6日目。
これはある意味革命だった。
ついについに京都までの看板が!!
江戸時代、東海道五十三次では3つの難所があると言われていた。
1つ目は箱根の峠、2つ目は大井川の川越え、そしてもう3つ目が鈴鹿峠だ。
箱根の峠は熱海へ迂回してかわし、大井川も橋のかかった現代では全く難所ではない。
ので、この3つの難所を真っ向勝負するのは、これから訪れる鈴鹿峠だけと言うことになる。
峠嫌いの自分としては、このことがずっと気掛かりで、頭の片隅に常に鈴鹿峠があった。
そして今日はとうとう鈴鹿峠手前まで行く。
湯〜とぴあ宝で思う存分に羽を伸ばし、ベルセルクを読んで大満喫したので、前日の疲労もだいぶ飛んだ。
それに明日鈴鹿峠さえ越えてしまえば、どんなに遅くともその次の日には京都に着く。
新幹線でも、東京〜名古屋より、名古屋〜京都の方が遥かに近い。
もう半分以上も来たのだ。
相変わらずケツは痛いが、それ以外に体の不調は全く無い。
ゴールが見え始めて来たので、気力もみなぎっている。
意気揚々と湯〜とぴあ宝を後にして、夜の名古屋を行く。
こんな所にもありました。
初めの内は大きな通りを進んでいたが、いくつか大きな川を越えたら途端に辺りは寂しい雰囲気に包まれた。
車線は1車線なり、店も車の通りもまばらとなり、再び虫の音が目立つようになる。
そして3時20分、三重県入り。
まさかその数年後、三重に縁が出来るとはこの時は夢にも思わないのであった。
国道1号線を走っていたら、大きな川にかかる橋の中程で、何故か信号があり、橋の途中なのに右折して中洲に行ける道があった。
なんだかとても妙な光景で強く印象に残ったが、写真はない。
ところで、自転車をずっと漕いでいると、動作的にはとても単純だし、道はGoogleマップのおかげで迷うことも特にないので、無意識の内についつい色々なことを考えてしまう。
この時もこんな事を考えながら自転車を漕いでいた。
車はガソリンがないと走らない。
それに対して自転車はエコで安上がりだと言う。
僕もそう思っていたけど、実はその考えは誤りだと気付いた。何故なら一回の食事の量がかなり増える上に、間食も増えるからだ。
僕が普段より余分に食べたぶんの食料の輸送や飼育にかかった餌やら飼育るす人の賃金、販売する人の賃金、その他色んなコストを考えると、全然エコじゃないなと。
そんな事をぼんやり考えながら走っていたら、桑名市役所の前にとんでもなく美味しそうなカレーの看板を見つけ、思わずパシャり。
ヨダレが出る。いつか食べたいものだ。
今晩は体力気力共にバッチリだと思いきや、何だとても眠い。
今まで終盤眠くなる事はあっても、途中で眠くなる事は無かったのに、もうダメだ。
ので、最終バスが行ってしまい、始発のバスまでは誰にも見向きもされなくなったバス停のベンチに寝っ転がりしばしお昼寝。
30分ほど寝たらすっきりして、再度出発するも、空はすでに明るくなり始めていた。
今日も快晴。
清々しい朝の空気と、青い空、遠くにはずっと連なる山が見える。
とても気持ちがいい。
あれが鈴鹿山脈だろうか。
見渡す限りに山が行く手を塞いでいて、あの山脈は避けては通れそうにない。
鈴鹿山脈の岩盤はとても硬く、その当時の技術ではトンネルを掘るのが困難で新幹線を通すことができず、ずっと上の米原まで迂回するコースをとったらしい。
だから新幹線は三重県を走っていない。
江戸時代では、東海道五十三次の難関として旅人を苦しめ、現代では新幹線のコースを決める段で開発者を悩ませた鈴鹿山脈がもうすぐ目の前だ。
とりあえず最初に目標とした手前の町に到着。
一先ずファミリーレストランに入り朝食をとり、コーヒーを啜りながら近くに今から休める温泉施設を調べる。
どうやらこの周辺にはめぼしい温泉施設はなく、漫画喫茶もまだオープンまでにだいぶ時間がある。
この時点ですでに7時間は自転車を漕いでいたが、全く疲れはない。
そして、良く考えたら難所と言われる鈴鹿山脈を夜越えるのはちょっとあまりに怖いんじゃないか?
だったら今から行ってしまって、向こう側で休めばいいいいのではないか?
と、閃いた。
こうなったらは居ても立っても居られなくなり、会計を済ませ即出発。
途中のコンビニでこれからの峠越えに備えて飲み物とおにぎりを購入。接客してくれた店員のイントネーションが関西訛りになった事に気がつき、衝撃をうけた。
ついに関西圏に突入したんだな。この、イントネーションの境界線派どこなんだろう。
ある地点より東は名古屋寄りの方言、西は関西の方言の場所があるのだろうか。
境界線にはロマンを感じる。
そしていよいよ難関と言われる鈴鹿山脈。
最初はゆるやかな坂道が続き、だいぶ筋力のついた僕は順調に進ん行った。
向こうに見える山に道が見える。
あそこまで行かなければ行けないのかと思うとゾッとする。
レッドツェッペリンの聖なる館を聴きながら黙々と登り続ける。
上ったり少し下ったりをしているうちについに滋賀県突入。
登り続ける事3時間、ついに下り坂が!!
おー!
このまま下りなのか?
フェイントでまた上りが現れるのか??
と、内心ドキドキしてたけど、下り坂が長い。
どうやら峠を越えたようだ。
散々ビビっていた鈴鹿峠だったけど、ビビりすぎて相当な覚悟を決めていただけに、意外とあっさりと越える事が出来た。
後は上った分とほぼ同等の下りが待っている。
物凄く楽チンだ。
一気に距離を稼ぐ。
そしてついに鈴鹿山脈を超え、麓の道の駅に立ち寄り、勝利の蕎麦をすする。
この時点ですでに物凄い充実感だ。
ここまで来てしまえば、残りは大した道では無いだろう。
名古屋を出発してから12時間経っていたけど、まだまだ行けそうだったので、とりあえず琵琶湖を目指して進み続ける事にした。
平坦な道でとても走りやすい。
琵琶湖手前で自転車屋さんを発見。
空気を入れるために立ち寄る。
店員さんが話しかけて来たので、お尻が痛いことを相談したら、サドルを交換する事を勧められた。
言われるがままに店内に入って、サドルを売ってるコーナーに行き、いくつかあるサドルの中から性能というか、座り心地がいいものを選んでもらい交換。
するとなんという事でしょう!
お尻が痛くない!!
しかもクッションと違ってズレ落ちる心配もないから、ついにサドルのストレスから解放されたのだ!
なぜもっと早い段階で交換しなかったのか。
ま、夜な夜な走っていたから自転車屋がオープンしていなかったからなんですが、パンクした際にタイヤを交換したお店では、サドルの規格が合わず、交換する事が出来なかった。
なので、このタイミングでの交換となった訳。
ついについに京都までの看板が!!
それにしても琵琶湖、でかい。
夜な夜な走り続けたけど、どんどん京都が近づいてくるのがビンビン伝わって来て、なんだかもうどこまでも走れるモードになってしまい、ここまで来たら京都まで来行こう!
と、琵琶湖のほとりの公園でコーラを飲みながら考えた訳で、だって地図で見ても琵琶湖と京都って近そうなんだもん。
ラストスパート!
1日で名古屋から京都まで行ってやろうじゃないの!となって、ひたすら我武者羅に漕ぎまくった。
途中で知ってる道に出たものだから、最早京都は我が手中に有り。
てなもんで、最後の長い坂を押して登る。
登り切ると向こうに小さく京都タワーが見え、なんだか感激して涙がでそうになるが、そこはぐっとこらえ、坂を一気に下る。
だって涙で前が見えなくなったら危ないもんね!
もうここまで来たら目と鼻の先。
いろいろな想いが込み上げてきたな、最後の1キロは。
前に小田原で働いてた時、小田原の駅前で大阪から自転車で旅行中って看板背負ってる奴を見て、すげーなこいつ!そんな事出来るんだ!!
と、いたく感心していた事をついに自分がやってしまう訳で、でもいざ自分が達成するとなると、あれ?これって、誰でも出来るんじゃん!だって黙って6日間ペダル漕げばいいだけだもん。と、案外簡単だったなとか思ってしまった訳。
そしてついに、名古屋を出発してから17時間、横浜を出発して6日目にして無事に京都駅に到着したのでありました。
この後、昔、東京は世田谷区用賀のカフェで苦楽を共にした友達が京都に帰っていたので、彼の仕事が終わるのを待ってる間、京都タワーに登り、まだ時間があったので銭湯に行ったら番台が40半ばのちょっと綺麗なお姉さんだったんだけど、明らかに僕の裸を見てた。
番台なのにエッチなお姉さんだなー。
横浜〜京都編 完。
その内に大阪〜沖縄編へとつづく。








