『美術館の壁に繋がれた犬が死亡するまでを作品として出展したアーティストがいる』と聞いて、少し調べて見ました。

『美術館の壁に繋いだ犬を "作品" として "出展" したのは、コスタリカ出身のアーティスト、Guillermo Habacuc Vargas、50歳。
2007年8月、ニカラグアで行われたビエンナーレにおける彼の "出展" については こちらで確認できます。ギャラリースペースの一角、壁と壁とがぶつかるコーナー部分に渡したロープの間しか往き来できない状態に繋がれた犬がいます。犬には "Natividad"("Nativity")という名前が付けられています。

"Natividad" が本当にここで命を失ったかどうかはわかりません。
ギャラリーオーナーはそれを否定した上で「水も餌も十分に与えていた」と発言しており、アーティスト自身 "Natividad" の生死について言及していません。彼は、「コスタリカのサンホセでは、毎年何万もの野良犬が路上で飢え死にしたり病死したりするが、誰も気に留めない。"Natividad" のような飢えに苦しむ命を見せることで、我々皆が抱く大いなる偽善が明るみに出るのことになるのではないか。」と発言し、そのことこそが "作品" の目的であると語っています。

Guillermo Habacuc Vargas は、今年ホンジュラス共和国で行われる la Bienal Centroamericana Honduras 2008 なるビエンナーレに、コスタリカ共和国を代表して参加する芸術家に選ばれています。
彼がこのビエンナーレに何を出品しようと考えているのかは不明です。
が、彼の作品を動物虐待と捉える人々によって、彼のビエンナーレへの作品出展を阻止しようとキャンペーンが行われています。
2007年8月、ニカラグアのビエンナーレで "Natividad" が "出展" されたのは 1日、人々の目に触れたのは実質数時間、この間 "Natividad" は生きていました。キャンペーンへの参加を促す人々は "Natividad" がその翌日には死亡したと主張していますが、それが事実であると示すような情報は見つかりませんでした。そうした中、『動物が餓死するまでを "芸術作品" として出展した』、『 "作品" の中で動物を餓死させた』、『僕("Natividad")は芸術の名のもとに死んだのです』 というようなコピーだけがあちこちでフィーチャーされています。


私には何と言っていいものかわかりません。
まず、"Natividad" が Guillermo Habacuc Vargas によって餓死させられたかどうか、肝心なところが明らかではありません。むしろ、関係者は揃ってこの点を否定しています。
それでも、もし仮に、既に何らかの事情で "Natividad" は死んでしまっていたと仮定するとして、その過程において何の手助けもしなかったとするならば、極めて冷酷で悪趣味だとは思いますが、それ以上に「虐待(=許されてはならない表現)」なのかと言われると何とも言えません。
毎年何万もの野良犬が路上で飢え死にする国で、それが日常の風景と化す国で、その内の一匹に名前を付けて "展示" することが犯罪なのか、私には判断が付きません。
このような「残酷」が日常化し、残酷であることがもはや通常の状態となっている国で、その日常をそのままギャラリーに持ち込んで見せることが、「許されてはならない」と断罪されて「封じられるべき表現方法」なのか、私にはわからないのです。
最後に、仮に(作品のために)餓死させられた、と仮定する場合ですが、もちろんこれは論外です。そのような蛮行が許される道理がありません。
敢えて餌を与えず、敢えて自分の芸術活動のために死なせようとしたならば、これほどにエゴイスティックな所業が許されるはずがありません。

いずれにせよ、ここまでに得ている情報では一人の芸術家の表現の自由を否定するだけの根拠には乏しく、いずれとも判断する術を私は持ちません。


なお、このような表現を行ったアーティストの次の出展は阻止すべき、という方はこちらから署名活動に参加することができます。