- 井伏 鱒二
- 遥拝隊長・本日休診
初めて井伏氏の作品を読んだ。短編だが詰まりに詰まったおもしろさだった。
前半の「遥拝隊長」は劇的だった。友村上等兵が死ぬ場面は何の予告もなく突然起こる。この前ぶれの無さが実に現実的だ。大事件というのは誰も予想しなかった時に、誰も予想できない展開で起きるもの。
「戦争は贅沢だと云ったばかりに、死ぬ直前に平手打ちを喰らわされて、故障車から転落する巻添まで喰らった。おまけに、頭をコンクリートに打ちつけて、名前も知れぬ濁り川に沈められ、散々な仕打ちを受けている。まるで戦争というものを、瞬時の間に縮尺して見せてくれたようなものである。戦争は贅沢どころの騒ぎではない。」
この件(くだり)が響いた。解説で上林暁は「生気の充溢した作品」と記している。頭がおかしくなった悠一へ向けられた嘲笑は戦争に対する嘲笑と相俟って強烈な印象を残す。
後半の「本日休診」は最後まで大事件は起きない。というよりも、老医の八春先生の日常のようであって、読み進めていけばいくほど実は一つひとつが事件なのかもしれない。戦後間もない日本に生きる人々が淡々と八春先生と生きていく。生きているのか過ごしているのかわからないくらい淡々と黙々と。
