僕の脳みそは50年先を行っている。
 


それだけ聞くと何だお前の頭は未来を行っていてそんなに凄いのか!と、妬みや疑いやら色々なネガティブな感情をぶつけて来る人が出てきそうなものだけど、はっきり言ってそんなに良いものではない。


僕の予想というか予感としては、向こう50年以内に脳みその電脳化が相当進む。🧠

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もちろんいきなり全て電脳化となると人々の変化に対しての恐れから反発にあい、電脳化産業はなかなか上手くいかなくなる。ので、段階を経て徐々に電脳化の道を歩んでいく訳だけど、、、



恐らく電脳化黎明期はもうそんな遠くない未来に訪れるだろう。


まずは今のスマートフォンがもはや携帯電話という形を捨てて体内に埋め込まれるようになる。


Apple Watchの次はApple Head、もしくはApple Brain だ。


素早く2回瞬きしたら今見たまんまの視界が写真の様に記録されたり動画として記録される。


調べたいと思った事や必要な情報は直接意識に流れ込んでくるようになる。


GPSで位置を常に確認しているので、道に迷う事は金輪際なくなる。


脳内で今で言うラインやメールのようなやり取りをしあうので、離れていても念じるだけでテレパシーの様に意思の疎通が取れるようになる。


他にも視界に入ってくるもの全てから情報が得られるので、慣れるまでは情報量の多さに目眩がするだろうけれど、慣れてしまえば必要な情報だけをうまくピックアップできるようになり、知的好奇心は常に満たされて知的好奇心という言葉は死語となる。


ここで問題になる事は記憶と記録が境界線を失いかねない点だと思われる。


要はいつでも好きな時に情報が引き出せるようになってしまうので、いちいち記憶をしなくてよくなる。

テストなんて覚える必要がなくなってしまい、テストで求められる事は理解力や必要な情報を正確に素早くまとめてアウトプットできるかどうかとかになってきたりして。


記憶しなくていいもんだから当然記憶力はどんどん低下していく。



例えば、僕が子供の頃はまだ携帯電話などなかった。

どこの家庭にも1台ずつ固定電話機があり、電話機と言えばそれが全てだった。

初めて子機が付いた電話機が我が家に導入された事ですら革命的に便利になったなと思っていた様な時代だ。


なので、友達に電話するにもまず相手の自宅にかけて「○○と言いますが、△△君いますかー」というようなやり取りを、大体の確率で電話に出る相手方の母親とやり合わなければならなかったのだ。

その頃僕は親しい友達何件かの電話番号を記憶していた。


しかし今僕は自分の電話番号以外で記憶してる電話番号は1つもない。


でもこれは、覚えられないから覚えていない訳でない。

覚える必要がないのだから覚えてなくて当たり前なのだ。


こういったような事がもっともっと多岐にわたって影響を見せ始め、長い目で見ると少しずつ人類の脳みそはその使用している部位に変化が出てくる。記憶は最終的には大脳皮質に溜められるが、記憶する必要がなくなりすっかり活躍の機会を失った大脳皮質は徐々に萎縮して行くだろう。



と、いう訳でなにが言いたかったかというと、電脳化が進めば当然人間の記憶力は低下する。


僕の脳みそは、この情報は記憶しなくてよろしい。といった判断を下す能力に非常に長けている。

ほとんどの情報を覚える必要なしと判断して、どんどん記憶の引き出しの奥底の方へと投げ入れてしまう。

でも僕の体内にはまだスマートフォンは埋め込まれてないので、サポートしてくれる電脳はもちろんない。


側から見れば単なる記憶力悪い人になってしまっている。


脳みそだけが50年先の未来を行っているのもなかなかしんどいものですね。



という話。




題名が電脳化が始まったらする?しない?としましたが、皆さんはどうですか?


最初は様子見るにしても、いずれは皆んなするんでしょうね。


電脳化に抵抗のある人も結局しないと社会の落ちこぼれになっちゃうもん。


で、そこで人類は電脳化したグループ(ニュータイプ)と人間本来の能力のみで生きていくべきだというグループ(オールドタイプ)に分断されて新たな争いが生まれる。


もちろん余裕で電脳化してないオールドタイプはボコボコにやられてしまうんだけど、奇跡的にオールドタイプの中にカリスマ的天才が現れて、彼を救世主としてニュータイプに抵抗していくという話。



これまとめて台本作ってハリウッドに売りに行くのもありかもしれない。







今日は青春時代にのめり込んだバンドのメンバーの結婚式にお呼ばれされたので出掛けてくる。

なんだか少し緊張するよー