帰宅。

家に入るなりドアをすぐさま閉じて、上下の鍵をしっかりかけ、靴を抜いで、玄関を上がり、靴を寄せ、「ふぅ・・・ ただいま・・・・」と独り呟き、手に持った郵便物に目と落としながらゆっくりと廊下を進んだところ・・・・で、

ガタガタ!!!


突然ドアノブを回す音が。

・・・え??・・・・えぇ???

心臓が鳴るのが自分でもよくわかりました。
だ、誰・・・? な、なに・・・??
思わずその場で、そのまま後ろを振り向いて、ドアを見ました。
もちろん何もおかしなところはありませんでした、が、見慣れたドアが何だか遠いようにも逆に近いようにも感じ眩暈のような不思議な感覚がありました。
私は足音を立てないように廊下を戻り、上がり框からそのまま冷たい石の感触も気にせず靴を履かないまま玄関を降り、爪先立ちでドアの前に立ちました。
息を潜めるようにしてスコープに顔を近付けようとしたその時、ガタガタっ・・・と再びドアノブを下げる音がし、私は驚きと恐怖で思わず声を出しそうになりました。

私と彼しかいないこの家に、インターフォンも鳴らさずにドアノブを回す人はいません。
どちらが先に帰宅しても必ず施錠するので、互いに自分で鍵を開けて入ります。
こんなことが起こるなんて、想像を超えていました。

そぉっ・・・と、スコープからドアの向こうを見ると、60歳くらいの男性の姿がありました。紺色のダボついたようなジャンパーを着て手に何かを持っていました。

男性の姿を見るまでは、あるいは配達員かも知れないとも思っていました。
本来、配達の方は、1階の配送業者用の入り口で各戸の呼び鈴を鳴らすようになっていて、その際にこちらがモニターで確認できるようになっています。また配達員さんは荷物が何軒分かあっても、配達する住戸全てに「荷物があります」と告げてくれるので、何のアナウンスもなく突然ドアの前に来られることはありません。
でも、私はちょうど帰ったばかりだったので、呼び鈴に応答できなかったのかも知れない、念のために回ってくれた可能性も否定できない、とも思っていました。
それでもドアノブを回すというのは考えられず、何かの間違いか? などと高速であれこれ考えていました。

しかしいざ、ドアの向こうに立つ人間の姿を目にすると、この男が配達員でないのは明らかでした。制服でもなく、台車もありません。
パチンコ帰りか競馬帰りの中高年者のような格好に見えました(って "イメージ" ですけど・・・)。男性はドアの前を一、二歩行きつ戻りつし、今度はベルを押しました。
ピンポーン・・・という音がとても大きく聞こえました。

何だか私は頭に来ていました。
許可なく他人の家のドアノブを回した後に、呼び鈴??
何考えてるんだこいつ、出るわけないだろっ( ̄へ  ̄ 凸  ←言葉が(絵文字も)悪くてごめんなさい・・・

男性はイライラした様子でドアを睨み付けるように見上げたりしながら、更にベルを鳴らしました。
私は息を殺してそのままじっとしていました。
警備を呼ぼうかと思いつつ、別のフロアと間違っているのではないか、という考えが浮かび思い留まりました。が、すぐにそれはないと気付きました。男性はさっきから何度も部屋番号を確認しています、一体何なの?
他の建物と間違って上がってきたの??
この人一体何??

男性はポケットから携帯を出し、どこかに電話をかけました。低い声でぼそぼそと話していて何を言っているかわかりません。マンションの廊下は電波が悪く、そのせいか男性はそのままドアの前から徐々に離れ、スコープの視界から外れました。

そこから10分くらい、私は緊張したまま誰もいない廊下を眺めていました。
いつ再びあの男が戻ってくるかと思うとそれが怖いようでもあり、と同時に来るなら来る来ないなら来ないではっきりして欲しいような気持ちでした。

結局、男性は戻ってきませんでした。
あれは一体何だったんでしょうか。
施錠していなかったら、どうなっていたのでしょうか。
オートロックだろうが、警備員がいようが、外と自宅を隔てるのは「このドア一枚」なのだと、当然のことながらもそんなことを再確認させられた晩でした。