パパは、写真を撮ることは好きだったけれど
自分が写ることは、あまり好きではなかった。
私は、「自分の知らないパパ」が写っている
写真やビデオを見ることは
いままでずっと ある意味「封印」していた。
パパは、友達をとっても大事にするひとで
それが私にとって「苦痛」だった時期があるからだ。
自分の好き勝手やってるところを、私に「観に来い」と
いうようになったのは、2007年に右足を切断したあと
だったと思う。
義足をつけて、バンドでドラムを担当してた。
いま思えば、それが彼の「生きる糧」だったのかもしれない。
ちょっと前までは、
「生きているパパ」の 動画とか見るのはつらかったけど
今は、それらがちゃんと残っていてくれてよかったと思える。
パパ
いまも ドラムたたいてるの?



