ行きたいと言ったら「車が砂だらけになる」
レジャー施設へ行きたいと言ったら「人が多くて疲れる」
ドライブに行きたいと言ったら「渋滞がひどい」
そうやって言われてきた過去があったからです。
気づけば何をするにも夫の許可が必要だと思ってしまっている状態。
でも同時に「なんでいちいち許可をもらわなきゃいけないんだ!」という反発心もありました。
だから強行突破で"意見を無視する"という行動を繰り返してきました。
当然、空気は悪くなりますよね。
でも私の仕事形態が変わったことで、もう現実としてはいつ誰とどこへ行こうと自由。
夫もあまり口を出してこない。
今は夫が家にいても、自由に外出できるし、やりたいこともできている。
目の前の現実は変わっているのに、自分の意識だけでアップデートされていなかったんです。
私がモヤモヤしていた本当の原因は夫ではなく、「相手の機嫌、行動、考え」全てが「私のせい」という前提で生きてきた「過去の私の思い込み」にあったんだと気づきました。
この前提がどこから来たのか考えると、私は母子家庭で育ち、大変そうな母の姿を見て育つ間に、知らず知らず「私がなんとかしなきゃ」「母が苦労しているのは私のせい」と思っていたことです。
でも当時の私はもういないし、母も自立して楽しく生活しています。
「大変そうに見えただけ」で実際のところ、訊いたことがないのでわかりません。
全て私が自分で決めた"前提"があり、それに基づいて生きてきた。
その前提は自分を失くした生き方だったんです。
私は自由でいい。
もう誰かの人生を背負わなくていい。
もうその役割は下ろしていい。
そう思えたとき、肩の荷が降りたような気がしました。
もしも今、誰かの機嫌に振り回されているように感じるなら、それは「今の現実」ではなくて、過去の自分が作った"前提"が反応しているだけかもしれません。
その前提に気づいてあげるだけで、現実の見え方は大きく変わります。
私もまだ気づいたばかりだから、またきっとこの前提が顔を出す瞬間はあると思います。
でも気づいたから変えられる。
もう私は私で生きると決める。
そしてその決めたことに忠実に行動する。
そうしたら気づいた時には、「あれ?そういえばすごく楽に生きられるようになったかも」と思える瞬間が来るのだと思います。